第31話 エースたちへのリベンジ(2)

 飛鳥の恩師石坂教授は、日向のある遺伝子の発現量の推移を示すデータを見て考えこんでいた。彼は、飛鳥や研究室内の日向と同世代の研究員だけでなく、様々な世代の遺伝子を比較し、ある遺伝子の発現量が、同世代の人間に比べ若干高く、少し高齢の世代に近いことから、これが加齢に関与する遺伝子ではないかと考えていた。

 データを見ていくと、この遺伝子の発現量は、誤差の可能性もあるが、上がったり下がったりを繰り返しながら漸増していた。彼は、なぜ時々この値が高くなるのか、飛鳥が大伴から聞き取った記録と照らし合わせて原因を考えていたが、いい結論を導き出せないでいた。



 一方パンサーズは、オールスターゲーム時、首位ギガンテスと12ゲーム差の最下位に甘んじていたが、後半戦再開後は、新加入の日向の活躍もあり、徐々にゲーム差を詰め、順位を上げていった。9月に入ると、首位のギガンテスから4位のパンサーズまでが、3.5ゲーム差の中にひしめく混戦状態となっていた。

 パンサーズは、広島レッドアローズと三位争いを繰り広げており、この日から広島で行われるレッドアローズとの3連戦に勝ち越せば、単独で三位に上がれる状況だった。


 広島は、9月になっても残暑が厳しかった。広島の平和スタジアムは、内野にも天然芝が張られており、アメリカの野球場を彷彿させるグランドだった。日向は、前に守った時に、辛酉園のような土の内野と異なり、ゴロのスピードが芝の上と土の上で変わるので、守るのが難しかったことを思い出していた。しかし、内外野の緑の芝生が照明に映える様子は美しかった。


 パンサーズの勢いを止めたいレッドアローズは、初戦にエース白山を持ってきた。対するパンサーズも、エースの榎田を立てた。3番の日向は、初回から白山との対戦が待っていた。前回は、代打だったので、1打席しか対戦していないが、ツーシームで打ち取られたので、今回もその球を決め球に使ってくると予想していた。

 パンサーズは、AIを用いた配球シミュレーションを行っていたが、まだ運用し始めたばかりなので、データ数が少なく、予想の正当確率は低かった。日向にも試合前のミーティングで、予想結果が伝えられていたが、他の選手と同様に、あまりこれを信用しておらず、参考程度に使っていて、最終的には自身の勘に頼っていた。


 今回日向は、今まで使っていたバットより、少し軽くし、形状も少し変えてみた。軽いといっても十グラム程度だったが、バットのヘッドが走りやすくなった。バットを変えてみたのは、石坂の研究室で測定してもらったスウィングスピードが、以前より少し遅くなったのが気になったからである。新しいバットでの測定は行っていないが、何となく速くなった感じがして、日向は気に入っていた。


 ツーアウトで回ってきた第1打席は、白山のストレートをはじき返し、レフト前ヒットで出塁したが、次打者のカーネルが打ち取られ、チェンジとなった。日向は、新しいバットを使った最初の打席でヒットが打てたことに満足していた。バットコントロールもしやすく、変化球についていき易くなったのではなかと感じていた。


 サードを守る日向は、レッドアローズの打者が、天然芝の特徴を生かすべく仕掛けてくるセーフティバントを、猛ダッシュして素手で捕ると、持ち前の強肩でアウトにしていった。また、天然芝の性かもしれないイレギュラーバウンドのボールに素早く反応し、アウトにした。そんな彼のプレーに、先発の榎田だけでなく、葛城監督たち首脳陣も信頼を寄せていた。


 試合は、両チームの先発、榎田と白山の調子がよく、緊迫した展開が続いた。日向は、第2打席は凡退に終わったが、いい当たりを相手チームのファインプレーに阻まれた感じだった。彼は、今日の2打席、いずれも早いカウントで打って出ていて、まだ白山のツーシームを打っていなかった。


 日向は、レッドアローズに追いつくには、エースの白山を打ち崩すこと、それも、彼が最も得意とする球を打つことが大事だと考えていた。そのため、次の打席では、ツーシームを打ってやろうと意気込んだ。


 0対1と、パンサーズのビハインドで迎えた6回の表、ワンアウト1、2塁で日向に打席が回ってきた。日向は、この回逆転すれば、白山をマウンドから降ろせるのではないかと考えていた。また、この場面、白山はゲッツー狙いで内野ゴロを打たせたいから、必ずツーシームを投げてくるだろうと思った。


 日向は、ワンボールの後、外角に来た2球目をファウルした。彼は、次の球は、この前打ち取られたのと同じ、内角へのツーシームと山を張った。球場は風もなく、レフトスタンドのパンサーズ応援団の笛や太鼓に合わせた声援が続いていた。


 白山が投げた3球目は、日向の予想通り、内角へのツーシームだった。日向は、いつも1塁側に向かって踏み込む左足を、少し3塁側に向けて踏み出すと、右ひじを搾りながら腰を回転させた。彼のバットは、ツーシームの曲がりっぱなをとらえ、大きくはじき返した。次の瞬間、打った球は、大声援を送っているパンサーズ応援団席に飛び込んだ。


 日向は、打った瞬間にホームランと確信し、ゆっくりと走り出した。打たれた白山は、呆然とレフトスタンドを見ていた。彼は、いつも通り表情はあまり変わらなかったが、明らかにショックを受けていた。ダイヤモンドを回る日向からも、そんな白山の様子が感じられていた。

 日向がホームを踏むと、レッドアローズの監督が出てきて、ピッチャーの交代を告げた。ベンチに下がった白山は、グローブをたたきつけて悔しがっている様子が、パンサーズベンチからも見て取れた。

 こうして、日向の白山へのリベンジがかなった。


 パンサーズ打線は、白山の後を受けたレッドアローズ投手陣を攻め、この回、大量6点をあげ、逆転勝利を収めた。初戦を勝利したパンサーズは、翌日も勝って、単独3位となった。


 試合が終わった後、大伴と食事に出た日向は、急にあることを思い出していた。

「広島か。そういえば、シナに向かうとき、輸送船に乗り込んだのは、広島の宇品港だったな。そうだ、ここから上海に向かったんだ。」

「どうしたんですが、急に。軍隊の時のことは、あまり覚えてないと言ってましたよね。それに、それ以外にも、いろいろ思い出せないこともあるって。」

 大伴は、日向の急な言葉に、戸惑いと不安を覚えていた。


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