第22話 エースたちとの戦い(2)

 パンサーズの首脳陣は、打棒が上向き始めたが、守備に難のあるカーネルの扱いに悩んでいた。このため、日向を試してみようと、何度か途中交代で守らせてみた結果、堅実なグラブさばきと強肩で、無難に守備をこなし、安堵した。しかし、いずれの場面もランナーがおらず、ダブルプレーやバント処理、中継プレーなどを行う機会がなかったので、サードを完全にカーネルから日向に変えたるのは、もう少し様子をみてからになった。


 8月になると、高校野球の全国大会が辛酉園しんゆうえん球場で行われるので、パンサーズは、長期のロードに出た。日向にとっては、初めてのロード、初めてのビジターの試合だった。


 長期ロードの最初のカードは、広島でのレッドアローズとの3連戦であった。戦前には広島に球団はなかったので、ここで試合をするのは、日向にとって初めてだった。

 8月の広島は、試合が始まる時間になっても日は沈んでおらず、夕陽えに照らされたスタンドは、レッドアローズの名の通り、真っ赤に染まっていた。いわゆる瀬戸の夕凪で、風はほとんど無く、蒸し暑さが増していた。パンサーズの本拠地、辛酉園球場も瀬戸内海の東の端に位置しているが、山がすぐ近くにそびえているので風がふき、広島より若干涼しかった。


 レッドアローズの第1戦先発は、エースの白山だった。白山は、がっしりとした体型で、顔が少し浅黒かった。球が速く、切れのいいツーシームを内角に投げ込んで内野ゴロを取るのが得意だった。この日も白山の調子はよく、パンサーズ打線は、凡打の山を築いていた。0-0で迎えた8回の表、ランナーはいなかったが、葛城監督は、日向を代打に送った。


 初めて対戦する相手なので、コーチが、白山の持ち玉であるツーシームの特徴や、配球の傾向をアドバイスしようとしたが、彼は、

「そんなもの聞いても、実際に球を見てみなきゃわからん。」

と言って、何も聞かずに打席に向かった。残されたコーチたちは、少し戸惑っていたが、これまでも話を聞かずに出て行って、ヒットを打っていたので、無理に話すことはあきらめた。


 日向が打席に立つと、白山は、鋭い眼差しを彼に向けてきた。日向もにらみ返すと、

「さて、彼は、リーグで一、二を争うピッチャーというが、どんな球を投げるのか。」

と思った。白山が、力強いきれいなフォームで投げ込むと、糸を引くようなストレートが、外角低めいっぱいに決まった。球は速く、伸びもあったが、日向は、この程度の球なら打てると感じた。


 2球目も外角低めのストレートだったが、わずかに外れた。日向は、外角が2球続いたので、これまでのピッチャーと同様、白山も外角で勝負してくると考え、今度も外の球で来るだろうと思った。白山は、無表情でサインをのぞき込み、2回首を振り、3回目にうなずくと、3球目を投じた。


 白山の球は、日向が予想したのとは逆に内角の球だった。日向は、自分の予想と違う球だったが、かまわず打ちに行くった。しかし、この球は、ただの速球ではなく、ホームベースの手前から日向に向かって曲がってきた。日向は、いつものように、踏み込んで打ちに行ったので、ボールは彼のバットの根元に当たり、バットは真っ二つに折れた。

 ボールは、ピッチャー前に転がり、白山が捕って、ファーストに送った。日向が、しびれる手を振りながらファーストに向かって走っている途中に白山を見ると、彼は、少しだけ白い歯を見せ、表情を崩した。日向は、その時に表情と白い歯に悔しさを感じ、次に対戦した時は、絶対この球を打ってやろうと思った。


 ベンチに戻ってくると、

「あれはなにかな、あの球は、俺の方に向かってきた。」

と、コーチに尋ねた。

「あれはツーシームと言って、ピッチャーによって、曲がる方向がいろいろだが、主に投げた腕の側に曲がっていく球で、右打者から見ると、右ピッチャーなら、自分の方に向かってきて、左ピッチャーなら、外に逃げていく球だ。白山のツーシームは、今の球界で一、二の球種だよ。」

 コーチの言葉に、確かに白山のツーシームは、手強い球だと思った。


 日向は、そのままサードの守備につき、カーネルがファーストに回った。8回の裏は、無死でランナーが出たが、次の打者の送りバントを、日向が猛ダッシュを捕ると、セカンドに送り、ダブルプレーを成立させ、そのまま無得点に抑えた。9回の表にカーネルのソロホームランで先取点を取ると、その裏を抑えて勝利した。日向が、9回の裏にも、難しい球でダブルプレーを成立させたのを見て、パンサーズ首脳陣は、彼の先発出場を決意した。


 翌日、日向は、初めてサードで先発出場した。カーネルは、ファーストに回り、3番日向、4番カーネルの順だった。日向はこの日も好調で、3打数2安打1四球で、安打のうち1つは、先制のホームランだった。彼につられるようにカーネルも、初のアベックホームランとなる一打を放ち、3安打4打点の活躍を見せた。しかい、残念ながら、投手陣が崩れ、日向の初先発の試合は、黒星に終わった。

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