第24話 エースたちとの戦い(4)
中京グリフィンズの本拠地、名城スタジアムは、ドーム球場だった。グランドに出た日向は、初めて見る天井を見上げて驚いた。
「すごい高さだな。これなら、天井には、なかなか当たらないな。」
「一番高いところは64mもあるんで、なかなか当たりませんが、だんだん低くなっていくから、何人かの選手が、天井直撃弾を放っているみたいですよ。」
天井を眺めている日向の横で、マネージャーの大伴が言った。
「当たったら、どうなるんだ。全部ホームランか。」
「いやいや、特別ルールがあって、スタンドに落ちたらホームランですが、フェアグランドに落ちたら二塁打、ファウルグランドならファウルです。もちろん、捕られたらアウトです。」
二人が、天井を見上げながら話をしていると、ポロシャツ姿の大伴に気がついた榎田がやってきて、笑いながら話しかけてきた。
「なんや、大伴か。ここは関係者以外立入り禁止やで。」
「榎田さん。お久しぶりっす。今度、日向さんのマネージャーをすることになりました。よろしくお願いします。」
大伴は、首に掛けていた入場許可証を掲げながら、榎田に言った。
「そうだ。俺のマネージャーだ。だから関係者だよ。」
「わかってますって。大伴、このおっさん、幽霊だから、この世のこと、わからんことばかりやから、いろんなこと教えてやってや。たのむで。」
そう言うと榎田は、外野に向かって駆けていった。
「幽霊か。そのとおりだな。」
そう呟くと、日向もグラブを持って、守備練習に加わりに走っていった。
この日の先発は、パンサーズが榎田、グリフィンズが、台湾から来たリンだった。榎田は、シーズン当初は、安定感を欠いていたが、後半戦の初戦に勝ってから、好調を維持していた。一方のリンは、強気のピッチングと多彩な変化球で勝ち星を重ね、グリフィンズのエース的存在だったが、後半戦に入り、主力選手の故障が続出し、なかなか勝てない日々が続いていた。このためチームも、負け越しのカードが多くなり、パンサーズに代わって最下位に転落してしまっていた。
この日も、好調なパンサーズ打線は、リンに襲いかかり、1回から、日向とカーネルの連続タイムリーが出るなど、この回4点をあげた。普通なら、リンを降板させるところだが、故障や不調で、投手陣の台所が厳しいグリフィンズは、彼を続投させるしかなかった。次の回、日向は、先頭打者として再びリンと対戦した。
リンは、前の回、内角の球をレフト線に痛打されたので、今度は、外角に球を集めることにした。1球目から打ちに行った日向は、リンが投げたスライダーにタイミングが合わず、大きな空振りをした。豪快な空振りに、球場内は湧き上がった。リンは、日向が、ファウルになったが2球目の外角のストレートを踏み込んでうちに来たのを見て、外角ねらいと判断し、一度、日向の体を起こそうと、彼の胸元を狙って3球目を投じた。しかし、甘く入ったその球を、日向が上手く腕をたたんで振り抜くと、快音を残して、高々と打球が上がり、レフトスタンドの上の天井に当たり、フェンスギリギリのところで観客席側に落ちた。
打った瞬間、入ると確信した日向は、ゆっくりと走り出しながら、打球の行方を見ていたが、屋根にボールが当たるのを見て、慌てて走り出した。しかし、落ちてきたボールが、どこに落ちても捕られても、日向が焦って走る必要はなく、彼の勘違いだった。日向が急に走り始めたので、1塁のコーチが、すぐに両手を広げ、声を掛けた。
「日向さん。ホームランですよ。それに、どっちみち、そんなに一生懸命走らなくてもいいんですよ。」
コーチの声を聞いて、前をよく見ると、塁審が右手を上げ、頭の上でグルグルと回していた。日向は、スピードを緩めると、コーチとタッチをして、1塁ベースを回った。マウンドを見ると、リンが、レフトスタンドを見てから、帽子をマウンドにたたきつけるのが見えた。かなり悔しがっているのが分かると同時に、彼の気の強さが感じられた。
日向がホームを踏んでベンチに戻ってくると、監督始め選手が迎えてくれた。その後ろで、観客が、日向のボールがを当った天井の方を指さし、何か話しているのが見えた。
「おっさん。すごい当たりやったな。天井に当てたんやから、ホームラン賞以外になんかもらえるんとちゃうか。」
戻ってきた日向に、榎田が声を掛けると、周りの選手たちの間でも話題になった。
「みそカツ1年分とか。きしめん1年分とか。」
「あほっ。みそカツ1年分って、なんやねん。そんなんより、現金がええわっ。」
「どっちみち、お前の力じゃ、天井まで届かんから、賞をもらうんは、夢のまた夢だけどな。」
この言葉に、ベンチの中がドッと沸いた。最下位に沈んでいた前半戦と打って変わったチームの明るさに、監督の葛城も、穏やかな表情を浮かべていた。
日向は、他の試合でも、ホームラン賞の他、監督賞などをもらっていた。彼は、昔と違って、ホームランを打ったくらいで、毎回、賞品や賞金がもらえるのに驚いたが、それらは、試合後に若手選手を連れて食事に行ったり、丸山たち、お世話になった人たちにあげてしまったりしていた。そして、もっと獲得して、さらに恩返ししたいとも思っていた。
結局リンは、この回で降板し、試合は、榎田の完投勝利に終わった。そして、パンサーズは、このカード3連勝とし、上位とのゲーム差を縮めていくのだった。
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