第2話 少女との再会
「――香菜!!」
失ったはずの少女との再会という非現実的な状況に少し声を荒らげながら、優斗はそう叫んだ。
「うっ……」
突然大きな声が聞こえたことに困惑の表情を浮かべた後、徐々に目が潤み、目の端に大きな水の粒が溜まり始めた。
ようやく、相手を怖がらせてしまっていることに気が付いた優斗は涙が流れる前に慌てて声を掛ける。
「ごめんっ……香菜だよね? 俺のこと覚えてる?」
怖がらせないように屈んで目線を彼女と合わせ、精いっぱいの不格好な笑顔を顔に張り付けて、できる限り優しい口調で声を掛けた。
「わからない……」
涙を収め一瞬考え込むような素振りをした後に、少し遅れてそう答えた少女の言葉の意味が理解できずに優斗は困惑していた。
(香菜じゃないのか? いや、でも俺が間違えるはずがない……)
夢の中で何百回と会う最愛の少女を、優斗が見間違えるはずがなかった。
仕草の一つ一つ、透き通るような優しく懐かしい声、その全てが目の前の少女が香菜だということを助長していた。
香菜じゃないということに納得のできない優斗はもう一度質問を投げかけた。
「俺の名前は優斗、君の名前も教えてくれる?」
「……
可愛らしく首を傾げながら今度は、頭の上にはてなマークを浮かべる少女。
「今日は、お父さんお母さんと来たの?」
「ちがうよ!」
元気にそう答えた少女の言葉に、優斗の頭の上にも大量のはてなマークが浮かんだ。周囲を見渡すが親らしい姿は見つからず、結局少女が香菜なのかどうか確認することができなかった。どうするべきなのか分からなくなっていた優斗は、とりあえず頭を冷やすことに。
冷静になったと同時に、周りから好奇な視線に晒されていることに気が付く。
(これ以上、話しかけていると変質者として通報されかねない)
現に、買い物袋を手にかけた主婦はスマホを片手にこちらをチラチラと見ており、優斗と同じ学校の制服を着た女子生徒二名にも、軽蔑交じりの視線を向けられていた。
未だに、疑問や戸惑いは尽きなかったがこれ以上は本当にまずいと思い、この場から離れることを判断する。
「ごめんね、知り合いとよく似てて間違えちゃった」
そう言うと、優斗はその場から足を一歩引き立ち上がった。
ここで、離れてしまっては二度とこの少女と会うことができないと分かってはいたが、冷静に考えると四年前に亡くなったはずの少女が生きていること。生きていたとして、見た目が子供であったことなどを含めて他人の空似だと結論付けるしかなかった。
「それじゃあ、俺は行くね。 気を付けて帰るんだよ。ばいばい。」
優斗は、少女に手を振り背中を向けながら歩き始める。
それから、数歩歩いたところで後ろから
「はぁはぁ……まっ、まって!」
何事かと思い振り返った瞬間に、桜の木の下にいたはずの少女が優斗の胴に腕を回して顔を埋めていた。桜のような甘い香りがふわっと
「うぉっ、どうしたの?」
「わたしも、つれていって」
「ごめん、今日はもう帰らないといけないんだ」
「ちがう……ゆうととずっといっしょにいたい」
その言葉の真意が優斗には分からず。迷子なのか? 家出中? それとも、本当に香菜で……、といろいろな考えが頭をよぎった。
しかし、年端もいかないような少女をたとえお願いだったとしても勝手に連れて行くのはさすがに気が引ける。
「香菜? はどうして俺と一緒にいたいの?」
「ひとりだし、いくばしょもないから」
「一人? お父さんとお母さんは?」
「わからない……めがさめたときからずっとひとりだったから」
少女は憂い顔をした後、再び優斗の胴に顔を埋めた。
優斗は、心がざわつくのを感じ固唾を吞んだ。頭によぎったこの考えがただの妄想であって欲しいと願いつつ優斗は口を開く。
「香菜は、目が覚めた時からずっと一人だったの?」
「うん……」
「それは、いつから?」
「ずっと。ずっとまえ」
「どこから来たかは覚えてる?」
「うーん。わからない」
「友達や家族、なんでもいいから覚えていることはある?」
「わからない…………」
「…………」
優斗の悪い予感は、見事に的中した。
(やはりこの少女は――柏木香菜だ。なぜ子供のような見た目なのか、なぜ生きているのか生きていたとして今までどう過ごしてきたのかなど、疑問は尽きなかったが間違いない。素直に再開に喜びたいところだが、そうできない)
柏木香菜は――記憶を失くしている。
衝撃を受けた優斗の顔はどんどん青ざめていく、頭の中でいろいろな考えが交差しあい思考がまとまらないでいた。
このまま、放ってはいられないと直感的に感じた優斗は、一度香菜を連れてこの場から離れて落ち着ける場所に行くべきと判断した。
「香菜、俺と一緒に来てくれるか?」
「うん!」
優斗が差し出した手の平に、香菜はニコっと笑いながらその柔らかい小さな手を乗せた。その手を優斗は力強く握り、周りの目を気にしながらその場から退散した。
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