第19話 パンサーズ入団

 数日後、日向は、入団契約と記者会見のため、大阪梅田にある大神だいしんパンサーズの本社に来ていた。彼にとっては、80年ぶりのことだった。契約については、戦前、球団といろいろあったようなので、それを危惧した球団側は、事前に丸山に相談し、契約内容を詰めることにした。そのため、この日は、サインするだけだった。


 日向は、サインし終わると、

「お世話になります。」

と言って、球団社長と握手を交わし、80年ぶりにパンサーズの日向大が誕生した。周りで見守っていた球団職員たちは、拍手で彼の入団を祝ってくれた。

 

 日向たちが、入団会見を行う会場に入っていくと、そこには、シーズン途中のテスト入団選手としては、異例な数の記者とカメラが待ち構えていて、部屋に入ると同時にたくさんのストロボが光り、シャッター音が鳴り響いた。記者席の後ろには、何台もテレビのビデオカメラが並んでいて、この様子を撮影していた。


 球団社長から、契約が成立した旨の報告があった後、日向は、葛城監督から、戦前に付けていたものと同じ背番号6のユニフォームを着せてもらい、握手をかわした。その姿は、テレビやネットのカメラがとらえていた。


 さすがにテレビの生中継はなかったが、丸山たちがSNSで生配信していたので、飛鳥は、ジムのタブレットで見ていた。飛鳥は、自分の役割が終え、彼が遠くにってしまうような気がして、不安に駆られた。それでも、彼女が見ているタブレットを見に、集まってきたジムの客たちが、いつも自分たちと一緒にトレーニングしていた日向が、無事入団できたことを喜んでいるのを見て、喜びを分かち合うのだった。


 一方、ゴンドウでは、テレビにネットを繋いで、権藤夫妻が大伴と彼の仲間たちと一緒に、会見の様子を見ていた。権藤は、涙を流して喜んだ。

「よかったな。日向はん。わしゃ、うれしゅうて、涙が止まらん。」

「何ゆうてんの、あんた。まだこれからやないの。その涙は、優勝するまで、取っとき。」

「そうっすよ。やっとスタート地点に着いた所ですよ。日向さんには、これからもっと頑張ってもらわなきゃならないだから、みんなでサポートして、盛り上げていきましょう。」

 涙を流して喜ぶ権藤を、妻の良枝と大伴が諭した。


 会見では、日向が、本当に戦死したはずの日向大本人なのか、ということに質問が集中した。これについては、同席していた丸山が、初めて日向に会った時に、彼が来ていた軍服や軍隊手帳が当時のものであり、靴に付いていた泥も、輸送船に乗る前にいた中国大陸のものであることを改めて説明した。さらに、戦前に柏木が、日向からもらったサインを筆跡鑑定した結果、現在の彼のサインと合致していて、限りなく本人であると訴えた。


 それでも、DNA鑑定など、科学的証拠を示してほしいなどと食い下がる記者もいたが、丸山が、鑑定に供することができる遺品が見つからなかったこと、近しい親類が全て戦災で亡くなっており、日向が天涯孤独であることを告げると、会場は沈黙した。


「俺が本当に日向大なのか、信じてもらえなくてもかまわない。俺だって、なんで沈んでいく船の中から、この世に移ってこれたのも分からないんだから。だから、これからの俺のプレーで、本当の日向大であることを示したい。そして、志半ばにして戦場に散っていった仲間たちの分も頑張りたい。」

 静まりかえっていた会場は、この言葉で、拍手に包まれた。さらに、飛鳥や権藤夫妻、大伴たちも含め、ネット配信で視ていたファンたちも感動の涙を流していた。


 その夜、ゴンドウで、日向の入団を祝う大宴会が行われたのは言うまでもない。彼の入団により、客足は伸びたが、入団祝いの割引も始めたので、売り上げはあまり変わらず、はしゃぎ回っている権藤の横で、良枝は渋い顔をしていた。

 一方、日向が通っていたバッティングセンターも、入団を祝う大段幕を張り、ポイント還元などの優待で、彼の入団に便乗し、集客に利用していた。


 飛鳥のジムは、日向が通っていたというだけでなく、彼女が、様々なメディアの取材を受け、その容姿が、テレビや雑誌などに載ったことにより、入会希望者が増え、対応に追われていた。彼女も、日向が入団するまでの約束で、指導してきたので、この先どうなるのか分からず、不安な毎日を過ごしていた。


 日向が入団したことは、すぐにスポーツ新聞各紙にも載ったが、合格したこと以上に、彼の生年が大正5年(1916年)であることが話題になった。

 どう見ても100歳超には見えないからである。戦死したことにもなっており、ネットには、信じられないという声が多く寄せられ、テレビのワイドショーなどでも取り上げられ、時の人となった。


 丸山は、高橋との約束どおり、日向との出会いから、テストに合格するまでのことを、高橋が編集長を務めるスポーツ総合誌に書くことになり、張り切っていた。しかし、彼には、それ以外にも、取材依頼や多方面からの講演依頼が来ており、このままでは、今まで通り日向の面倒を見ることが難しくなりそうなので、今後、どうしていくかを、早く決める必要があった。


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