第11話 シーズン開幕
3月末、いよいよプロ野球が開幕した。パンサーズは、
ここは、パンサーズが所属するグランドリーグと異なるオーシャンリーグに所属する大阪バイソンズの本拠地で、辛酉園球場が使えない夏の高校野球の時も借用することがある球場だった。開幕カードは、宿命のライバル、東京ギガンテスが相手だった。
日向が夕飯を食べにゴンドウにやって来ると、テレビの前で、常連客と権藤が、ジョッキ片手に試合が始まるのを待っていた。日向も観戦の輪に加わり、テレビを見ると、オープニングセレモニーが行われていた。テレビに映る球場の屋根を見て、彼は驚いた。
「なんだこの球場、屋根があるじゃないか。」
「そうか、あんさん、ドーム球場見るの、初めてやったな。今、日本には、札幌、東京、名古屋、福岡、そして大阪と、5つのドーム球場があるんやで。雨が降っても野球ができるから、日本にはうってつけや。」
「打球が屋根に当たったりしないのかな。」
「なんや、誰ぞが打った打球の中で、一番高く上がった高さを参考にしたらしで。知らんけど。めったに当たらんみたいやけどな。当たったら二塁打になるらしいで。それより、いよいよ始まるで。みんな、応援頼むで。」
権藤は、日向の質問に答えると、客と一緒に声援を送り始めた。
パンサーズの先発は、榎田。ギガンテスは
試合が始まった頃は、大騒ぎしていたゴンドウの店内は、次第に静かになっていった。
「なんや、今年もあかんかのう。エースがこのていたらくじゃ、先が見えとるで。」
「ほんまや。今年も東にやられてしまうんかいな。新外国人のカーネルっちゅうのも頼りにならんみたいやしな。」
「最初からこれじゃぁのぉ。少しは夢見させたって欲しいで。おっちゃん、酒や、酒。今年もやけ酒が進むで。」
試合が劣勢にあることもあり、客たちは不機嫌になっていった。さらに、
「もう試合も決まったから、チャンネルかえてんか。シン喜劇やっとるはずや。そっちの方がおもろいで。」
と、番組を変えられそうになった。
「待ってくれ。もう少し、このギガンテスのピッチャーを見させてくれ。」
そう言うと日向は、テレビの前に陣取って、東のピッチングを食い入るように見ていた。その真剣な眼差しに、客たちも何も言えなくなってしまった。
「このピッチャーの球は素晴らしいな。球が速いしコントロールもいい。時々投げるドロップ(カーブ)も曲がりが大きい。これを打つのは、至難の業だ。バッターボックスで、直に見てみたいもんだな。」
日向が、感心しながら呟いていると、権藤が、料理を客に運びにやってきた。
「関心しとるんもええが、早よ、パンサーズに復帰して、こいつをやったてください。」
「そや。まだ始まったばかりやけど、このままじゃ、いつもと同じのような気がするで。よう分からんが、おっちゃんが言うとおり、兄ちゃんが、伝説のミスターパンサーズなら、早よ復帰して、チームを変えたってや。」
「そや、そや。頼むでぇ。」
権藤の言葉に、周りの客たちも反応し、再び賑やかになっていった。
日向は、周りの声を気にせず、中継に集中していた。特に、球の回転がよくわかるスーパースローが映し出されると、身を乗り出して見ていた。
「これはすごいな。打席に立ってたって、こんな風には見えないぜ。」
彼がそう呟いていると、いつの間にか、丸山がやってきていた。
「スロービデオなんて、昔はなかったからな。他のピッチャーのも見たければ、マンションに帰ればみられるぜ。それより、パンサーズは負けてるのか。まあ、まだ開幕したばかりだから、これからどうなるかわからんが、俺たちとしては、弱いままでいてくれるとありがたい。」
「なんでだ。」
怪訝そうな顔をした日向が尋ねた。
「ここにいる客たちには悪いが、負けが込んでくれば、球団は、シーズン中でも補強を考える。その時が、お前を売り込むチャンスさ。だから、早く元の力を取り戻してくれよ。」
丸山の言葉に日向は、「こいつ、なかなかの策士だな」と思いつつ、彼が言うとおり、早く昔の体を取り戻したいという思いが高まった。
パンサーズは、この試合、東の前に完封負けを喫し、翌日もギガンテスの2番手ピッチャー、神田を打ち崩すことができず連敗し、丸山が望むような形で、シーズンが始まった。
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