第12話 球界復帰に向けて(1)
日向の体作りは順調に行っていたが、野球の練習をどうするかが新たな問題であった。丸山も草野球はやったことがあり、飛鳥も高校まではソフトボールをやっていたので、最初はキャッチボールに付き合えたが、日向の体が出来上がってくると、球速が増し、硬式のボールでやるのは危なくなってきた。
元々、ピッチャーもやっていた日向である。戦争で痛めた肩もほぼ完治していたため、思い切り投げたら素人にはとても取れるような球ではなかった。そこで丸山は、近くに住んでいた元プロ野球選手の大伴に協力してもらうことにした。
大伴は、高校卒業後、ドラフト3位でパンサーズに入団したが、なかなか目が出ず、結局、4年目にトレードされた後、1年で戦力外となり、昨年引退していた。
丸山は、彼に日向について本当のことは告げてみたが、予想通り、信じてくれなかった。それでも現役時代にお世話になった丸山の頼みなので、とりあえず日向がどんな選手なのか、見込があるのか見てみることにした。
大伴は、初めて日向に会った時、彼が、身長が180cm位で自分より低く、足が短くてがっしりした体つきで、浅黒くて四角い顔をした頭でっかちな男だと思った。歳は、自分より4つくらい上だそうだが、同年代の人の中にはあまり見かけない体型と顔つきをしており、確かに丸山が言うように、昔の人のような気がした。胸板は厚く、腕は太かった。握手をしてみると、厚みのある手で、たくさんの素振りをやっているのか、手のひらのあちこちが堅くなっていた。
「二人とも、どっちが、握力が強いか勝負してみろよ。」
丸山が、煽るので、大伴がギュッと握ると、日向が強く握り返してきた。
「痛い、痛い。握力、すごいっすね。」
日向が手を離すと、大伴は、痛む手を振りながら言った。
「はははっ。最近、やっと昔のように、リンゴを握り潰すくらいまで握力が戻ったんだ。」
日向は、大伴のことを、丸山が話していたように、誠実で信頼できる人間の様だと感じていた。一方で、身長が190cm位もあり、体もがっしりしていて、手足も長く、日向がいた時代からすれば、日本人離れした体型の彼が、たった4年でクビになるなんて、現在のプロ野球は、昔に比べ厳しいのだなと思った。
「いやぁ。今あいつの練習に付き合っているのは、俺と、ジムの飛鳥ちゃんだけなんだ。付き合うと言っても、キャッチボールくらいしかできないんだ。でも、だんだん球が速くなってきてさ。怖くて、そろそろ限界なんだよ。それに、俺たちじゃ、ノックもできないし。だから、お前が付き合ってくれると助かるんだ。それに、元プロ野球選手の目から見て、あいつがやっていけるかの評価もしてもらいたいんだ。」
「分かりました。とりあえず、やってみますよ。でも、評価は厳しいですよ。いくら握力があっても、格闘技じゃないんだから。」
二人の挨拶が済むと丸山は、彼らをつれて、硬球を打たせてくれるバッティングセンターに向かった。
日向は、140キロ設定の所に入ると、2、3回、軽く素振りをしてから構えた。彼が持っているのは、金属バットではなく、木製のバットだった。大伴は、心配して丸山に向かった言った。
「木のバットなんか使って、大丈夫ですか。変なところに当たれば、折れちゃうし、手を痛めちゃいますよ。」
「大丈夫さ。まあ見てな。」
丸山は、微笑みながら、日向の方を見るのを促した。
最初の1、2球は、タイミングが合わず、後ろに飛んだり、横のネットに当たったりしたが、3球目からは、会心の当たりを続け、全て左側奥のネット上段に、ライナーで飛んでいった。
大伴は、日向の、踏み出した左足を軸に、おもいきりひねるようにして打つフォームは、これまで見たことがなかった。
「すごい当たりだろ。でもこいつ、この間、生まれて初めてバッティングマシーンの球を打ったんだぜ。戦前の世界からやってきたんだから、当然といや、当然だがな。おかげで、最初は全然タイミングが取れなくて、空振りばかりだったんだぜ。もったいなかったな。」
そうぼやいている丸山の横で、大伴は、日向のバッティングをジッと見ていた。日向は、60球ほど打つと、一旦出てきた。
大伴が近寄り、バットを見せてもらうと、それはマスコットバットで、1kg以上あった。
「このバットで、あんな軽々とスイングするなんて、すごいですね。それに、あんなバッティングフォーム、初めて見ました。」
「なあに、素振りしかできないから、このバットしか持ってないんだ。」
日向が、照れくさそうに言うと、丸山が話を遮った。
「次は、こいつの肩を見てもらおうかな。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます