第6話 球界復帰への決意
大阪に帰ってからもしばらくの間、日向は暗い表情のまま、ゴンドウに通っていた。丸山から事情を聞いた権藤夫妻も心配し、気晴らしのため、パンサーズとギガンテスとのオープン戦に連れ出すことにした。
日向は、パンサーズの本拠地、
スタンドに立ってグラウンドを見下ろすと、内野の黒土と外野のきれいな緑の芝生が広がっていた。スタンドは、彼が活躍したころの大鉄傘はなかったが、それに代わる、新しい屋根と二階席が設けられていた。さらに、スコアボードは、手書きで選手の名前や得点だけが表示されていたものが、テレビ画面のように、次から次へと文字や動画を映し出していく近代的なものに代わっており、時代の変化を感じさせていた。
権藤夫妻は、バッグの中から、自分たちが着ているのと同じ、パンサーズのレプリカユニフォームを取り出し、日向に着せた。周りにも同じようにレプリカユニフォームを着た人々が応援グッズを持って試合が始まるのを待っていた。
日向は、公式戦でもないのに、多くのファンでいっぱいになっていることに驚くと共にうれしさを感じ、きっとパンサーズが強いからだろうと思った。しかし、試合は、好調なギガンテス打線の前に、パンサーズ投手陣が、毎回安打を打たれるだけでなく、フォアボールを連発し、さらにエラーもあって大量失点を許した。一方のパンサーズ打線は、ギガンテスが繰り出す若手投手に手も足も出ず、一点も取れずに惨敗した。
あまりに酷い試合に、試合終了後、ベンチにひきあげるパンサーズの選手に向かって怒号が飛び交い、日向を連れてきた権藤夫妻も、
「だらしないなぁ。今年もあかんかもしれんで。頼りになるバッターが一人もおらん。」
「ほんまや。今年もあんたのやけ酒が増えて、儲けが少のうなるわ。まあ、勝っても飲むからおんなじやけど。」
などとぼやいていた。
日向は、権藤たちの声を聴きながら、手に持った応援用のタオルを固く握りしめ、悔しそうな表情で、下を向いて座っていたが、急に立ち上がって叫んだ。
「ウオー。なんだこの試合は、これが、俺が愛したパンサーズの試合かぁ。」
権藤夫妻をはじめ、周りにいた人々は一瞬驚いたが、すぐに、
「そうや、そうや」
「ほんまやぁ。わしらもそう思うでぇ」
と同調する声をあげた。権藤は、
「そうや。あんたが本当に伝説のミスターパンサーズ日向大なら、パンサーズに復帰して、この危機を救ってやってくれ。今のパンサーズには、核になる選手が必要なんや。」
と言って、日向の手を両手で握りしめた。日向は、それを聞いて、新たな想いがわき上がっていた。
マンションに戻った日向は、丸山に、
「俺は、ずっと、なんで死の淵から連れ戻されたのか、考えていたんだが、ずっとわからなかった。今日、パンサーズの試合を見て思ったんだ。勘違いかもしれないが、弱くなってしまったパンサーズを救うために、パンサーズファンの神様に呼ばれたのかなって。それに、こんな未来に来て、俺にできることは野球しかないと思う。権藤さんからも、もう一度ミスターパンサーズとして戦ってくれと言われたんだ。俺も弱いパンサーズを見たくない。だから復帰して力になりたいんだ。だから力を貸してくれ。」
と、話した。
丸山は、生気を取り戻した日向の姿はうれしかったが、球界復帰を目指すという言葉は想定外だった。いくら昔は伝説の強打者と言われていても、今の姿は、少し体格の良い青年にしか見えなかった。しかし、まっすぐと前を見据えた彼の眼は、本気であることを物語っていた。
「わかった。協力するが、球界に復帰するには、体を作り直す必要がある。そのためには、トレーニングジムに通ったり、体作りに適した食事をとったりしなきゃならない。そのためには、金がかかる。俺も、いままでは、身元が分かるまでと思って面倒見てきたが、これからは、そうもいかない。そこで提案だが、トレーニングにかかる金を出す代わりに、球界復帰までの記録を俺に独占して書かせてくれ。」
丸山は、日向の転生の話を信じてもらうことや球界復帰は難しいと思いつつ、この話をうまく記事にすれば、きっと話題になるだろうと思っていた。日向は、彼の時代には、スポーツ雑誌などはなく、トレーニングしている様子を人に伝えるなどということは考えられなかったので、丸山の言っていることがよく理解できなかったが、彼の言うことを聞くしかないと思い、彼の提案を受け入れることにした。
「ところで、なんで俺が伝説のミスターパンサーズなんだ?ミスターパンサーズって他にはいないのか。」
と、日向がミスターパンサーズのことを聞いてきたので、丸山は、戦前に日向と一緒にプレーしたこともある藤倉選手が、戦後プロ野球が再開して間もない時期に活躍したのを、ファンがリスペクトして初代ミスターパンサーズと呼ぶようになったこと。その後、何人かの選手が、二代目、三代目ミスターパンサーズなどと呼ばれていたことを話した。そして日向は、戦前に活躍したが戦死してしまったので、初代の前だから「零代」とか、「伝説の」などと呼ばれていることを教えた。いずれにしても、現役時代の記録は残っているが、あまりにも昔のことなので、記憶しているファンもほとんどお亡くなりになっており、伝説と呼ばれても仕方がなかった。それを聞いて日向は、
「それなら、これからファンの心に新しい記憶を創ってやる。」
と意気込んだ。
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