第13話 球界復帰に向けて(2)
3人は、並んでいるバッティングケージの端にあるブルペンのような所にやってきた。中に入ると、入口近くにピッチャーズプレートが設置してあり、その先にホームベースがあった。ホームベース上には、普通の大人が構えた時を想定したストライクゾーンを模したボードとそれを固定しているフレームが設置されていた。
お金を入れると、ボードは、縦横三つに分割され、1から9までの番号が付いた同じ大きさの四角い升が表示された。これは、数字の部分、あるいは複数の升の間に当たると数字が消えるようになっており、決まった数のボールを投げて、全ての数字を消すまでのボール数や、当たった数を競うゲームに使う物だった。と同時に、球速を測定することもできるようになっていた。直接このボードにボールが当たると壊れてしまうので、ボードの前に強化ガラスが張られていた。
日向と大伴は、こういう場所で投げるのは初めてだった。二人は、ここに入ると、キャッチボールを始めた。 備え付けのボールでは、滑りそうで怖かったので、持ってきた新しいボールで使った。
二人とも、肩が温まって行くに従って、投げる球のスピードが上がっていった。大伴の近くで見ていた丸山は、大伴のグラブに収まる日向の球を見て、こんな速い球、自分は怖くて取れないと思った。
大伴は、日向が投げる、ずっしりと重い球を受け、日向選手が戦前ピッチャーもやっていた言うことを思い出し、彼の球質に納得した。
キャッチボールを終えると、まずは大伴が、件のボードに向かって投げ、手本を見せることになった。さすがに、金を入れないと球速を測ってくれないので、備え付けのボールを使うことにし、持ってきたロジンを付けて滑りにくくした。
大伴は、ノーワインドアップから左足を上げると、きれいなフォームで投げ込んだ。1球目は、日向と丸山が見ているので緊張したのか、大きく上に外れてしまったが、引退したばかりで、パンサーズ入団時はピッチャーだったこともあり、2球目は、枠内を捉え、4つの升が並ぶ真ん中辺りに当たり、それぞれの数字が消え、4枚抜きを達成した。しかし、その後は、コントロールが若干乱れ、外枠に当たったり、大きくそれたりして、6つの数字しか消せなかった。それでもさすがに、140キロ以上の球速が出ていた。
「さすがだな。まだまだ行けそうじゃないか。これで戦力外なんて、球団は何を見てるんだろうな。」
「いやぁ。お二人が見ているから、力が入っちゃいましたが、クビになってから、ほとんど投げてなかったから、腕がちぎれるかと思ったっすよ。それに、この程度では、1軍選手には、通用しないっすよ。僕の球は、素直すぎて、打ちやすかったみたいっす。榎田さんのように、スピードや切れがないと、多少コントロールがよくても、プロではやっていけないんでしょうね。」
大伴は、自嘲気味に、そう言いながら、マウンドから降りた。日向は、キャッチボールで受けた感じでは、ボールの回転もよく、素直でくせのない球だと思っていたが、彼の言うとおり、すごみやいやらしさがなく、それが通用しなかった原因なのかもしれないと思った。
次にマウンドに立った日向は、投球動作に入った。後ろから大きく両手を振りかぶり、頭の後ろで両手を合わせると、腰をひねりながら左足を上げた。両腕を左右に広げた後、右腕を大きく振って投げ込んだ。
丸山も大伴も、その様子を、固唾を飲んで見守っていた。しかし、彼の球は、大きくすっぽ抜けて、山なりのボールとなって、大きく右にそれていった。それを見て、丸山も大伴も、がっくりと崩れ落ちてしまった。
「わるい、わるい。ロジンを付けるの忘れてた。手が滑っちまった。」
次の球は、ロジンをしっかり付けたせいか、すっぽ抜けることはなかったが、ボードの上を通っていった。その後、ボードの枠内に収まるよう少し力を抜いたので、だんだんまとまるようになっていった。しかし、そのせいか球速は、あまり伸びず、135キロくらいだった。
「久しぶりに投げるから、ストライクゾーンに入れるの、難しいなぁ。」
そう呟く日向に、丸山と大伴が言った。
「おい、狙って投げるのはもういいから、あとの球は、思いっきり投げてみろよ。」
「そうですよ。日向さんの全力投球を見せて下さい。」
二人に促された日向は、最後の3球をおもいきり投げてみた。枠内には収まらなかったが、球速は、145キロから148キロだった。
丸山も大伴も、数字が出る度に「お~」と叫んだ。
「すげ~な。こんなの受けたら、手が粉々だよ。大伴に来てもらってよかった。」
「すごいっすね。さっきキャッチボールした時から、重い球だなと思ってたっすが、これならピッチャーでも行けますね。まだトレーニング途中でこの速さなら、もっと出るかも。」
二人が興奮しながら話してきたが、日向本人は、球速のことが今ひとつ理解できず、不思議そうな顔をして、話を聞いていた。一方、丸山は、興奮したまま大伴に尋ねた。
「どうだ。君の目から見て、こいつ、プロで通用するかな。認めてもらえるかな。」
「いけると思いますよ。ただ、早く復帰したいと言ってたっすよね。そうなると、ピッチャーは、覚えることがいっぱいあるっすから、難しいかもしれないっすが。野手なら、練習次第でいけるんじゃないっすか。」
「そうか。よかった。おい、いけそうだってよ。」
丸山は、うれしそうに日向に話しかけた。日向は、少しホッとして微笑んだ。
「守備練習するなら、グランドを借りる必要があるし、人手ももっと必要っすよ。人手の方は、俺がなんとかしますから、丸山さんは、グランドの方、お願いします。」
「おう。わかった。」
日向が見守る中、丸山と大伴は、どんどん話を進めていった。
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