第15話 球界復帰に向けて(4)
毎日厳しい練習が続いたが、彼の体力が戻ってくると、元々タフだったこともあり、猛練習に耐えることは苦ではなかった。反対に、ノックしている大伴の方が、音を上げるようになっていった。このころには、彼が声を掛けた、大阪在住の高校の同級生や後輩が、交代で手伝いにきてくれたので、少し楽になっていた。彼らのおかげで、それまでは、大伴以外、素人の丸山と飛鳥しかいなくて、ゴロを捕ってからの全力での送球ができなかったのが、連係プレーの練習も含めできるようになった。捕球に関しては、徐々によくなり、守備範囲も広くなっていった。
大伴の助っ人たちも当然、戦前に活躍した日向のことは知らなかった。丸山が、彼のことを説明し、パンサーズへの復帰を目指していることを伝えると、「無理、無理」と言っていたが、日向のすばらしい動きやバッティング、肩の強さを見て、彼ならプロ野球でも十分通用するのではないかと思うようになった。そして、パンサーズに復帰するという夢を叶えて欲しいという気持ちを抱くようになっていった。
日向たちのグランドでの練習は、午前中のことが多かったので、練習が終わると、大伴たちと一緒にゴンドウに来て、昼食をとることにしていた。権藤は、日向に協力してくれる大伴たちに感謝し、毎回、盛り付けを多くするサービスをしてくれた。大伴の仲間たちも、大食漢が多いので、権藤の心遣いがうれしかった。
練習には、時々飛鳥もやってきて、日向だけでなく、大伴たちにも、体を痛めないようアドバイスするなど、温かい目で見守っていた。そんな彼女を、彼らは皆、部活のマネージャーを見るような目で、あこがれを持って見ていた。そんな様子が面白くない丸山は、時々邪魔をしてきたが、反対に飛鳥や日向に突っ込まれ、おとなしくするしかなかった。
一方、丸山は、日向を見守る飛鳥の眼差しが、これまで見たことがない特別なものと感じていた。
夜になると、日向は、ゴンドウにやって来る常連から、声を掛けられ、自分への期待が高まってきていることを感じていた。丸山は、日向の周りに、自然と応援する人が集まってくる様子を見て、彼は、応援したくなる何かを持っていると感じ、これならSNSで呼びかければ、ファンからも応援が得られるのではないかと思った。
大伴たちの評価を得て自信を持った丸山は、その様子を「自称、伝説のミスターパンサーズ日向大が、球界復帰を目指してみた」としてネットにあげた。
最初は、予想したとおり、「日向ってだれ?」といった感じで、再生回数が伸びなかった。やはり、人々の記憶に日向はいなかったのである。しかし、彼が、150キロ近い球を投げ、バッティングセンターで150キロ設定の球を木のバットで打ち返す動画が拡散すると、「日向大」の検索数が伸び、練習を見に来る人も日に日に増えていき、彼の打つ打球や送球の速さは、見に来ている人たちを驚かせた。
自称「日向大」と言っているが、ほんとうに日向の生まれ変わりではないかと思う人もいたが、生きていたら107歳の人間が、どう見ても20代後半の姿をして、目の前で軽快な動きを見せる姿に、本人であると信じる人はいなかった。
梅雨に入ると、外で練習できないのが悩みの種だった。しかし、日向のバッティングやピッチングをSNSに載せるための撮影を行ったバッティングセンターが、それによって客が増えたことを知った他のセンターから、利用料金を割安にするから、自分の所でもバッティング風景を配信してくれ、などの要請があり、転々と場所を変えながらだが、練習を続けることができた。
飛鳥も、できるだけ雨の日を選んで、日向を石坂の研究室に連れて行き、体のチェックをするだけでなく、ジムにある器具とは異なる、様々な機械を使って、反射神経を鍛える訓練を行った。予想以上のペースで体力を回復していく日向の姿に、飛鳥も石坂も驚きつつも安心するのだった。
こうして彼の体は、戦前の頃の力が戻っただけでなく、さらに力強くなっていった。
一方、日向が入団を目指すパンサーズは、開幕ダッシュに失敗し、何度も連敗を繰り返し、ゴールデンウィーク明けには、首位ギガンテスから10ゲーム以上はなされ、ダントツの最下位に低迷していた。
投手陣は、それなりに揃っていたが、守備の乱れから失点することが多く、チーム内もまとまっていなかった。さらに、新外国人選手のカーネルも期待外れで、得点力が低かった。
毎晩のように負けるパンサーズの試合を、店のテレビで見ている権藤夫妻と客たちは、怒りと嘆きの声をテレビに向かって投げつけていた。それを見ていた日向も、イライラが募っていった。
SNSで広まった日向の評判は、次第に球界関係者の目にも止まるようになっていった。複数の球団のスカウトが来て、マネージャー代わりの丸山に名刺を渡していったが、肝心のパンサーズのスカウトは、まだ来ていなかった。開幕からの戦いぶりから、真っ先に来ると思っていたパンサーズが来ないことに、日向と丸山は焦りを感じていた。
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