第17話 入団テスト前夜

 試合が終わると、柏木たち三人は、グランドに降りた。丸山が三人を紹介すると、柏木は、日向の手を両手でつつみながら言った。

「日向さん。私は戦時中、あなたが出場した最後の試合、大東京軍(現東京ギガンテス)との優勝決定戦を、東京の駿河台球場へ見に行きました。戦争でボロボロになった体で、懸命にボールを追う姿に感銘を受けたのを覚えています。もちろん、戦争前に放った特大ホームランも。」

「そうか。覚えていてくれたか。しかし、戦時中の試合は、肩も脚もボロボロで、見苦しいところしか見せられなかった。どちらかを言えば、忘れて欲しかった姿だ。」

と、日向は笑って答えた。


 二人が昔話に花を咲かせている間に、八嶋は大伴に、日向のことを聞いていた。大伴は、日向のバッティングは、今見てもらったとおり一級品で、選球眼が良く、どんな速い球でも打ち返すことができることに加え、肩の強さも目を見張るものがあり、球の速さだけならパンサーズのエース榎田よりも速いかもしれないので、二刀流もいけるかもと、告げた。


 八嶋は、大伴も昨年まではプロ野球選手だったので、彼が言っていることは信用できると思った。対戦した相手チームの元プロ野球選手からも、彼が転生してきたことは信じられないが、彼の実力は本物であるとの評価だった。しかし、すぐに入団というわけにも行かないので、球団に戻って検討することになった。大伴は、八嶋からこのことを聞き、喜んでベンチに帰り、丸山や飛鳥たちに話した。


 飛鳥は、ちょうど試合が終わったことを権藤に伝えている時に聞いたので、早速そのことも話すと、権藤は、

「よっしゃ。これで入団が決まったも同然や。今夜は祝賀会や。みんなに早よ帰ってきぃって伝えてや。良枝、入団が決まったで。」

と、大声で叫んだ。飛鳥は、聞こえてきた大声に、思わずスマホを遠ざけた。すると、

「バンッ! 何先走っとんねん。飛鳥ちゃん。良枝やけど。勝ったんやて。よかったな。まだこれからや言うのに、うちの亭主ったら、浮かれてもうて。ほんまにこまったもんや。そやけど、ごちそう、たくさん作って待っとるさかい、気い付けて帰ってきてや。」

 権藤の妻良枝が、権藤をどつく音ともに、彼からスマホを取り上げ、話に入ってきた。ビデオ通話にしていたので、その様子がよく分かった。飛鳥を囲んでスマホを見ていたチームメイトは、いつものゴンドウの光景に、大笑いしていた。


 そこに、柏木から別れてやってきた日向が、なんでみんなが笑っているのもわからず、不思議そうな表情でやってきた。

「日向さん。勝ててよかったですね。期待通りの活躍を見せてもらって、うれしかったです。」

 飛鳥が、日向の前に立って話し始めると、スマホから

「日向はん。おめでとう。入団けってぃ・・。」

「まだ早いちゅうてるやろ。それに、何じゃましとんねん。飛鳥ちゃん。ごめんな。」

と、権藤夫妻のやりとりが聞こえ、通話が切れた。

「入団決定って、どういうことだ。それに、じゃまするなって。」

「何でもないわ。入団決定って、権藤さんの早とちりよ。」

「いや、さっき八嶋さんから聞きました。入団に向けて検討してくれるみたいです。テストがあるかもしれませんが、日向さんなら大丈夫ですよ。」

「そうですよ。これからも頑張りましょう。応援します。」

 飛鳥が、権藤の話のことを話そうとした所で、大伴が割って入り、仲間たちも加わったので、彼女は、日向たちの輪から追い出されるような形になってしまった。日向は、飛鳥の様子を目で追っていたが、声を掛けられなかった。そんな様子を丸山は、少し離れた所でニヤニヤしながら眺めていた。


 この試合は、ネットで生配信されていたが、丸山によって、日向が活躍している所だけを編集し、柏木の証言とともに、別途配信した結果、ネット上で評判となり、パンサーズファンから、

「こんなすごい人、昔のパンサーズには、いてはったん?」

「やっぱり、本当のミスターパンサーズの日向じゃないのか。」

「どうでもええから、早よ入団して」

「あんな外国人選手、早よ追い出して、この人獲ってくれ」

などのコメントが寄せられ、日向のパンサーズ入団を期待する声が高まったが、

「107歳の選手って、何www」

「幽霊か」

 と、日向の存在を揶揄する書き込みも多かった。しかし、丸山の狙い通り、話題性は高まった。


 一方、文芸青白社の高橋は、自社の週刊誌「週刊文青」に、日向が、SNSで話題になっていることを書いてもらうと同時に、予定通り、自身が編集長を務めるスポーツ雑誌「メンバー」に、日向の数奇な運命について丸山に書かせ、さらに、戦前に活躍したレジェンド選手の特集を組み、後押しした。


 誌面では、日向が、どんな選手だったかを示すだけでなく、彼が、戦時中の世界からやってきた人間であることを、所持品の真贋を鑑定した人のコメントを交えて示した。このことは、超常現象として、別の意味でも注目されるようにもなった。一方、彼の球界復帰にかける思いは、広く共感を呼び、せめてテストだけでも早く受けさせろという意見が広まっていった。

 こうして、ほとんどの野球ファンの記憶から消し去られていた日向のことは、再び人々の記憶に刻まれようとしていた。


 日向たちは、その後も野球好きな芸能人チームとの試合や評論家チームとのリベンジマッチなどを行い、試合経験を重ねていった。それらの試合には、毎回パンサーズのスカウトが見に来ていたが、他チームのスカウトも、チラホラと姿を見せていた。


 パンサーズの編成会議では、スカウト陣から、日向を高く評価する声が上がったが、シーズン途中でのテストに難色を示す意見もあった。しかし、低迷しているチームの起爆剤になる可能性が高いことや、話題性の高さ、噂を聞きつけた他球団のスカウトも動いているとの情報も入り、テストを受けさせることが決定し、前半戦が終了したオールスターゲーム休みの間に行うことになった。


 日向たちは、決まった練習グラウンドがなかったので、いくつものグラウンドを転々としていたが、どこで聞きつけたのか、どこに行っても見物人が来ていて、その数も増えていった。そんなある日、練習を見守る丸山のスマホに、パンサーズから電話が入り、入団テストが決定したことが告げられた。早速そのことを日向たちに話すと、一緒にいた大伴たちだけでなく、見物人たちも、

「おめでとう。」

「がんばってやっ。」

「日向はんなら大丈夫や。はよ入団決めて、チームに、褐、入れたってやっ。」

 と声をかけられた。


 丸山は、思惑通りに言ったことを日向に話すと、彼は、丸山が思ったより頼りになる男だと思った。その一方で、権藤の店にあるスポーツ新聞には、自分のことなど書かれていないのに、ジムの会員や練習を見に来てくれる人たちが、入団テストのことを知っているのを不思議に思った。そのことを飛鳥に聞くと、丸山がネットで情報を流していることを教えてくれた。彼にはネットのことはよく分からなかったが、すごいものだと思った。


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