第5話 残念な結果

 丸山は、連載している出版社で、キャンプの取材を打ち切った事情を説明し、今後のことを打ち合わせた後、日向が持っていた軍隊手帳などが本物かどうか確かめてもらうため、そこで紹介してもらった太平洋戦争のことを調べている研究者に会いに行った。

軍隊手帳は、80年以上前のものにしてはきれいだが、書かれていた所属部隊の戦闘状況や駐屯した場所の記載が、記録と一致することから、本物だという確証を得た。


 日向が着ていた服は、確かに戦争中の軍服と同じ形で、履いていた靴は、現在存在しないメーカーのものだった。軍服は、戦争末期の兵隊のコスプレをするようなマニアックな人か、映画撮影のために製作されたものかもしれないが、靴は、当時の物の可能性が高いと、この研究者から告げられた。このため、靴も含め、もう少し詳しく調べてみる必要があるとのことだった。


 戦争末期は、物資不足のため、生地の素材も悪く、スフと呼ばれる人工繊維が使われることもあり、現代のものとは明らかに違うので、すぐ分かるだろうと言われた。そこで、使われている生地の成分などを分析してくれる所を紹介してくれた。


 丸山は、日向の所持品は、彼が過去から来たこと示すのに十分な状況証拠だと確信したが、この先、どうしたいいのか、悩み始めていた。マンションに戻り、軍隊手帳と軍服のことを話すと日向は、

「あたりまえだ。軍隊手帳がなければ、除隊した時に恩給がもらえんし、第一、官給品をなくしたら軍法会議もんで、営巣入りだ。ところで、俺のこと、権藤さんに話しちゃったよ。お前の言ったとおり、信じてもらえなかったけどな。」

と言ったので、丸山は少し慌てたが、権藤が信じないのは、当然のことだと思った。今日の取材で、とりあえず状況証拠のようなものはそろったが、信じてもらうには、もっと本人であることを証明するものが必要だと感じた。そこで、日向の親族か親戚に会って、何か手がかりを得ようと考え、日向が懇願していた、彼の故郷に行くことにした。



 数日後、日向と丸山は、日向の生まれ故郷に向かった。駅に降り立つと、駅前は、県庁所在地らしく、大手銀行の支店やデパートなどが建ち並び、それなりの賑わいを見せていた。そっさく市役所に行き、丸山が、昔の野球選手のことを記事にするので、日向のことについて調べていることを告げ、日向家の戸籍簿を見せてもらうことにした。しかし、戦争が終わる数ヶ月前に、市街はアメリカ軍の大規模な空襲を受けていた。彼が生まれた地区の家屋は全て灰燼に帰し、日向家全員が犠牲となったらしく、戸籍簿ではなく、除籍簿という形で残っていた。

 除籍簿には、当時そこで暮らしていた家族全員が、空襲があった日付で死亡と記載されていた。日向自身についても、昭和19年10月25日付で戦死となっていた。日向は、除籍簿をジッと見つめながら、職員から空襲の話を聞いていた。

 丸山は、少しでも日向と血のつながりがありそうな人を探そうとしたが、当時、ここに住んでいなかった日向のいとこは、戦死していて、その子供もいなかった。


 市役所を出た日向と丸山は、日向の実家があったと思われる街に行ってみたが、戦争から年月も経ち、区画が整理され、新しい住宅やビルが建ち並び、生家のあった場所は、はっきりとはわからなかった。そこで、家の菩提寺に行ってみた。


 応対してくれた住職は、戦後生まれで、空襲の体験はなかったが、先代住職から聞いた話をしてくれた。それによると、

この辺一帯は、たくさんの焼夷弾が落とされ、風も強かったため、一面火の海となった。日向家は、その火にのまれ、近くに住んでいた親戚も含め、みんな亡くなってしまったとのことだった。その時の炎はすさまじく、ほとんどの人は身元が分からないくらい焼かれていてたので、遺骨は、この寺に集められ、一箇所に埋葬されて慰霊碑が建てられていた。


 二人は、住職の案内で慰霊碑に向かい、手を合わせた。日向は、住職が読経する後ろで手を合わせながら、心の中で、

「自分は、何のためにこの世界に戻って来たんだ。こんなことなら、あのまま死んでしまえばよかった」

と思うと、自然と涙があふれてきた。


 丸山は、涙を流しながら手を合わせる日向を見て、せっかく過去から転生してきたのに、親類縁者がみんな亡くなっていて、天涯孤独になった彼を不憫に思った。

 一方で、彼が当時使っていた物や両親などの骨が残っていれば、日向が本人であることを証明する手がかりになると思っていたので、それがかなわなかったことが残念でならなかった。

 帰りの新幹線の中で日向は、一言もしゃべらなかったが、丸山は、かける言葉がなかった。


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