第32話 よみがえる記憶

 日向の活躍によりパンサーズが順位を上げていくと、大伴の下には、連日様々な人たちから、日向と会って話がしたいというオファーが来ていた。なかには、遠縁にあたる親戚だとか、親が昔、日向に金を貸していたと話していたなどと言ってくる者もいた。


 日向は、シーズン中と言うこともあるが、実家の痕跡がなにも残っていないことを知った時、自分は生まれ変わった日向大として生きていくことに決め、親戚と名乗る人が現れても関係を絶つことにしたので、このような人たちからの話を断るよう大伴に頼んでいた。しかし、飛鳥との交際報道がひと段落したころ、彼は大伴に、あることを頼んだ。


「赤松キヨという女性の知り合いと名乗る人はいなかったか。もし、そんな人が現れたら教えてくれ。」

「急にどうしたんですか。その女性とは、どういう関係なんですか。」

不思議そうな顔をする大伴に、日向は答えた。


「実は、戦争が終わったら、キヨと結婚することになっていたんだ。飛鳥との交際報道のことが出て、球に思い出したんだ。キヨは、神戸の三宮のカフェで女給をやっていたんだ。親父は、それが気に入らなくて結婚に反対していたんだが、お袋が説得してくれて、戦争から還ってきたら籍を入れる約束をとりつけてくれたんだ。俺が還ってこれなかったから、きっと他の人と結婚しただろう。もう生きていないと思うが、もし知っている人がいればと思ってな。このことは、丸山には話してるが、飛鳥には黙っていてくれ。」


 日向は、現世に転生した際に、いくつかの記憶を忘れていたが、再び野球を始めたことで、少しずつ蘇り始めていた。

「わかりました。」

大伴は、そう答えると、パソコンを取り出して、これまでに連絡があった人物のリストを調べたが、それらしい人物は見つからなかった。


 日向は、すっかりマネージャー業務が板に付いた大伴の様子を見て、感心していた。丸山も、この話を聞いていろいろと調べていたが、日向と同じくらいの歳なら、とっくに100歳を超えているはずなので、生きていていれば、長寿番付に載っている可能性もあるとみて調べてみたが、名前はなかった。彼は、おそらく彼女は亡くなっているのだろうから、調べるのに時間が掛かるだろうと思った。


 彼岸になっても厳しい残暑が続いていた。そんな中日向は、丸山と大伴と一緒に、日向家の菩提寺に来ていた。ペナントレースも終盤が近づき、大混戦が続いていたが、日向が契約金をはたいて建てた日向家の墓と、戦災で亡くなられた方々をまつる慰霊碑の傍に寄贈した五輪塔の完成を祝う法要を営むためである。


 法要は、密かに行うつもりだったが、このことを嗅ぎつけたマスコミや檀家、地元町内会だけでなく市長までやってきて、大がかりなものになってしまった。


 法要が終わり、日向たち三人以外、みんな引き上げると住職は、あることを告げた。

「この間来ていただいた時に話すのを忘れていたのですが、毎年10月になると、三好和子という方から、日向家のための法要を頼まれています。本人が来られたことはないので、会ったことはないのですが、このあたりの方ではないようです。日向さんと何らかの関係があるんじゃないかと思いまして。」


 その話を聞いて丸山と大伴は、日向の顔をうかがった。

「三好和子、ですか。知りませんね。三好なんて苗字の親戚は、聞いた覚えがないし、近所にもいなかったはずです。」


 住職の言葉に色めきだった丸山と大伴だったが、日向に心当たりがないことを聞くと、がっかりした。しかし、日向家との関係が薄いことから、もしかすると赤松キヨという人を知っている可能性があった。


 三好という苗字も、和子という名前もありきたりなため、人探しは難航することが予想されたが、住職から、お布施が振り込まれた銀行が、神戸にあることから、神戸周辺に住んでいる人ではないかと聞き、神戸を中心に探すことにした。すると、神戸の「ミヨシHD」という企業の相談役が、三好和子という女性であることが分かった。早速確かめるため会社に連絡したが、彼女は海外旅行に出かけていて不在であった。


 ミヨシHDという会社は、神戸で昔から雑貨業を営んでおり、戦後に大きくなった会社で、三好和子は、会社を大きくした先々代会長の娘で、先代会長の妻だった。婿養子だった先代会長が数年前に亡くなった時に、当時副会長だった彼女も職を退き、息子で会長を兼務する現社長に会社を任せ、相談役になっていた。


 彼女が、遠く離れた日向の家の菩提寺にお布施を贈っているかどうかは、相談役のプライベートな事項なのでお答えできないとの会社の回答だった。また、相談役付きの担当者も知らないようだったので、本人が帰国するのを待つしかなかった。


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