第9話 球界復帰に向けて始動
丸山は、出版社から戻ると、飛鳥にも日向が戦争中の時代から転生してきた人間であることを伝えたが、やはり信じてもらえなかった。しかし彼女は、日向の顔つきや体つきを見ていると、同世代の男性に比べ、頭が大きく、胴長短足で、親の世代か、もっと古い世代の人のように感じていた。それに、記憶喪失と聞いていたのに、昔のことはよく知っていて、自分の身長と体重も、尺貫法だったが、きちんと答えていたので、記憶喪失ではないだろうと感じていた。さらに、同世代のはずなのに、話に出てくる政治家や芸能人、スポーツ選手の名前が、教科書や名鑑に載っている人ばかりで、最近の人のことは知らないようだった。
こんなことから彼女は、日向は、丸山が言うように、過去から来た人なのかも知れないと思えてきていた。そうなると、日向の体のことに、俄然興味がわいてきた。彼女としては、彼が本当に、戦前の世界から転生したのなら、転生した時の体のままなのか、それとも年齢どおり百歳を超えている人間の体なのか、今後どうなっていくのかが気になったのである。そこで、彼の体を詳しく調べるため、彼女の出身大学のスポーツ医学講座の石坂教授に協力してもらうことにした。
石坂も、日向のことを聞いて半信半疑だったが、日向に会ってみると、確かに現代の若者とは、顔つきも体つきが違うと感じ、彼女の言っていることを信じてみることにした。
石坂は、日向の血液や唾液などを採取したり、様々な機械を取り付けたりして、ジムでは取れないデータから、彼の体の年齢や能力を解明し、それに基づいたトレーニング方法や栄養管理へのアドバイスを行った。
日向がゴンドウにやってきてから2週間が過ぎ、トレーニングも開始した子から、戦争で衰えた日向の体は、徐々にではあるが戻ってきていた。
肉付きがよくなってくると、痩せてギョロギョロしていた目も、目立たなくなり、ゴンドウの店内に飾ってあった写真の顔に似てきた。すると、最初は半信半疑だった店主の権藤も、日向と丸山が言っていたことを信じてくれるようになった。
「なんや、やっぱ、ほんまの日向はんやったんやな。そやけど、わしゃ、ほんまは、あんさんが、ほんまの日向大やゆうこと信じとったんでっせ。そやからパンサーズ復帰のこと、応援しまっせ。皿洗いなんてせんと、練習に専念しとくんなはれ。そんなんせんかて、飯は食わしたる。皿洗いなんて、うちのババアにやらせとったらええねん。」
「誰がババアやねん。何が信じてましたや。嘘ばっかりゆうて。そやけど、ほんま、皿洗いのことなんか、気にせんと、頑張ってください。」
権藤の言葉と妻良枝からの突っ込みからの応援に、日向は苦笑いした。
「いや、皿洗いはこのまま続けさせてください。気分転換にもなるし、ただ飯食うのは俺の性分に合わないから。気にしないでください。」
「そうかぁ。あんさんがそう言うなら、それでもええが、疲れてる時は無理せんと言ってや。」
三人が話していると、常連客からも声が掛かった。
「なんや知らんけど、わしらも応援しとるで。早よパンサーズに入って、ギガンテスをしばいたってや。」
「そうや、そうや。がんばってや。」
「もうすぐ開幕や。試合に勝って、ここで旨い酒を飲むのが、わしの生きがいなんや。たのむで。」
日向は、まだトレーニングの緒に就いたばかりなのに、店のあちこちから応援の声を掛けられ、戸惑いながらも感謝の念に駆られた。
「みなさん、ありがとう。権藤さんのおかげで、戦争で痩せ細った体もなんとか戻ってきました。80年の時をどれだけ埋められるか分かりませんが、頑張ります。」
日向は、客たちに向かって深々と頭を下げた。
「よっしゃ。乾杯や。日向はん、頑張ってや。」
「かんぱい。」
「カンパイ。」
権藤のかけ声とともに、店内のあちこちで杯が上げられた。
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