第34話 首位攻防戦
シーズン前半最下位だったパンサーズが、後半に入って快進撃を続けたため、ペナントレースは大混戦となった。しかし、9月後半になると、ニッポンシリーズへ出場するチームを決めるポストシーズンカードに進むことができる上位3チームが絞られてきて、僅差で競り合っていた。このカードでは、上位チームにアドバンテージが与えられるため、どのチームも、このカードを優位に進めるために、是が非でも優勝しようと考えていた。
日向は、練習を見に来ていた丸山に、ポストシーズンカードのことを聞いてみた。
「なんでこんなややこしいことをするんだ。ペナントレースだけで決めればいいんじゃないか。」
「今年は混戦になってるけど、首位のチームが独走して優勝が決まってしまうと、消化試合が増えて、お客の入りが減るから、その対策だよ。三位以内に入れば、ニッポンシリーズに出られるチャンスがあるから、下位のチームも最後まで頑張るし、ファンも応援に来るから球団も儲かるってことだ。」
「なるほど。そうすると三位のチームが日本一になることもあるのか。リーグ優勝したチームやファンはたまったもんじゃないな。」
「だから上位チームにはアドバンテージが与えられているんだよ。日本人は、下克上という言葉が好きだから、そうなることを望んでいる人もいるが、選手は大変だ。アドバンテージは、そうなり難くするためのものなんだ。」
日向は、丸山の説明に釈然としない思いもあったが、そういうルールなら仕方がないと納得し、終盤戦のプレーに打ち込んでいった。その結果、チームの順位も上昇し、ついに首位ギガンテスを捉えるところまで来ていた。
日向が、昔の試合の夢を見た翌日、新東京ドームスタジアムでは、パンサーズとギガンテスとの間で、首位攻防戦が行われようとしていた。パンサーズは、このカードの初戦に勝てば、同率首位となり、さらに3連勝すれば、マジックが点灯することになっていた。
並ばれるのを阻止したいギガンテスは、エースの
日向は、東との前回の対戦で、3三振を喫しているので、今度こそ打ってやろうと燃えていた。最初の対戦は、初回からやってきた。東は、1、2番打者を簡単に内野ゴロに打ち取り、日向を打席に迎えた。日向に対して東は、前回の対戦より、少しスピードを抑えた高めのストレートを投げ込んできた。しかし、日向は、甘く入ったその球を見逃さず打ち返すと、左中間を割る二塁打となった。二塁に滑り込んだ日向が、立ち上がって東を見ると、打球が飛んだ方向を見ながら首をかしげていた。
日向が作ったチャンスだったが、次のカーネルが三振に倒れ、無得点に終わり、首位攻防戦らしい立ち上がりとなった。
東と瀬田という対照的な二人の投げ合いにより、試合は進んでいった。日向は、3回の表の攻撃で、再び東と対戦したが、レフトライナーに終わった。次の回、先頭のカーネルがホームランを放ち、パンサーズが先制点を挙げると、その裏、ギガンテスも、ルイスのホームランで追いつき、首位攻防戦にふさわしい熱戦が続いた。
大阪の居酒屋ゴンドウでは、丸山と権藤夫妻が、店のテレビの前で、客達と一緒に手に汗握って試合を観戦していた。カーネルのホームランで先制した時は、店中が沸き上がったがったが、すぐに同点に追いつかれ、がっかりしつつも、声援を送り続けていた。
飛鳥は、勤務時間も終わり、ジムでテレビを見ていたが、どうせ応援するなら、仲間と一緒の方がいいと思い、ゴンドウに行くことにした。彼女は、東京に応援に行きたいと思っていたが、日向効果で、ジムの会員が増え、仕事が忙しくなって、なかなか大阪を離れられなくなっていた。
6回の表、パンサーズは、ピッチャー瀬田の代打、
日向は、キャッチャーのサインを覗く東の目が、前の対戦の時より鋭くなっており、明らかにギアを上げてきたと感じた。彼は、一層気合いを入れてバッターボックスに入った。
1球目は、日向がストレートを待っているのが分かっているかのように、ど真ん中にカーブを投げてきた。日向は、当然それを見逃し、足下をならすと、再びバットを構えた。東が2球目を投げようとした時、日向の目には、戦前に対戦したさギガンテスのエース佐和山の姿が重なって見えた。東が投じた内角高めのストレートは、佐和山を彷彿させる剛速球で、日向はこれを、振り遅れ気味に空振りした。
この球は、明らかに今日一番に速い球だった。日向は、東に佐和山が乗り移ったのではないかと感じていた。3球目は、外角に外れてボールとなった。日向は、次の球で勝負に来ると感じ、昔駿河台球場で、佐和山から放ったホームランを思い返しながら、バットを構えた。
球場内やテレビ、ラジオの前のファンが見守る中、東の足が上がり、4球目を投げ込んだ。高めに来たストレートは、2球目の時より速かったが、日向は、イメージしたとおりの球に反応した。高い金属音を残して放たれた打球は、外野スタンドの上いっぱいに設置された大型ビジョンのバックスクリーンの左横に当たり、パンサーズの応援席に落ちた。
このホームランに球場内は、パンサーズファンの歓喜の声が響き渡った。大阪のゴンドウでも、丸山と権藤が抱き合って喜び、店内は大騒ぎになっていた。飛鳥は、ゴンドウへ向かう途中の車の中で、ラジオから流れるアナウンサーの絶叫を聞いて、喜びながら、道を急いだ。
日向が、ダイヤモンドを一周してホームに戻ってくると、ギガンテスは、ピッチャーの交代を告げた。東は、ボーっとバックスクリーンの方を見ていたが、コーチに促されてマウンドを降りていった。東の降板に勢いづいたパンサーズは、ギガンテスの繰り出すピッチャーを攻め、この回、さらに3点を加えた。
7回の表、再び日向の打席が回ってきた。ピッチャーは、この回から登板した外国人選手のサントスだった。彼は、今シーズン1軍戦初登板で、情報は少なかったが、150キロ以上の速球を投げる本格派のピッチャーらしかった。
日向は、前の打者への投球やマウンドでの仕草から、彼が、かなり向こう気が強そうな性格だと思った。と同時に、初登板のせいか、興奮気味で、ヤバイ感じがした。
このため日向は、サントスが投球動作に入ろうとした時、斜に被った帽子の陰から見える彼の目が、自分に向けられていることに気づくと、バットを下ろして、審判にタイムをかけた。審判は、手を挙げてコールしようとしたが、すでに投球動作に入っていたサントスは、投げるのを止めることができなかった。それでも、止めようとして、少しバランスを崩したままで投げた。
日向が、審判の方からピッチャーの方に振り向くと、サントスが投げたボールが向かってくるのがわかった。彼は、とっさに後ろに倒れ込むようによけたが、ボールがヘルメットの上部に当たり、その場に倒れた。
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