第4話 伝説のミスターパンサーズ

 丸山が起きると、すでに日向は起きていて、上半身裸で、体操をしていた。どれくらいやっていたのか分からないが、汗びっしょりで、わずかに体から湯気が上がっていた。何を食べてきたのか分からないが、痩せ気味で筋肉は太くなかったが、それなりに張りがあり、キレキレの動きを見せていた。

「おはようっす。いつから体操してるんだ? テレビでも見てればよかったのに。」

「テレビって、この黒い板みたいなやつか? どうやったら映るのか分からんし、ヘタに触って壊れるのも怖いからそのままにしておいた。体操は、教練は、軍隊での日課がったからな。それより、腹がへったな。何か食い物はないか。」

「おう、そうだな。でも、ずっと沖縄に行ってたから、何もないな。ちょっとコンビニに行ってくるから、シャワーでも浴びとけよ。そんな汗びっしょりのまま、ソファーに座られたらかなわんからな。」


 丸山は、日向がシャワーを浴びに行くのを見届けると、コンビニへ出かけていった。丸山が戻ってくると二人は、朝食をとりながら、これからどうするかを話し合った。

 日向は、故郷に帰りたいと言ったが、丸山は、取材を切り上げてきてしまっているので、これからの仕事のことを出版社などに相談しに行かなければならないので、それが済んでからにしたいこと、故郷に帰ってもは、この見た目では、本人だと理解されないし、過去から来たなどと言っても、誰も信じてくれないだろうから、まずは、日向大本人であることを証明する手段を探すことにしようということで、納得してもらった。


 丸山は、彼が出版社に行っている間や仕事をしている間、日向をどうするかを考えた。マンションに一人でいてもやることがないし、食事もできない。それに、80年前の世からやってきた日向にとって、今の大阪は、あまりにも様変わりしていて、まさに浦島太郎状態で、一人で外を歩き回るのは危なかった。そこで丸山は、行きつけの食堂兼居酒屋「ゴンドウ」に日向を預けることにした。


 丸山は、日向を連れてゴンドウに向かうと、店主の権藤に、日向が記憶喪失者で身元が分かるまで預かることにしたと紹介し、自分が仕事で出かけている間、彼を預かって飯を食わして欲しいと頼んだ。

 男気のある権藤は、最初は怪訝そうな顔で日向を見ていたが、しっかりとした骨格の割に痩せこけた顔と体つきをしている姿に、丸山に会うまでひどい暮らしをしていたんだろうと同情し、

「よっしゃ。わかった。飯食わしたる。そのかわり、皿洗いをしてくれ。そしたら、賄いとしてタダで食わしてやる。でもなんや、今時、こないに痩せこけてもうて、どんなブラック企業で働いとったんや。」

と言ってくれた。それを聞いた丸山は、確かに軍隊はブラックそのものだなと思うと、おかしくなり、吹き出しそうになった。


「なに笑ろうとんねん。丸山はん。」

「いや、確かに彼はブラックな所で働いていたんだ。そのことを思ったら、つい。」

「失礼やな。どんな会社か知らんが、ここ笑うところと違うで。なあ、日向はん。」

日向は、二人の話しについて行けず、戸惑う顔をするばかりだった。


「わかった、わかった。じゃあ、こいつのこと頼むぜ。日向もしっかり皿洗いやってくれよ。」

 そう言い残すと丸山は、日向を残して、そそくさと出かけて行った。



 権藤は、大のパンサーズファンで、店の中には、たくさんの色紙や選手の写真、グッズが置いてあった。その中に、セピア色に古ぼけた一枚の写真があった。

「おっちゃん、あの写真は?」

そう聞かれた権藤は、待ってましたとばかりに、厨房から出てきて話し始めた。

「よう聞いてくれはった。この写真は、戦前に活躍した伝説のミスターパンサーズ、日向大ひなたまさるや。亡くなった親父が大ファンでな、昔、どっかから手に入れてきたらしいねん。今は、知ってる人がほとんどおらんようになってしもうたが、親父の話では、すごい打者だったらしいで。おまけに投手としてもすごくて、剛速球をバンバン投げ込んでたっちゅう話や。いまでいう二刀流やな。特にすごかったのは、優勝をかけたギガンテスとの三連戦、ギガンテスのエース、佐和山との投げ合い、そして佐和山から打った特大のホームラン・・・。」

 朗々と話す権藤にあきれた彼の妻良枝が、

「いつまで話しとんねん。さっさとめし作ってやりいっ。」

と、言って彼の頭を後ろからたたくと、日向に向かって、

「すんまへんな。ほんまに、亡くなったおとうちゃんと一緒で、パンサーズのこと話し始めると止まりまへんのや。」

と、謝った。権藤の方は、カウンターの向こう側の厨房に渋々入ると、料理をしながら、

「なんや、これからがいいところやったのに。話の分からんやっちゃで。」

と、不機嫌そうにぼやいたが、日向がニコニコしながら彼を見ているのに気がつくと、また機嫌を取り戻して話し始めた。そして、

「そういえば、兄ちゃんも日向やったな。それに、なんやこの写真の日向選手に似とるな。親戚かなんかか。」

と、聞いてきた。


 日向は、丸山から、話すとややこしくなるから、これまでの経緯は話すなと言われていたが、権藤の話を聞いているうちに話したくなり、

「信じてもらえんかもしれんが、実はな、」

と言って、戦死した時のことから、沖縄で丸山に会った時の話をした。 権藤は、その言葉に、

「ほんまかいな。それやったら幽霊やないか。それとも、日向選手の霊が取り憑いてるんか。難しいことはよう分からんが、日向選手のことを知っとるんは、うれしい限りや。ほんならまあ、お近づきに一杯。」

と言って,冷蔵庫からビールを取り出し、自分と日向の分のグラスに注いだ。

「俺、金持ってないし、飯だけ食べさせてくれるという話だから、いいよ。」

 日向が、遠慮していると権藤は、

「何言うてんねん。日向選手のことで盛り上がれるだけでもありがたいのに、嘘でも自分が日向選手や言うあんさんに、ビールくらい飲ませてやらにゃ、天国の親父からどやされるで。ほれっ、遠慮せんと。まずは乾杯や。日向選手にかんぱーい。」

と言ってグラスを交わすと一気に飲み干した。日向は、やっぱり信じてもらうのは、難しそうだなと思いつつ、半信半疑でビールを勧めてくる権藤のことを、ありがたく思いながら杯を開けた。

 さらにビールを勧める権藤、止めに入る良枝、二人のやりとりを笑ってはやし立てる常連客たち、これを見て日向は、この店が、人情味あふれるいい店だと思った。そのうち、客がどんどんやってきて店が忙しくなってきたので、日向は急いで飯を食べると、厨房に入って皿洗いを始めた。


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