エピローグ

 202X年春。新しいプロ野球シーズンが開幕しようとしていた。居酒屋ゴンドウでは、権藤夫妻が、開幕戦を観戦するため、慌ただしく出かけようとしていた。

「良枝。はよしぃ。試合が始まってまうで。」

「わかってますがな。鍵を掛けてっと。それよりあんた、ちゃんと招待状持ってはりますか。」

「あたりまえや。三好さんからいただいた大事な招待状や。なんや、わしらなんかが一生座れんような、特等席らしいんやで、この招待状がなければ、入れんのやから、忘れるわけないやろ。ほれ、ちゃんとここに。ここに?」

 と、言ってポケットから招待状を出そうとしたが、

「ない。ない。ないでぇ。どこいったんや。ど、どないしよ。」

 そう言って、あわてて体のあちこちをさわったり、応援グッズが入ったバッグの中を探ったりした。良枝は、それを見て、笑いながら、

「おとうちゃん。これ。」

 と言って、権藤の顔の前に、招待状をぶら下げた。二人は、招待状を見ながら、

「な、なんで、お前が持っとんじゃ。」

「何が大事な招待状や。店ん中に落ちとったで。しっかりしてや。」

「そうか。すまん。って、なんや、お前が持っとんやったら、わざわざ聞かんでもよかったやないか。ほんまに、維持の悪いババアや。腹立つわ。」

「誰がババアや。」

と、相変わらずのやりとりをしながら、仲良く出かけていった。

 権藤夫妻は、日向の件で、彼の娘、三好和子と親しくなり、彼女の会社が所有する、辛酉園球場の特別席への招待状が送られてきたのである。今日は、開幕と言うこともあり、三好和子とその孫の飛鳥、さらに大伴も一緒であった。


 飛鳥が勤める建物の前では、大伴が飛鳥を待っていた。彼女は、大学の恩師である石坂教授が、定年退職したのを機に、スポーツ医学研究所を一緒に立ち上げ、プロアマ問わず、様々なスポーツ選手の体のケアや故障予防ための体作りの方法を考え、それを広める活動をしていた。研究所と言っても、ジムのようなものであったが、祖母和子の会社であるミヨシHDの援助もあり、最新のトレーニング機材、測定機器が備わっていて、スタッフも、石坂の教え子を中心に充実していた。大伴は、飛鳥のパートナーとして、一緒に活動しており、この日は、二人とも和子から開幕戦に招かれていたのである。

 研究所から出てきた飛鳥は、ジャージ姿だった。それを見た大伴は、

「その格好で行くんか。いくら身内ばかりの席だからと言って、それは・・・。」

 と、戸惑っていると、

「あら、ちゃんと化粧してるし。これ、よそ行きのジャージなんだから。高かったのよ。」

 と言って、意に介さないようであった。

「それに、すぐにユニフォームを羽織っちゃうし、権藤さん達だって、きっとユニフォーム着てくるんだから、大丈夫、大丈夫。それより、これ持ってよ。」

 飛鳥が、大伴に大きなバッグを渡すと、

「なにこれ? 何が入ってるの。」

「応援グッズに決まってるじゃない。あなたの分もあるわよ。さあ、行きましょ。」

 飛鳥は、バッグを大伴に渡すと、サッサと歩き出したので、大伴は、慌ててバッグを抱えて付いていった。その様子を、研究所の2階の窓から、石坂が微笑みながら見守っていた。


 丸山は、講演のため、西日本の、とある町の町民センターに来ていた。彼は、日向の戦前の活躍記録、丸山と日向が出会ってから球界復帰までの活動、そして球界復帰から優勝するまでの軌跡を綴った「記憶創出 -日向大の記録と記憶-」と題した本を出し、それがベストセラーとなったため、講演依頼が殺到し、全国各地を飛び回っていたのである。

 彼も、開幕戦の観戦を招待されたが、すでに講演予定が入っており、講演の開始時間も重なっていたため、断念した。

 丸山は、控え室にあるテレビを見ていた。ちょうどパンサーズの開幕戦の中継が始まったところだったが、講演会のスタッフが、部屋に入ってきた。

 そろそろ講演時間なので、舞台の袖に来て欲しいと声を掛けてきたので、丸山は、

「わかった。今行く。」

と言うと、テレビのスイッチを切って出て行った。テレビは、ちょうどアナウンサーが

「今日のパンサーズの先発は、」

と言ったところで切れた。辛酉園球場は、熱気を帯びた大声援に包まれているようだった。

 一方、丸山が出て行った控え室の窓からは、小島が点在する海と青空が見え、すがすがしい春風が、カーテンを静かに揺らしていた。

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プロ野球キャンプ地で出会ったのは転生してきた伝説の強打者だった 宮胡草一郎 @N-Lotus

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