第8話 球界復帰計画

 丸山は、日向のことを相談するため、彼が連載を持っている、文芸青白社という出版社のスポーツ総合雑誌「メンバー」の編集長、高橋と会っていた。


 丸山は、日向との出会いから、彼について調べたこと、彼が球界復帰を希望していることを話し、高橋に協力を依頼した。

 高橋は、丸山もそうであったように、当初、日向という名前を、おぼろげにしか記憶していなかった。すでに日向が亡くなったとされている年から80年の歳月が流れており、無理もないことだった。


 彼は、丸山の話をにわかには信じられないようであったが、丸山が、日向が持っていた軍隊手帳の内容が、記録と一致すること、彼が身につけていた軍服や携行品が、全て当時のものであったこと、沖縄で出会ったのにもかかわらず、彼の靴に付着していた泥が、中国大陸のもののだったことなど、戦時中の世界から転生してこなければ説明が付かないという話を聞いていくうちに、丸山の話を信じたくなっていった。


「転生してきたという話が本当なら、おもしろい。なんでそうなったのかはわからんが、80年越しの球界復帰、しかも伝説のミスターパンサーズが蘇り、令和のピッチャーたちと対戦するなんて、きっとうけるぞ。君が書かせてもらうという手記は、当然うちの雑誌に載せてくれるんだよな。それなら、力を貸してやってもいいよ。」

 こうして高橋は、協力を約束してくれた。


 しかし、問題は、日向をどうやって球界に復帰させるかだった。たとえ彼の体が元に戻っても、彼が、過去からやってきた人間であることを球団は信じてくれないだろう。それに、本人であることが証明されても、すんなりと球団が受け入れてくれる可能性は低かった。


 軍隊に入ったのは、志願したのではなく、招集されたのだから、球団に籍を置いたままだった可能性もある。そうなれば、無条件に復帰できるはずだが、戦前の球団は、戦争中に解散させられているから、厳密に言えば別の球団である。その場合、現球団に彼を復帰させる義務はない。入団を希望するなら、球団幹部や監督に認めてもらうためのテストを受ける必要があるだろう。

 問題は、シーズン中に、どこのチームにも属さないアラサーの選手のためにテストを行ってくれる可能性は低いので、何か、スカウトの目に留まるような、強いインパクトが欲しかった。


「よし、まずはファンに知ってもらおう。そしてファンの力を借りよう。」

高橋は、パンサーズファンを味方に付け、テストを受けられるように、ファンに後押しさせるように仕向けることを提案した。


 当初高橋は、日向が球界に復帰した段階で、それまでの過程を雑誌に載せるつもりだったが、日向が復帰できなければ話にならない。しかし、こんな得体の知れない人間を、いきなり自分の会社の雑誌に取り上げることもできないので、まずはSNSを使って彼のことを発信し、ファンに知ってもらい、応援が得られれば、入団テストにつながるのではないかと考えた。ただ、日向がどんな選手だったのかは、権藤のような一部のパンサーズファン以外には、ほとんど知られていないので、その他のファンに彼のことを知ってもらう必要があった。


 二人が相談した結果、まずは、ファンの関心を誘うため、時空を飛び越えてやってきた伝説のミスターパンサーズ日向大と自称する男がいて、球界復帰を目指して練習していることを配信することにした。そして、関心が高まった段階で、高橋の雑誌で、戦前のプロ野球選手を中心としたレジェンド選手の特集を組み、そこで日向のことを詳しく紹介するという、次の手も用意した。


 さらに、DNA鑑定できる遺品や日向に会ったことがある野球人を探すことにし、軍隊手帳と軍服以外のことで、彼が日向大本人であることを証明しようと考えた。

 すでに日本でプロ野球が始まってから90年近くの年月が流れており、戦前のプロ野球のことを記憶している人は少なくなっていた。このため日向のことを知る人を探すのは難航することが予想された。


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