第3話 下着は履いてくれ

「ただいまー」

「……た、ただいま」


 ――その後、香菜を警察に連れていくべきと判断した優斗だったが、そのことを香菜に伝えると泣き出してしまい、通行人からの好奇な視線に耐えられなくなり結果的に逃げ帰るような形で家に向かったのだった。


(家に連れ帰るのはやはりまずかっただろうか……)


 ん-、と苦悶の表情を浮かべる優斗。

 しかし、喉が渇いたという香菜の要望により一度考えるのを止めてコップに水道水を注いだ。


「ほらよ」


 香菜が座っているテーブルに持っていくと、相当喉が渇いていたのか、ごくごくと音を立てて飲みだした。満足したのか、ぷっふぁーと魚のように口をパクパクとさせていた。


 それを、横目に見ながら優斗は自分の分の飲み物を持ってきて、香菜と向かい合うかたちで座り、少しの沈黙の後口を開く。


「香菜……本当に帰る場所がないのか?」

「うん、かえるばしょがわからない」

「分かった、ちょっとだけ待っててくれないか?」


 そういうと、優斗はおもむろに席を立ちキッチンの方へと向かう。

 香菜をチラチラと覗きながら、前ポケットに手を入れスマートフォンを取り出し、ある人物へと電話を掛ける。


「はい、もしもし――」

「あ、母さん俺だよ」

「あら、優斗? どうしたのもう一人暮らしで母さんが恋しくなっちゃった?」

「違うよ!? 母さんに相談したいことがあるんだ……」

「どうしたの、そんな改まって」

「っ…………」


 どう伝えればよいだろうか、言葉が喉に詰まってこれ以上でてこない。一瞬の沈黙の後、固唾を吞み込み再び言葉を紡ぎだした――


「母さん、信じられないかもだけど今俺の家に香菜がいるんだ……」

「香菜ちゃん? あんたの幼馴染の?」

「そう、とりあえず見てもらってもいい?」


 優斗は、自分の言っていることを証明するために電話のカメラ機能をオンにして香菜の方へと近づいた。


「母さん、見える?」

「見えるわ…………」

「母さん?」

「……良かった、…………本当に良かったっ……」


 電話から母の嗚咽交じりの歓喜の声が聞こえて来る。

 それから、香菜と出会った経緯や香菜が記憶を失っていること、一緒に居たいと言っている事などを事細かに説明していった。


「そう、分かったわ。細かいことは母さんに任せなさい! あんたは、しばらくの間香菜ちゃんをお願いね」


 母との会話を終えて、気持ちも落ち着いてきた優斗。


 (人に相談するだけで気持ちって楽になるもんだな……)


 母との会話の余韻に浸りながら窓の外を見ると、すでに空が茜色に染まり薄暗くなってきている。


 ぐるぅる~。気が抜けた途端、急に腹の虫が鳴きだした。

  

「香菜、何か食べたいものはある?」

「ハンバーグ! ハンバーグが食べたい!」


 満面の笑みで答える香菜の笑顔が眩しすぎて目が霞んでしまいそうになる。

 目を逸らすようにして、材料はあるかなと冷蔵庫をゴソゴソと漁りだす優斗。


「よし、これだけあれば作れるな! 今日のご飯はハンバーグだ!」

「やった!!」


(キラキラと目を輝かせる少女のためにも一肌脱ぎますか)



「『いただきます!!』」


 二人で手を合わせて、食事への感謝を口にする。

 久しぶりの豪勢なご飯に優斗も口の端からよだれが垂れていた。

 香菜がフォークを片手にハンバーグを口に頬張った。さぞ美味しかったのか、両手を頬に添えて恍惚とした表情を浮かべている。


 (喜んでもらえてよかった~)


 内心、香菜の口に合うかビクビクしていた優斗は、ほっと胸を撫で下ろした。


「おいしいね!!」

「そうだな!」


 (誰かと食卓を囲うのは久しぶりだな。香菜を見ていると自然と笑顔が沸いてくる)


