　日向は、次の球は内角に外してきて、６球目に外角で勝負してくるだろうと考えていた。バンディが投じた５球目は、予想どおり内角だったが、少しストライクゾーンよりのきわどい球で、力ないストレートと感じた日向は、「しめた」と思い、打ちにいった。

　彼は、いつものように左足を踏み出すと、絞る様に腰をひねり、バットを振りだした。しかし、バンディの投げた球は、手元で少し落ちた。今度は、戦前のようにボールの質が悪くて落ちたのでなく、明らかにバンディは落ちる球を投げたのである。

　日向のバットは、ボールの上をこするように当たり、またもボテボテのゴロになってしまった。日向は、「しまった」と悔やんだが、どうしようもなかった。

　当たりは、昔のあの試合と同じようだったが、今度は、走れる力がある。

「こんどこそ、絶対にセーフになるんだ。あの時のようにはならん。」

彼は、そう言い聞かせながら走った。しかし、徐々に足の回転が落ちていくのを感じた。

「衰えは、脚にきていたのか。頼む。もう少しもってくれ、俺の脚。」

　日向は、足の急速な衰えを感じつつ、間に合うことを願いながら、必死に走った。

　スタンドの大伴は、

「おかしかったのは、下半身だったのか。」

　と、さっき感じた違和感に気がつき、祈るように叫んだ。

「がんばれ日向さん。もう少しだ。」

　隣にいる飛鳥や和子たち、スタンドの観客やゴンドウのテレビの前の権藤達も、総立ちで日向がセーフになることを願って、声援を上げた。

　サードのルイスは、２球目に打った三塁線への打球を見て後ろに下がって守っていたので、日向が打った、そのスイングに見合わないボテボテのゴロに、慌ててダッシュしてボールを素手でつかむと、倒れ込むようにしてファーストに投げた。

　日向は、懸命に走り、最後はファーストに頭から突っ込んだ。ルイスが投げたボールは、セカンド側に少しそれたが、ファーストの上野が、おもいきり体を伸ばし、ミットに収めた。

　きわどいタイミングだった。スタンドやテレビの前のファンが、固唾を飲んで見守る中、ファーストの塁審は、大きく手を広げながら、

「セーフ。」

と、叫んだ。それを聞いた観客は、さらに大きな歓声を上げて喜んだ。

　観客の目がファーストに釘付けになる中、ボールを捕った上野は、塁審のジャッジを気にすることなく、急いでボールをホームに投げた。すでにサードランナーはホームインして同点になっていたが、なんとセカンドランナーの青嶋が、サードを回ってホームに向かって走っていたのである。

　青嶋は、普段何かと世話になってきた日向のために、一か八かの勝負に出ようと考えていた。普通のヒットなら、楽々サヨナラになるが、このところ調子を落としている日向では、内野ゴロの可能性もある。

　引っ張り専門の日向なら、三遊間に打つ可能性が高いが、サードのルイスを見ると、少し下がって守っているので、ボテボテのゴロなら日向がセーフになるかもしれない。そうなれば、同点にはなるが、それでは自分が出てきた意味がない。何としても自分がホームインして、日向をヒーローにしたかった。それには、日向が打ちに行く時に、いち早くスタートを切って、サードランナーに追いつくくらいの勢いでホームを目指すことが必要だった。

　青嶋は、バンディが内角に投げれば、日向は打ちに行くだろうと思っていた。そして、キャッチャーのサインから、５球目は内角に投げると判断すると、バンディが足を上げると同時にスタートを切った。青嶋が思った通り、日向は打ちに行き、ボテボテのサードゴロを打った。彼は、慌ててダッシュするルイスを見て、「よっしゃ。いける。」と思うと、躊躇なくサードを駆け抜けていった。

　ファーストの上野から、いい球が返ってきたが、キャッチャーのタッチを掻い潜るように回り込んだ青嶋の手がホームベースに触れ、アンパイアが、

「セーフ、セーフ。」

と叫んだ。劇的な逆転サヨナラ勝ちだった。

　パンサーズのベンチからは、選手もスタッフも全員が飛び出し、好走塁でホームに還ってきた青嶋のもとに駆け寄り、ペットボトルの水を掛けて喜びを分かち合った。スタンドからは、紙テープと紙吹雪が舞い、和子を始め、丸山たちも、手を合わせて大喜びしていた。しかし、飛鳥は一人、ファーストベースに手をついたままうつ伏せになって動かない日向を心配そうに見ていた。