第7話 出会い

 日向が球界復帰を決意したのはいいが、長い軍隊生活でボロボロになったうえ、戦死した時の年齢である28歳では、あまり悠長にトレーニングを行っている余裕はないと思った。そで丸山は、早く体を作らせるため、彼が通っているジムに日向を連れて行った。


 ジムには、日向が見たこともない器具が並んでいた。丸山は、彼を連れてジムの中を歩いていくと、トレーニング中の男と話しているある女性の所に近づいていった。そして、

「よう飛鳥ちゃん。ひさしぶり。」

と、声をかけた。その女性は丸山の方に振り替えると。

「あら丸山さん、久しぶりね。最近来なかったけど、どうしてたの。」

と、聞き返してきた。

「出張だよ。プロ野球のキャンプの取材に沖縄に行ってたんだ。それより、また鍛えて欲しいやつを連れてきたんだ。紹介するよ。日向大っていうんだ。わけあって急いで体を造らなければならないんだ。」

と、日向を前に引っ張りだしながら言った。

 日向が挨拶すると、飛鳥という女性も、

「初めまして望月飛鳥と言います。あの、どこかでお会いしたことありません?」

と、挨拶を返すとともに聞いてきた。当然日向は、今の時代に知り合いなどいないので否定したが、彼女は、日向の顔に、どこか懐かしさを覚えた。しかし、すぐに丸山が、日向は野球をやっていたが、事情があって、しばらく何もできなくなり、体力が落ちたこと、もう一度野球をやりたいと言っているんで、急いで元の体に戻したいといったことを伝え始めたので、日向に抱いていた気持ちはすぐに消え去っていた。


 日向は最初、彼女に指導を受けることを告げられた時、女性に指導を受けることに抵抗感と不信感を覚えた。なぜなら、戦前には、スポーツをする女性が少なく、ましてや男を教えるなんて、小学校の先生くらいしかいなかったので、指導することなどできないと思ったからである。しかし、丸山から、飛鳥は、27歳と歳は若いが、大学でスポーツ医学を学んだ優秀なインストラクターで、数多くのアスリートの指導をしてきていることを教えられ、彼女の指導を受けてみることにした。


 彼女は、才女であるだけでなく、容姿端麗で、長い髪をポニーテールにまとめた頭は小さく、スラッとしたスレンダー美人だったが、自らも鍛えているらしく、Tシャツの袖から見える二の腕は筋肉質で、ピンと背筋が伸びた立ち姿からストイックさが感じられ、日向の心をひきつけた。


 ジムの中を見回すと、回転する帯の上で走っている人や、自転車のようなものをこいでいる人、ベンチに寝転がり、鉄の円盤がいくつも両端に付いた棒を持ち上げる人などがおり、彼らも皆、無駄な筋肉をつけておらず、彼女の指導がいいのだろうと思った。


 彼が、トレーニング中の人たちを興味深げに見ていると丸山がやってきて、

「今日は、まずは体力測定とかをするみたいだ。その結果を見てトレーニングの方針を決めるんだと。わるいけど、俺はこれから、東京の出版社に行かなきゃならないんだ。飛鳥ちゃん、後は頼むよ。」

と言って、出ていこうとすると飛鳥が、

「丸山さん。今日もトレーニングしていかないのね。そんなんじゃ、いつまで経っても、そのお腹、引っ込まないわよ。」

と、声をかけたが、丸山は、振り返りもせずに、片手を振りながら出て行った。

「もう、いつもこうなんだから。高い会費払ってるのに、もったいない。」

と、残された飛鳥は、あきれたように呟いた。


「いつもって、どういうことだ。」

 日向が、そのことを疑問に思い、飛鳥に尋ねた。彼女の話では、丸山はジムの会員だが、トレーニングはあまりせず、様々な選手を連れてきては、彼女に預けていくとのことだった。

 彼らは、それまで有望視されながらなかなか目が出なかった選手や故障しがちな選手などで、このジムでのトレーニングのおかげで、活躍したり復活したりしていた。丸山は、その過程を記事にして有名になり、30代後半にもかかわらず、いくつかのスポーツ雑誌やスポーツ新聞に連載を持つ売れっ子ライターの一人になったとのことだった。

 それを聞き日向は、彼がなかなかのやり手のようだが、飛鳥の話しっぷりから、好人物であることは間違いないと感じた。


 日向の体力測定の結果、28歳の一般男性よりは、筋力、肺活量などは勝っていたが、プロ野球選手のレベルではなかった。しかし、柔軟性や筋肉の柔らかさ、動体視力は、秀でたものを持っていた。日向としては、リンゴを握りつぶすこともできた強い握力が落ちているのがショックだった。飛鳥は、この検査の結果をもとに、トレーニングメニューを考え、翌日から開始することを日向に告げた。



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