 誰かと食事できるという状況に優斗は心を弾ませていた。

 二人で手を合わせて、「ごちそうさま」をした後、食器を片付ける。


「香菜ーもうすぐ浴槽にお湯が張れるから、お風呂入ってきな」


 優斗は、香菜にお風呂の位置を教えた後、香菜をお風呂に入れた。


 香菜がお風呂に入っている間、優斗は食器を洗っていた。浴槽からご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。


 (つい子供相手のような接し方になってしまったが正しかったのだろうか……。それにしても、今日はいろいろなことがあったな……本当は全部夢だったんじゃないだろうか…………)


 そんな事を考え始めていたとき優斗の耳に廊下を走る音が近づいてきて、勢いよくリビングのドアが開く。


 優斗の目には濡れた髪が顔にくっつき、頬が程よい赤色に染まり唇がプルンと潤った香菜の姿が映った。

 つい見惚れてしまいそうだったが、優斗は即座に目を香菜から逸らし、照れながら疑問を口にする。

 

「香菜さん……なんで服着てないの!?」 

「だって、きるふくがなかったから」

「せめて下着だけは履いてきて!?」


 香菜は、はーいと返事をして風呂場へと戻っていった。


「思春期男子には目の毒なんだよ……」


優斗は長い溜息を付き、気持ちを落ち着かせるために香菜が濡らした床を念入りに拭く。


 その後、優斗は 風呂場から出てきた香菜に自分のシャツを貸したが言わずもがなぶかぶかだった――



 香菜の後に優斗も風呂を済ませて、寝るための布団を敷いていた。優斗の部屋は、布団を敷くには狭すぎたのでリビングに敷くことに。


 (さすがに香菜を固い布団に寝かせるわけにはいかないのよな……)


 リビングでテレビを見ながら歯磨きしている香菜に優斗は声を掛ける。


「香菜、悪いが俺の部屋で寝てくれないか?」

「いいけど……ゆうとはどうするの?」

「俺は、ここで寝るよ」

「なんで? ゆうともいっしょにねようよ?」

「いや、俺の部屋は布団を敷く場所がないんだ」

「なら、同じベットでねようよ」

「…………」



 (さすがに、子供相手とはいっても一緒に寝るのはダメだよな……)


 優斗は「やっぱり寝るのは別にしよう」と伝えたが、香菜に「わたしのこと、きらいなの?」と上目づかいで迫られて押し切られてしまい、結局香菜と同じベットで寝ることになった。



 「それじゃ、電気消すよ」

 「はーい!」


 電気を消して、香菜が包まれたベットに体を入れる優斗。

 思っていたより香菜との顔が近かったため、慌てて顔を反対方向に向ける。

 香菜は、えへへと甘えたような声を出して優斗の背中に抱き着いた。


「ぎゅーう」

「っ…………」


 はぁ、ホント心臓に悪いな……、子供の無邪気さ恐るべし。


 少しすると香菜の手の力が緩み、すぅすぅと寝息が聞こえて来た。

 疲れていたのか、すぐに眠ってしまった香菜。


 優斗は静かな部屋で香菜のことを考えだす。


 (香菜の言動が、見た目の年齢よりも幼く感じるのは気のせいだろうか…………実際最後に遊んだ時も、もう少し大人びて……やっぱり、香菜も一人で寂しいのだろうか――)


 再度、香菜がどうして生きているのか、どうやって生きて来たのかを考えそうになったが。今考えたところで香菜に話を聞かないと埒が明かないな、と思考を放棄した。


 (それにしても、人と一緒に寝るのは修学旅行以来だな。眠るときに誰かがいるだけでこんなにも落ち着くんだな。暖かい)


 一肌の温もりと、今日一日で起こった様々な出来事の疲労が相まって、次第に優斗も深い眠りの沼へと沈んでいった。


 



  

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