第42話 最後の試合

 両チームとも先発ピッチャーが好調で、なかなか試合は動かなかった。しかし、7回の表に、榎田が、ギガンテスの主砲ルイスに一発を浴び、1点先制されてしまった。


 逃げ切りを図るギガンテスは、勝利の方程式とも呼ばれる盤石の継投策にでて、7回、8回を、日暮、秋葉の二人のセットアッパーが抑えた。しかし、パンサーズは、9回にクローザーのバンディを攻め、ツーアウトながら、二、三塁と、一打逆転サヨナラのチャンスを作った。ここで葛城監督は、足の速い青嶋を、ツーベースヒットを放ったセカンドランナーのカーネルの代走に送り、日向を代打に指名した。


 日向の名前がコールされると、球場内が大歓声に包まれた。球場観戦が初めての飛鳥の母裕子と祖母和子は、初めて聞く大歓声に驚き、飛鳥たちとともに、ベンチから出てきた日向に、熱い声援を送った。居酒屋「ゴンドウ」では、権藤夫妻と客たちも、テレビに向かって、大声を上げて声援を送っていた。


 一方、ギガンテスの監督石原は、一塁が空いているので、敬遠という手もあったが、まだパンサーズには、若手ながらチャンスに強い選手が代打要員として残っているのに、ここのところ調子を落としている日向に、その必要があるか、と悩んでいた。それに、日向のデビュー戦で打たれたバンディだが、リベンジに燃えていて、敬遠などさせたら、へそを曲げて、やる気を失って、次の打者に打たれてしまうかも知れない。


 石原が悩んでる姿を察知したのかバンディは、ギガンテスのベンチをにらんでいた。石原が、指示を伝えるためコーチと通訳をマウンドに送ると、スタンドのファンやテレビの前の権藤たちも、日向が敬遠されるのではないかと心配しながら様子を見守っていた。日向も、バッターボックスの後ろで2、3回素振りをすると、マウンドのバンディを見つめていた。

 コーチと通訳がマウンドを降りて、キャッチャーが審判の前に座り、敬遠しないということがわかると、再び場内が大歓声に包まれた。


 日向は、9回の表裏の違いはあるが、1点ビハインドで、ツーアウト2、3塁の状況は、戦時中の、あの最後の試合と同じだと思った。あの時は、力なくボテボテのサードゴロに終わったが、今度こそ、クリーンヒットを打ってパンサーズをニッポンシリーズ進出に導くんだと誓った。


 スタンドでは、飛鳥が祈るように手を合わせて見つめていた。その横では、和子たちが声を上げて声援を送っていた。日向は、彼女たちがいるスタンドをチラッと見あげると、打席に入った。


 日向のデビュー戦でも対戦したバンディは、その時と違って、少し緊張気味だったが、落ち着いた面持ちだった。1球目は、前回と異なり、いきなり内角高めにストレートを投げてきた。しかし、今回は、前回のように顔に近い球ではなく、バンディの表情も変わらなかった。

 2球目は、外角低めに決まり、ストライク。そして3球目、日向の好きな内角低めに来たストレートを、日向は打ち返した。しかし、少しストライクゾーンから外れていたせいか、当たりは鋭かったが、三塁線のファールになった。このカード、最も鋭い当たりだった。

 サードを守るルイスは、ツーアウトなので定位置で守っていたが、この打球を見て、一歩下がって守ることにした。4球目は、外角にはずれボール。カウント2-2となった。


 スタンドに戻って来ていた大伴は、飛鳥たちの横で、日向の姿を見つめながら、新東京ドームホテルで聞いた日向の話を思い出していた。

「日向さんが言っていたあの試合と同じカウントだ。次の球で勝負だ、日向さん。こんどこそ・・・。」

 彼は、そう思うと、拳を強く握りしめた。隣にいた飛鳥も、手をギュッと握っていたが、少し震えていて、日向の姿を見ていられないようであった。

「大丈夫です。日向さんはきっと打ちます。次の球で決まります。ちゃんと見ていてあげましょう。」

 大伴は、そう言うと、飛鳥の手を上から包み込む様に握った。隣では、丸山がビール片手に、和子たちとともに、大声で声援を続けていた。

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