第18話 入団テスト
入団テストのことがSNSに載ったため、テスト会場となった
日向のマネージャー代わりの丸山と、練習パートナーの大伴、そして後見人的立場の柏木は入れてもらったが、飛鳥は、ゴンドウで、権藤や練習に付き合ってくれた仲間たちと知らせを待つことにした。
白い練習用ユニフォームに身を包んだ日向は、80年ぶりに辛酉園球場のグラウンドに立っていた。すり鉢の様な高いスタンド、昔と変わらぬ土を噛むスパイクの感触、懐かしさで一杯であった。しかし、感傷に浸っている暇はなかった。大伴と一緒に、ランニングとストレッチ、キャッチボールをした後、入団テストが始まった。
日向の足は、特別早くはなかったが、規定タイムを難なくクリアできた。遠投では、140mを超える大遠投を見せた。これには、監督の葛城やスタッフだけでなく、取材陣と休日返上で練習に来ていたエースの榎田をはじめとする数名の選手も驚かせた。
日向は、戦場で肩を痛めていたが、石坂教授による治療やトレーニングのおかげで、昔通りの強肩がもどっていた。守備のテストでは、サードに入り、難しいゴロを難なくさばき、さらに、評論家チームとの試合の時のように、その強肩を生かし、ライン際から矢の様な送球を見せた。これには、監督の横で見守っていた柏木も目を細めた。そして最後に行われたバッティングのテストでは、コーチの投げる球を、独特のフォームで、軽々とスタンドに運んで見せた。これを見て、選手たちからどよめきが起こった。すると榎田が、葛城監督の下に走ってやってきた。
榎田は今シーズン、味方のエラーによる失点などで負けが込んでいたが、150キロ以上の球を投げる豪腕で、決め球のフォークボールも定評があった。彼は、
「コーチの投げる球じゃ、試合で通用するかは分からないっすよ。俺に試させてください。」
と、登板を願い出た。葛城が許可すると、榎田はマウンドに上がり、投球練習を始めた。
日向が、打席を外して投球を見ていると、柏木が近づき、榎田は、フォークボールを投げることを教えた。フォークボールは、戦前にはなかった球種だったが、大伴も練習で投げてくれ、その特徴は知っていたが、榎田のフォークがどのくらい落ちるのかは分からなかった。ちなみに柏木は、フォークボールの名手として活躍した投手だった。
マウンドの榎田は、日向に向かって、
「おい、柵越えを連発したからって、いい気になるなよ。どこの馬の骨か分からんおっさんが。俺が化けの皮を剥いでやる。」
と叫ぶと、大きく振りかぶって投げこんだ。身長が190センチ以上ある榎田が投げる球は、日向が見てきた投手とは違い、異次元の物に感じられた。
最初の1、2球は、力んだせいか大きく外れたが、球速は出ていた。日向は、昔対戦したギガンテスのエース佐和山のことを思い出していた。榎田の球は、佐和山に劣らないくらい速いが、佐和山を打ち込んだのだから、打つことはできると思った。
3球目に榎田が投げ込んだ渾身のストレートは、外角低めのストライクコースに行ったが、日向は、その球を真芯で捉え、左足を軸にぐいっと腰を回した。彼の打った球は、ライナーで左中間スタンドに突き刺さった。
「いっ、今のはまぐれや。」
榎田は、そう叫ぶと、もう一球、今度は内角高めに投げ込んだ。しかし今度も日向は打ち返し、高く上がった打球はレフトスタンド上段まで届いた。その後も投げ続けたが、ことごとく打たれ、ほとんどが、柵越えやフェンス直撃の長打だった。
「もうええやろ」
と言う監督の言葉に、
「もう1球」
と答えた榎田は、決め球にしているフォークボールを投げ込んだ。ストレートに照準を合わせてきた日向は、手元で落ちるフォークボールにタイミングをはずされが、センター前に運んでしまった。これには榎田も、
「まいりました。降参です。かないまへん。」
と、帽子を取って両手を広げた。
葛城監督は、満足げな表情を浮かべ、
「合格や。おめでとう。」
と、大きな声で言った。観客のいないスタンドにその声が響くと、マウンドから榎田が駆け下り、ベンチ前にいた選手とスタッフたちも、日向に駆け寄ってきて、握手を求められたり、背中をたたかれたりした。そんな日向の姿を、丸山がスマホで飛鳥に送った。彼女は、権藤たちとハイタッチを交わして喜んだ。
選手たちの輪が解けると、今度はマスコミの記者たちが集まってきた。たくさんの記者に囲まれ困惑した表情を見せる日向の姿を見て、丸山とパンサーズの広報が間に入り、彼を連れ出した。
テストの翌日、多くのスポーツ新聞は、オールスター期間中ということもあり、巷で噂の日向が、パンサーズの入団テストを受けて合格したことを小さく載せていた。しかし、「スポーツ日報」だけは、Web版で、テストの状況を詳細に伝えるだけでなく、パンサーズが、テスト入団とはいえ、即戦力となりそうな日向を、単独で獲得することを疑問視し、他の球団にも獲得の機会が与えられるよう、秋のドラフト会議かトライアウトに掛けるべきだとの記事を載せた。
この記事には、丸山も高橋も驚いた。パンサーズ球団も、1選手の入団テストのことが、こんな大きな記事として取り上げられるとは思っておらず、まさに寝耳に水のできごとだった。
丸山たちは、スポーツ日報が、ギガンテスの親会社のグループ会社が発行している新聞なので、ギガンテスが、後ろで糸を引いているのではないかと感じ、入団手続きが難航するかもしれないと心配であった。
このことは、瞬く間にネット上に広まった。
「なにいちゃもんつけてんだ。パンサーズに来たいっちゅう本人の気持ちが一番大事や。」
「そや。パンサーズに戻りたくて、たいそう頑張っとったらしいやないか、そんでテストに合格して、こんなええ話にチャチャ入れんな。」
「元いた球団に戻るだけだから、文句を言われる筋合いはない。本来なら、テストだって必要ないはずだ。」
などと、関西人らしきユーザーを中心に、記事への否定的な意見が多く上がっただけでなく、
「他の球団て、ギガンテスのこと?」
「ギガンテスは、たった一人の選手の入団に、横槍入れるのか。大人げな
「本当に伝説の人だとしても、一人で何ができるの。そんな怖がる必要あるの。」
「パンサーズが永遠のライバルというのは分かるが、こんな邪魔の仕方は、いかがなものか。」
など、丸山たちと同じように、ギガンテスが、日向の入団に反対していると思っている意見も多かった。もちろん、
「他の球団もほしがるような選手なら、獲得機会は平等にあるべきではないか。」
といった、記事への肯定的な意見もあったが、少数派だった。
記事への批判的な意見や、ギガンテスとの関係を疑う書き込みが多かったことに、球団と新聞社は驚き、両者とも慌てて火消しに走った。実際ギガンテスは、日向の入団を特例として認めた機構の判断に異を唱えなかったが、シーズン途中のテストの禁止を提案しようと考えていた。しかし、今、そのような提案をすれば、世論の反発が大きいと考え、機構に意見を上げることを控えるほかなかった。ギガンテスとしては、身内に足をすくわれた思いであった。
後日丸山は、この記事を書いた記者と編集長が、何らかの処分を受けたらしいという噂を聞いた。
こうして、日向のパンサーズ入団は、認められることになった。
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