第30話 エース達へのリベンジ(1)

 大阪に戻ったパンサーズは、浪花ドームでの3連戦の後、やっと辛酉園しんゆうえん球場に戻ってきた。この日から、相模ロイヤルズとの3連戦が始まろうとしていた。日向は、以前対戦した時に、ロイヤルズの抑えの切り札、大八木のフォークに手も足も出なかったのを覚えていた。その後彼は、何度もビデオを見たり、スタッフから、彼の配給の傾向を聞いたりして、コーチとともに対策を練った。


 このカードの初戦は、久しぶりの辛酉園での試合ということもあり、超満員だった。試合は、乱打戦となり、ロイヤルズリードのまま、最後は守護神、大八木が抑え、ロイヤルズ勝利で終わった。この日は、彼と日向との対戦はなかった。


 第2戦は、横浜での試合の時のような、ゲリラ豪雨の予報が出ていて、試合開始前からどんよりとした曇り空だった。今日は、飛鳥が丸山と大伴と一緒に観戦に来ていた。週刊誌で騒がれてから初めての観戦だったので、できるだけパンサーズベンチから離れた一塁側内野席の中段に陣取った。飛鳥にとっては、日向の復帰戦以来の観戦だった。


 試合が始まると、小雨が降りだしてきた。雨によりノーゲームになることを避けようと、両チームとも積極的な攻撃が目立った。そのせいか淡白な試合となり、試合が始まって1時間後には、6回まで終了していた。試合は、好調なパンサーズ打線が、ロイヤルズ投手陣を捉え、淡白な攻撃とはいえ、4-0とリードしていた。日向は、1回の第1打席でソロホームランを放ったが、その後は、ノーヒットだった。


 ちょうど6回の攻撃が終了したところで、雨脚が激しくなり、試合が中断され、マウンドと各ベース周辺に、大きなビニールシートが掛けられた。

 着替えのため、いったんロッカールームに下がった日向だったが、この試合に飛鳥たちが観に来ているのを知っていたので、彼女のことが心配だった。ダグアウトに戻ると、ベンチの上に屋根が掛けられ、雨音が響いていた。ここからは、1塁側スタンドにいる彼女たちのことが見えなかった。スタンドには、横浜の時と同様、カッパを着た観客が残っていた。


 雨脚は、なかなか衰えを見せず、グランドのシートがかかっていない部分のあちこちに水たまりができ、雨粒が打ち付けられて、小さな水柱がたくさん立っていた。時間の経過とともに、雨は弱まってきたが、やみそうなかった。


 バックネット裏のスタンドの下で協議していた審判団は、やみそうもないと判断し、主審が雨の中グランドに出て、ホームベースのところまで行くと、バックネット側に向かって、ゲームセットの宣言をした。主審の宣言を受けて、場内には、試合終了のアナウンスが流れた。雨天コールドとは言え、パンサーズの勝利には変わりないので、スタンドから大きな拍手や歓声が起こった。


「久しぶりに見に来たのに、ひどい雨にあっちゃったな。さあ、帰ろうか。夏とはいえ、雨に濡れて、風邪でも引いたら大変だ。」

スタンドに残っていた丸山は、飛鳥に向かってそう言うと立ち上がった。

「待って、ベンチから誰か出てきたわ。あれは、日向さん?」

「なに、日向?」

 二人が、1塁側ベンチに視線を向けると、日向ともう一人の選手がホームベースの方に向かって走っていくのが見えた。すると、場内から大きな拍手が起こった。彼らは、横浜で見たようなダイヤモンドを一周しながらヘッドスライディングを見せるつもりのようだった。日向と一緒に出てきたのは、足が速くて、代走として使われることが多い、若手の青嶋選手だった。


 雨は弱まっていたが、降り続いていた。まず青嶋選手が走り、各ベースでヘッドスライディングを見せた。ホームに戻って立ち上がると、万雷の播種が起こった。次に、日向がバッターボックス付近に立とうとした時、ベンチからカーネルが飛び出し、マウンドに立った。そして、バッティングの構えをした日向に向かって、榎田の投球フォームを真似て、投げるふりをした。


 これを見て、スタンドやベンチから、笑い声や声援が起こった。日向は、バットを振る真似をした後、全力で1塁に向かって駆け出し、青嶋同様、各ベースで大きな水しぶきを上げながらのヘッドスライディングを見せ、ホームに戻ってきた。立ち上がると、青嶋とカーネルが駆け寄り、3人でスタンドに向かって両手を挙げた。スタンドからは、さらに大きな歓声が起こった。日向は、横浜でのロイヤルズ選手のヘッドスライディングを見た時に、やりたいと思っていたことができて満足だった。


「まったく、いい歳こいてよくやるよ。百歳過ぎの年寄りがよ。」

「何言ってるの。体は28歳なんだし、丸山さんなんかより、よっぽど若いわよ。でも、ヘッドスライディングなんてして、大丈夫だったかしら。」

 飛鳥は、丸山をたしなめる一方で、日向を心配していた。雨の中のシートの上で行っているので、危険性が低いことは理解していたが、一ファンとしてではなく、身内の人のような感覚で、日向のことを見ていた。


 翌日の第3戦は、あいかわらず残暑が厳しかったが、秋を感じさせるような雲一つない空にとばりがおり、満天の星空の下で行われた。

 試合は、両チームとも先発投手が好調で、緊迫した状況が続いた。しかし、9回の表に、ロイヤルズが、やっと掴んだチャンスを生かし、ついに先制点を挙げ、1点をリードした。その裏、当然ロイヤルズは、守護神大八木をマウンドに送った。


 パンサーズは、大八木を攻め、ロイヤルズのエラーもあったが、二死1塁、長打で同点、ホームランなら逆転サヨナラのチャンスを作った。ここで日向に打席が回ってきた。


 前回の対戦で、三球三振に倒れた日向は、リベンジに燃えていた。彼は、このような場面で、相手チームのエース級ピッチャーを打ち負かすことが、主軸を務める打者としての務めだと考え、一層気合が入っていた。


 この前は、初球から積極的に打って出たが、今回は、二死ということもあり、じっくりと見ていくことにした。1ボール2ストライクとなり、日向は、大八木が、決め球であるフォークで三振を取りに来ると考え、フォークの的を絞った。


 大八木が投げた4球目は、予想通りフォークだった。真ん中低めに投げるはずだったフォークは、少し高めに浮き、ベルト付近に来た。日向は、これを見逃さず、球の落ち際でバットに当て、一気に降りぬいた。ボールは、快音を残して舞い上がり、バックスクリーン左の中段席に飛び込んだ。劇的な逆転サヨナラホームランだった。


 打った瞬間ホームランを確信した日向は、右手を挙げて、1塁側ベンチを見ると、ゆっくりと走り出した。大歓声に包まれながらダイヤモンドを一周すると、1塁ベンチから、選手全員が飛び出し、ホームで待ち構えていた。


「なんだよ。昨日見に行った時に、これを見せて欲しかったぜ。」

ゴンドウのテレビの中で、水をかけられている日向を見て丸山がつぶやいた。

「何言ってるの。昨日は昨日で、いいものを見せてもらったじゃない。贅沢言わないの。」

「そうだけどさ。なんかなぁ。」

珍しく丸山と一緒に来ていた飛鳥が諫めた言葉に、丸山が不満そうにしていると、権藤が満面の笑顔でやってきた。

「やった、やった。丸山はん、なにしけた顔してんねん。もっと喜ばにゃ。ばんざ~い。ばんざ~い。」

丸山と飛鳥は、大喜びする権藤と客たちに巻き込まれていった。 

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