第40話 決戦前夜
ポストシーズンカードの第一戦を落としたパンサーズは、付与されていた1勝分のアドバンテージがなくなり、逆に第二戦も落としたため、ギガンテスに、ニッポンシリーズ進出へ王手を懸けられてしまった。2試合とも調子が上がらず、ノーヒットに終わった日向は、観客席からの罵声を浴び、悔しい思いをしていた。
彼は、少しずつ打つ感覚にずれが生じているのを感じ、もしかすると、石坂が言っていたように、老化が進んだためかも知れないと思っていた。しかし、一方で、こんなに急激に進むものだろうかと、不思議に思っていた。
翌第三戦、後のないパンサーズは、ひらきなおって果敢にギガンテス投手陣を攻め、なんとか勝利して対に持ち込んだ。日向は、スタメンを外されたが、代打で出場し、当たりはよくなかったが、なんとか犠牲フライを放ち、このカード初勝利に貢献した。
試合終了後、マンションに戻りくつろいでいると、飛鳥からビデオ通話が掛かってきた。
「日向さん。この間はごめんなさい。いきなり抱きついてキスなんかして。」
「俺もおまえのことが好きだったから、うれしかったよ。ただ、ちょっとびっくりしたよ。それと、おかしな感じがしたんだ。お前が嫌いというわけではなく、電気が走った感じだったんだ。」
「そう、やっぱり。落ち着いて聞いて。あなたは私のひいおじいさんだったの。そして、あなたとキスしたことで、あなたを実年齢の体に引き戻すのを加速するスイッチが入って、老化の速度が速まってしまったのかもしれないの。先生は、玉手箱を開けてしまったと言っていたわ。ごめんなさい。私、とんでもないことをしてしまって。」
「俺が飛鳥のひいおじいちゃん。そうか、それでか。なんか他人とは思えない感じがしていたが、ひ孫だったのか。というと、キヨと俺との間に子供ができていたのか。」
日向が飛鳥の言葉に驚いていると、ドアが開いて丸山が、二人の会話を遮るように大声で話ながら、部屋に入ってきた。
「おい、三好和子って人は、お前の子供だったぜ。それと、なんと、飛鳥ちゃんはその孫、つまりお前のひ孫だったんだ。名字が違ったから気がつかなかったぜ。ん?どうした?」
丸山は、日向が飛鳥とビデオ通話で話しているの見ると、画面をのぞき込み、
「おーい、飛鳥ちゃん。ミヨシホールディングスの会長って、飛鳥ちゃんのお祖母さんなんだね。それで、社長がおじさんなんだね。驚いちゃったよ。なんで教えてくれなかったの。」
と、飛鳥に話しかけてきたので、彼女は、
「ちょっと、丸山さん。今、大事な話をしているところなんだから、入ってこないで。」
「おお、恐っ。」
丸山が黙ると、飛鳥は、石坂から聞いた話を伝えた。
「石坂先生が言っていた、老化に関係する遺伝子の発現量が、急激に増えているらしいの。先生が言うには、私やおばあちゃんたちと触れあうと、益々老化が進むかもしれないの。だから本当は会って話したかったけど、こんな形で話すしかなかったの。」
日向は、それを黙って聞いていたが、横から丸山が、口を挟んできた。
「老化って、遺伝子発現って何のこと。なんで三好さんに会ったらいけないんだ。会いたいって言ってたから、明日の試合、招待しちゃったよ。」
飛鳥は、丸山が三好親子を試合に招待したことを伝えると、慌てて止めようとした。
「なんてことしてくれてるの、今、おばあちゃんに会ったら、あっという間に百歳の姿になってしまうかも知れないのよ。野球どころか、へたしたら死んでしまうかも知れないんだから。やめてっ。」
ヒステリー気味に叫ぶ飛鳥を、日向が制して言った。
「飛鳥、もういいよ。これも運命かもしれん。明日14日は、俺の80回目の命日なんだ。記録では10月25日になっているが、実際には、14日に船は沈んだんだ。最近、よく昔のことを夢で見るんだ。飛鳥にキスされなくても、俺の野球選手としての体は明日までだったのかもしれん。」
日向は、穏やかな表情で語ったが、それでも飛鳥は、食い下がり、
「待って、お願いだから、試合が始まる前に会うのはやめて。まるや・・。」
と言いかけたが、日向は、通話を切ってしまった。すぐに、スマホが鳴り始めたが、日向は出ずに立ち上がると、丸山に言った。
「すまないけど、一人にさせてくれ。」
日向のスマホが鳴り止むと、今度は丸山のスマホがなり出したので、丸山は、スマホを取り出して、部屋から出て行った。
日向は、窓の外に広がる夜景を見ながら、飛鳥と口づけを交わした時の感触、彼女の言った言葉を思い出し、
「そうか、あの時の言葉は、昔、キヨから聞いた言葉だ。あの感触も、キヨとのものと同じだ。」
と、昔の記憶と重ね合わせ、懐かしく思うのだった。
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