第14話 球界復帰に向けて(3)
丸山は、自分の仕事もあるので、いつもいつも日向に付き合うことはできなかった。そのため、大伴が手伝ってくれることになったのは、大助かりだった。守備練習を行うには、広い場所が必要だが、最近は、ボール遊び禁止の公園も多く、ましてや、硬球を使うのは、キャッチボールでも難しかった。このため丸山は、あちこちに掛け合って、使えるグランドを探していた。その間、大伴と日向は、ジムでのトレーニングとバッティングセンターでの打撃練習に明け暮れていた。
大伴は、当初、自分より年上のうえに、ブランクがある日向が、プロ野球を目指すなど無理だと思っていたが、日に日によくなっていく日向の打撃を見て、彼ならできそうな気がして、応援したくなった。しかし、守備練習をしてみると、少し問題があることが分かった。
初めてノックを行った時、日向は、確実にゴロの正面に回り込み、両手でしっかり捕球する姿は、教科書通りであった。しかし、左右にゴロを振っても、両手で捕りに行くので、追いつけないこともあり、守備範囲が狭いことが分かった。よく見ると、彼は、片手で捕りに行くことをしなかった。さらに、自分の右方向に来た打球に対して、グラブを持った左手を返すことなく捕りに行き、右手をかぶせに行くので、手が届く範囲が狭いうえに、右手が突き指しそうな感じがし、大伴も、ケガをしないか心配しながらノックしていた。
「日向さん。基本に忠実なのはわかりますが、どうして片手で捕りに行かないんすか。」
大伴が、日向の捕球について尋ねた。
「野球を始めた頃から、こう教わってきたから、体に染みついてしまっているのかな。俺はサードだったから、体に当てればなんとかなると思って、あまり守備のことを考えてこなかったんだ。それに、昔のグラブは、球がつかみにくかったしな。」
日向がプレーしていた頃のゴロの捕球スタイルは、ボールをグラブで止め、はじかないように、もう片方の手でかぶせるようにし、早くつかんで投げるというものだった。これは、当時のグラブは、親指と人差し指の間を塞ぐウェブと呼ばれる部分が、現在のように大きくなく、ボールを包み込めるような形になっておらず、どちらかと言えば、手を広げたような形をしていた。このため、グラブの中でボールを収めるスポットが浅く、はじきやすいので、片手で捕りに行かないよう厳しく指導されていたようだった。日向も、この教えが染みついていたのである。
「わかりました。でも日向さん。このままでは、プロで通用しませんよ。今のグラブは、昔より格段に進歩しているから、片手で捕っても大丈夫です。それから気になったのは、右側に来た打球ですが、今の取り方では、逆シングルに比べ、グラブ一個分以上、捕れる範囲が狭くなります。」
「逆シングルか。そう言えば、ギガンテスの黒岩が、よくやってたのを覚えてる。確かに彼の守備範囲は、他の選手より広かった。」
黒岩というのは、戦前のギガンテスのショートで、我が国で初めて逆シングルでの捕球を身につけ、「逆シングルの黒岩」と呼ばれた伝説の選手である。
「昔俺も、逆シングルに挑戦したことがあるけど、俺のグラブでは、上手く球を掴むことができなかった。黒岩は、掴みやすいようにグラブの形を工夫していたらしいけど、敵の球団だし、見せてくれることもなかったから、グラブをうまく改良することはできなかった。」
「今のグラブなら大丈夫ですよ。ちゃんと、ボールが人差し指の付け根辺りのポケットに収まるはずです。まずは、手でボールを転がしますから、それから始めましょう。」
「おう。」
二人のやりとりを見ていた丸山は、「少年野球かよ」と、少し心配になった。一通り、ゆるいゴロでの練習を終えて、バットを使ったノックに切り替えた。はじめは、意識しながら捕っていたが、そのうち、元の両手取りに戻ってしまい、なかなかシングルキャッチが身につかなかった。その後も、大伴と二人で練習に励む日向であったが、焦りのせいか、苛立ってきていた。
「片手で取れた方がいいのは分かっているが、どうしても両手取りが身についてしまって、シングルキャッチができん。このままでもなんとかなるんじゃないか。」
「だめですよ。プロの打球は、こんなノックの打球なんかより何倍も速いのは、よく分かっているでしょ。」
そう言うと大伴は、丸山にトスを上げてもらった。
大伴が、上がったボールを思いっきり叩くと、ノックの時より明らかに速い打球が、日向の右側を抜けようとした。いつものような順手で捕りにったら取れないようなコースと速さの打球だったが、日向は、反射的に、いつものように両手で捕りに行ったが、捕ることができず、反対に右手に打球が当たりそうになった。
「どうですか。現役の選手、特に外国人選手の打球は、もっと速いですよ。」
「わかった。もう一球。同じコースで。」
次の打球は、意識して、逆シングルで飛びついたので、打球は、グラブにスッポリと収まった。グラブの差し出し方の違いを思い知った日向は、
「よし。必ず身につけてやる。どんどんノックしてくれ。」
と、叫んだ。大伴は、再びノックを続けた。ゴロをとり続ける日向を見て、丸山は、少し安堵する思いだった。
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