第44話 再び不思議な光に包まれて
球場全体が、サヨナラ勝ちに沸く中、飛鳥は席を立つと、急いで階段を下りて行き、ベンチ裏のネットの傍で、日向を見守った。大伴も慌てて彼女を追い、寄り添うように一緒に日向を見つめていた。日向の傍には、塁審とファーストコーチャーが、心配そうに声を掛けていた。それに気がついた選手たちは、一斉に駆け寄った。球場内もその様子に気づき、騒然とし始めた。
榎田が腰を落とし、日向の背中をたたきながら、叫ぶように言った。
「おっさん。大丈夫か。やったで。おっさんのおかげで勝ったんやで。」
さらに青嶋が、日向のそばに手をついて、話しかけた。
「日向さん。勝ちましたよ。俺、やりましたよ。二塁から一気に帰ってきました。ニッポンシリーズ進出決定です。」
「そうか。勝ったか。よかった。すまんが、手を貸してくれ。一人じゃ立てそうもない。」
「なんや。世話が焼けるな。まあええわ。今日は勝たせてもろうたんやからな。」
と言って榎田は、青嶋と一緒に日向の腕を持ちあげて肩に掛け、彼を立たせた。
心配そうに見守っていた観客は、立ち上がって観客に向けて手を振る日向を見て安堵し、再び大歓声をあげ、紙テープや風船を飛ばした。
ゴンドウのテレビの前では、権藤が、涙を流しながら万歳を叫び、酒やビールを客に振る舞った。今夜はさすがに、いつも渋い顔をする良枝も、一緒に涙を流して喜んでいた。
スタンドから日向が立ち上がる姿を見た飛鳥は、
「よかった。ほんとうによかった。日向さんが、『今日は俺の命日だ』なんて言うから。逝ってしまったのかと思ったわ。でも、そうでなくてよかった。」
と、あふれる涙をハンカチで押さえながら言った。傍らにいた大伴が、
「大丈夫ですよ。日向さんは、戦場から転生した、奇跡の人ですから。」
と言って、飛鳥の肩を抱くと、いつの間にか、自分の席から降りてきた丸山が、
「お前、どさくさまぎれになにやってんだよ。飛鳥ちゃんと日向が結婚できないからって、手を出すのが早いんだよ。おかあさんたちもいるってのによぉ。お前は、サッサと日向の所に行け。」
と、声を掛けてきた。驚いて大伴は、飛鳥の肩から手を離すと、照れくさそうに頭を掻くと、出入り口に向かった走って行った。そんな大伴がちょっとかわいいと飛鳥が思っていると、グラウンドでは、ニッポンシリーズ進出決定のセレモニーのために、選手がマウンド近くに整列しようとしていた。
日向は、それに加る前に、観客席の方に振り返り、ベンチの上の所で見ていた飛鳥たちを見つけると、手を上げてニコリと笑った。同時に、彼女たちに対する思いが込み上げてきた。
飛鳥、ありがとう。和子と裕子、おまえたちに俺の最後の試合を見せることができて、本当によかった。丸山に大伴も、世話になったな。権藤さん達は、涙を流して喜んでるだろうな。みんな、ありがとう。
手を振る日向に、笑顔で返した飛鳥だったが、こちらを向いた日向は、鬢に少し白いものが混じっており、顔も、少し老けたように見え、彼の体の時計が、どんどん進んで行っているように感じた。そして、今の姿をしっかりと記憶しておこうと思った。
セレモニーが終わると、榎田を筆頭に全員が日向を囲むように駆け寄り、彼を夜空に向かってほうり投げ、胴上げを始めた。
日向は、胴上げされているうちに、昔、乗っていた輸送船が沈んだ時に包まれた、不思議な光を、漆黒の夜空の中に見た。しかし、この光が見えるのは彼だけのようだった。彼からは、みんなが、何事もないかのように胴上げを続けているのが、スローモーションとなって見えていた。
不思議な光はどんどん大きくなり、前の時と同じように、彼を包み込むようになっていくのを感じながら、彼の意識は薄れていった。
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