第27話 選手たちの戸惑い

 パンサーズの長期ロード終盤、日向がノーヒットに終わったことや、チームが負け越したことで、各スポーツ新聞は、「日向、東の前に沈黙」、「日向と大神だいしんの快進撃止まる」などの見出しが舞った。その中で、あるスポーツ新聞が、「日向、首脳陣と不協和音」、「日向が派閥を作ってる」などのネガティブな見出しを並べていた。


 記事では、日向が、新東京ドームでの試合で、サードフライを見失った後、ベンチに戻ってきた際のコーチとのやりとりを、ファンが曲解するように書かれていた。また、日向が、よく若手を連れて食事に行っているのを、派閥作りと伝えたり、コーチやベテラン選手が、彼に気を遣ってなどの出所不明の伝聞記事が書かれていた。日向は、新聞を読まないので、いままでどおり、選手たちと接していた。しかし、大伴は、書かれている記事のことが気になっていた。


 当初、日向と対戦するピッチャーは、彼の情報がほとんどなかったため、手探りの状態で対決し、何度も痛打されていたが、試合出場が増えるに従って、彼のことが分かってきたので、長期ロード終盤頃から、彼を抑えることができるようになっていった。


 日向にしても、初対決のピッチャーばかりだったことや、戦前と違って、右に左に曲がったり、揺れたり落ちたりと、様々な球種を投げてくるので、対応するのに一苦労していた。

 彼は、昔の感覚で勘を頼りに対戦していて、打ち取られることもあったが、性格も淡泊だったので、あまり気にしなかった。しかし、成績が落ち始めているような気がして、少しずつ焦りを感じていた。


 一方、コーチ陣も、何かとアドバイスしていたが、マスコミなどから、昔の彼は、気に入らないことがあると、怠慢プレーを繰り返すことがあったなどのネガティブな情報を聞いて、声のかけ方に気を遣っていた。また、選手たち中でも、榎田や若手選手は彼を慕っていたが、大伴が、ベテラン選手達に聞いてみると、

「やっぱり、80年前の世界から転生したということが、信じられない。でも、百歳を超えた人なのに、あの動きができると言うことは、当時のままかと思えるし。ようわからん。」

「顔は若いけど、話してると、なんとなく今の若いやつと違うし。そうすると年齢のことが思い浮かんで、どう話しかけていいか悩んじゃうんだよな。」

「記者連中も、OBたちに使うような敬語で接しているだろ。だから、なんか気を遣っちゃって、話しかけづらいんだ。」

などと、自分たちより年下に見える日向の見た目と年齢とのギャップや、伝説のミスターパンサーズと言われていることに戸惑っている様子だった。


 大伴は、せっかくチームの調子が上がってきたのに、このままでは、またスポーツ新聞に、変な記事が書かれてしまうかもしれないことを心配した。

今は各紙とも、彼に対して好意的な記事が多いが、調子を落としていけば、ひどく叩かれるのは必至であり、コーチやベテラン選手と距離ができると、彼らと不仲として取りあげられる可能性もあるからである。そこで彼は、思い切って日向に話してみることにした。


「日向さん。今の野球は、昔より細かくて、スピードもテクニックも上がっています。個人の能力や勘だけでは勝てません。チーム全体で立ち向かわなければいけないんです。そのためには、コミュニケーションが大事です。チームの中には、あなたにどう接していいのか迷っている人もいるんです。このままでは、新聞にまたなんて書かれるか分かりません。」

いきなり大伴に言われた日向は、驚いた表情を浮かべたが、

「そうか。そうだな。見た目はこんなでも、本当の年齢なら、えらいジジイだからな。無理ないな。コーチやベテラン選手なんか、話しづらそうだしな。俺だって、このままでは今の野球について行けなくなると思ってる。俺からみんなに話してみるよ。」

と言うと、監督のところに行き、選手を集めてもらった。


「みんな、俺の歳が、生まれ年から数えると百歳を超えてしまうことは知っていると思う。だが、年寄り扱いしないでくれ。見た目通り28歳の選手として接してくれ。」

と頼んむと、頭を下げた。一瞬静まりかえったが、榎田が、

「はい、分かりました。そういたします。そやけど、今の話し方、先輩たちに対してため口なんと違う。」

と、大きな声で返事をすると、選手全員から大きな笑い声が起こった。それでも、

「日向さんは、今年入団だから、俺たちの方が先輩だし、でも、歳は監督やコーチよりずっと上だし。どうしたらいいんだろう。」

と、悩む若手選手もいた。そこで、少なくとも試合中は、見た目の年齢で接することにした。その結果、日向は、さらにチームに溶け込み、結束も強まった。

 

日向が戦前にプレーしていたころと違って今は、チームの数が多く、ピッチャーも先発しても6回くらいで交代することが多いので、対戦する投手の数も多かった。また、左投手や外国人選手、サイドスローやアンダースローなど、投げ方も多彩で、球種も多くなっていた。このため、昔ながらの勘を頼りに対戦していた日向は、その対応に苦労していた。しかし、昔はいなかったスコアラーや分析担当職員のおかげで、球種や配給の傾向などの情報を受けることができ、打撃成績がよくなっていった。


 日向とカーネルが核になった打線は、つながりもよくなり、得点力がアップした。もともと高かった投手力は、失策が減って失点が少なくなり、勝ち星を重ねるようになった。こうして、前半戦最下位だったパンサーズは、連勝を重ね、徐々に順位を上げていった。


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