俺は幼女で出来ている。
たこくらげ
第1話 思い出の場所
微かな光すら届かない闇の中、
死の恐怖に身を強張らせ、右手に伝わる温もりだけが優斗の途切れそうな意識を繋ぎ止めている。
絶体絶命の状況で生きることを諦めていないのは、隣に最愛の少女――
香菜の手を抱き込むようにして己を下にする優斗。
(香菜だけは、絶対に守る……)
奈落を思わせる深い崖もついに終わりを迎える。地面にたたきつけられた衝撃とともに、優斗の意識は覚醒していった――
「はぁはぁ……っ。また、この夢か」
現状を理解した優斗は胸に手を当て、飛び跳ねる心臓と荒くなった呼吸を落ち着かせる。
次第に蒼白い顔に温かみが戻っていき、吹き出ていた汗が止まっていく。
優斗は、ベット横の鏡に映る自分の姿を見て、ようやく自分が泣いていることに気が付いた。
「……香菜」
今は亡き少女の名前を呟き、寂寥感に苛まれていた優斗は、昔の思い出したくもない
――あれは、三年前の春だった。
桜の花が開花する時期、小学校を卒業した優斗と香菜は、卒業祝いで山にキャンプをしに訪れていた。両親同士が古くからの付き合いだったこともあり、家族ぐるみで旅行に行くことは、しばしばあった。
その日も、いつものように二人で仲良く遊んで、夜には焚火を前に雑談して…………そんな楽しい日になると思っていた。
しかし、当たり前だと思っていたその未来は訪れない。
それもそのはず、優斗が目を覚ました時には、その
優斗が、居たのは病室だった。
体を確認してみたがどこにも異変はなく、痛みも感じない。
今は何時だろうか、キャンプ場に到着してからの記憶がない。
自分の置かれている状況が理解できなかった優斗は、重たい首を動かし周りを確認すると、カーテン越しに三、四人いることが分かった。何か話しているようだったが、内容は聞こえない。
「あっ」
優斗は喉が締め付けられているみたいに上手く声が出せなかった。
優斗が、声を発すると次第にその人影が近づいてくる。
「『優斗!!』」
「『優斗くん!!』」
その、正体はすぐに分かった。
そう、優斗の名前を呼んだのは優斗の両親と、香菜の両親だ。優斗は見知った人の顔を見たことにより安堵の息を漏らす。
だが、一人足りない。大切な人がいない。
今すぐ、その人の顔を見て安心したかった優斗は香菜の両親に尋ねた。
「香菜は、どこ?」
「…………」
優斗が質問すると、香菜の両親は顔を曇らせ、優斗から視線を逸らし沈黙する。
優斗は、その行動に胸がざわつくのを感じた。
「父さん? 母さん?」
「…………」
この場にいる誰一人、優斗と目を合わせることはなかった。
そのとき、優斗は幼いながらに悟った、もう二度と彼女に会うことができないのだと――
「やべっ、遅刻する」
昔を思い出し心憂いていたとき。視界の端に映るデジタル時計の表示する時刻に、ボーっとしていた意識が強制的に引っ張られた。
そして直ぐに、服を着替えて、歯磨きやシャワーなど学校へ向かう準備を進める――
「行ってきます……」
返事の返ってくるはずもない、シンとした薄暗い家にそう言葉をかけて、優斗は玄関のドアを閉める――
「……はぁぁぁ~」
優斗は、魂が抜け落ちるように悲痛さを含んだ溜め息をつく。
――今日は、優斗の学校の入学式の日だった。
高校デビューで脱陰キャを目標にしていた優斗にとって、高校入学はこれからの人生を左右する大勝負の日だ。
中学入学と同時に、世の中で言う陰キャになってしまった優斗だが、小学生の頃は、人並に人望もあり親友と呼べる友達も何人かいたため、本気を出せば友達の数人程度できるだろうと考えていたが、見事に自己紹介で滑ってしまった。
その後、誰にも話し掛けられることもなく、こちらから話し掛けようにも少しずつグループが出来上がっていたこともあり、誰とも関係を築けずに入学式を終えてしまったのだ。
優斗の唯一の救いは、中学校からの数少ない友達である
しかし、二人とも人当たりのよい性格のため、すでに何人かの友達ができており、話し掛けようにも周りの人に阻まれて、結局会話を交わすことができなかった。
「はあぁ~~~~」
そのことを思い出し、再度長い溜息をつく。
憂鬱な気持ちのまま、帰路についていた優斗は現実逃避をするかのように、昔よく遊んでいた丘に自然と足が向いていた。
その丘は、とうに樹齢百年は超えていそうな桜の木が一本だけ咲いていることから神の屋代と呼ばれ、願い事が叶うだとか、ここで告白すれば永遠の愛を手に入れられるだとか言われており、優斗にとっては小学生のころよく待ち合わせに使っていた場所だ。
近づくにつれて優斗の視界が端から薄桃色に染まっていく。
「お前だけは変わらないな……」
今年も自己の存在を主張するかのように堂々と咲き誇る桜の木に、ノスタルジーな気持ちを抱き、自然と足幅が大きくなっていった。
次第に樹木の全貌が露わになっていき、懐かしさに浸ろうとしていた優斗の瞳に、幹に体を預けて眠っている一人の少女が映った。
(こんな時間から、昼寝か?)
蜂蜜色のさらさらとしたストレートヘアーに覆われているため顔はよく見えないが、年齢は十二、十三歳ぐらいで髪の隙間から見える肌は雪のように白く絹糸のようにきめ細やかだった。白いワンピースを着ている様は、桜の精霊と言っても過言ではないほど可憐だ。
見惚れているうちに自然と顔の距離が近づいてしまっていた。
「……んっ」
目を覚ましたらしい少女はゆっくりとその顔を上げる。
少女はとろけるような目をこすりながら、長い睫毛に覆われた宝石のような天色の瞳を開く。
「嘘だろ……」
それと同時に優斗は、全身から血の気が引くのを感じていた。
それもその筈、顔が露わになった少女は失ったはずの幼馴染、
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