第39話 玉手箱が開く

 飛鳥は、車に戻るとすぐに大伴に電話をかけ、これから辛酉園球場によるので、日向からいつも大学でやっているように、口の中を綿棒で拭ってもらうよう頼んだ。

 彼女が球場の前まで来ると、大伴が待っていた。彼女は、綿棒が入った袋を受け取ると、すぐに大学に向かった。大学では、石坂が待っていて、早速、両者の遺伝子を調べてみた。すると、90%以上の確率で、日向と飛鳥の祖母が親子であることが分かった。


「そういうことだったのか。」

 検査結果を見た石坂が、何を言っているのか分からず、飛鳥は、彼の顔を見つめた。

「毎回検査の時に、同年代の比較対照者の一人として君にも口の粘膜をとってもらっていたんだが、遺伝子型が似ているので、不思議に思っていたんだ。前にも、君たちは親戚か何かかと聞いたことがあっただろ。これで分かったよ。血がつながっているなら、似ていて当然だ。黙っていてすまなかったね。」

 石坂は、わびながら説明した。

「それよりも注目してもらいたいのは、老化に関係しているんじゃないかと言っていた遺伝子の発現量が、今回急激に高まっているんだ。何かあったのだろうか。心当たりはないかい。」

 彼女は、石坂の質問に対し、ハッとした後、顔を赤らめた。

「彼とキスしました。でも、そんなことで変わるものでしょうか。」

恥ずかしそうに答える飛鳥に対し石坂は、無表情のまま話し始めた。


「君は、玉手箱を開けてしまったのかも知れないな。今まで私は、この遺伝子は、年齢とともに発現量が増えていくはずだと言ってきた。そして彼が、戦死したと思った時に、一旦それが止まり、転生してからもしばらくは停止していたのが、時間がたつにつれ、再び動き出したのかもしれないと考えていたんだ。最初はそうだったかもしれないが、血のつながりのある君と出会ったことによりスイッチが入り、それが加速したんだと思う。彼を調べ始めてから、この遺伝子の発現量が徐々に高まっていたんだが、彼がプロになってから、落ち着いていたんだが、時々、値が少し高まることがあったんだ。それは、彼と君がここに来る時だったんだ。だから、君と接触することが原因だったんだと思う。そして今回、君とキスをしたことで、大幅に発現量が高まったんだろう。」

「発現量が高まるとどうなるんですか。」

「年齢に合わせるように増えると言うことかな。すなわち、体を構成する組織などが、本当の年齢に合うようになっていくんだと思う。つまり、老化が進むと言うことだよ。浦島太郎が玉手箱を開けたときのように。」

「と言うことは、急激に体が衰えると言うことですか。そうしたら、プロ野球の選手としてやっていけなくなってしまうんですか。どうして、どうしてこんなことに・・。」


 石坂が言った新しい仮説を聞いて、飛鳥は焦りと戸惑いを感じていた。

「今言ったように、これまでも血のつながりがある君と、トレーニングなどを通じて接触してきて、徐々に老化が進んできたのかもしれないが、キスをしたことにより、さらに一段階上のスイッチが入ったのだろう。」

「それでは、このところ不調なのは、これが原因なのでしょうか。」

「その可能性もある。もしかすると、急に筋肉の動きに何らかの変化が出てきて、本人の感覚に体が微妙に付いていかなくなってきているのかも知れない。」

 石坂の言葉に飛鳥は、驚くとともに、取り返しの付かないことをしてしまったのだと思った。


「先生、これから彼の老化はどんどん進むと言うことでしょうか。彼になんと言ったらいいのでしょうか。」

「老化が進むと言っても、今日明日にでも百歳の体になってしまうわけではないだろう。遺伝子の発現量も、一時的に増えただけかもしれない。これまでの傾向からすると、早くても1日に2、3歳くらいのペースで進むんじゃないか。」

「それなら、このポストシーズンカードまでなら30代位でいられますよね。」

「保証はできないが、その可能性は高いだろうな。ただし、君や、君より血のつながりが濃い、君のおばあさんたちが彼に触れると、もっと早まるかも知れない。それから、このことは、早く彼に伝えた方がいい。彼も気がついているかも知れないが、これまでと同じ感覚でプレーしていると、益々打てなくなる可能性がある。このことを知っていれば、彼ほどの打者だから、きっと対応できるだろう。」

「わかりました。ありがとうございます。早速彼に連絡を取ってみます。」 



 その頃芦屋では、和子と裕子がお茶を飲みながら話を続けていた。

「そう言えば今日、日向さんの事務所の作家の方が、お見えになられることになっていたわ。なんでも、私を探してるらしいの。会社にも問い合わせがあったって聞いてるわ。」」

「あら、もうおかあちゃんと日向さんのことが、ばれたんやろか。」

「まさか。でも、日向さんに関係あることみたいよ。」

そんな話をしていると、チャイムが鳴った。


 お手伝いさんに連れられて応接間に入ってきたのは丸山だった。丸山は、出迎えてくれている老婦人の横に、飛鳥の母がいるのを見て驚いた。

「あれ、なんで、なんで飛鳥ちゃんのお母さんが、ここに?」

と、丸山は、以前の飛鳥の母裕子に会ったことがあるので、不思議そうに尋ねた。彼の困惑する顔を見ながら裕子は、

「あんさんのお探しの三好和子は、こちらよ。そんで、彼女は私のおかあちゃん、ちゅうことは、飛鳥のおばあちゃんなんよ。」

裕子は、ニコニコしながら言った。

「えぇぇ~。マジっすか。聞いてないよぉ。」

 それを聞いて丸山は、驚いて叫んだが、すぐに我に返り、慌てて名刺を和子に渡して挨拶した。和子も笑顔で丸山をソファーに誘い、彼の話に耳を傾けた。 


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