第3話 おとぎの国か天国か

 那覇空港に着くと、日向は、飛行機の大きさに驚いた。

「これが飛行機ってやつか。近くで見るのは初めてだ。すごい大きさだな。」

 彼は、戦場で飛んでいる飛行機しか見たことがなかったので、当時はなかったジェット機のことには気づかず、その大きさに驚いていた。

「おい、こんな大きなものが、ほんとに空に浮かぶのか。」

「大丈夫だよ。見てな。今、あの飛行機が飛び立つから。」


 丸山が、滑走路の端の飛行機を指さすと、ちょうど白い大きな旅客機が滑走を始めたところだった。滑走路の半分くらいまで来ると、その機は地上を離れ、日向たちの目の前を急角度で上昇していった。

「お~。ほんとだ。飛んだ飛んだ。すごいな。おっ、今度はあの小さい飛行機が飛ぶみたいだな。日の丸を付けているが、軍の飛行機かな。飛行機というのは、おもしろいな。大きな筒を付けたやつや、翼に着いた小さな羽根がグルグル回るやつまで、大きさも形を様々だな。」


 一人大声を出してはしゃいでいる日向を見て丸山は、今時、飛行機が飛び立つところなんか、テレビやネットでいくらでも見れるのに、こんな反応をするなんて。彼は、やはり遠い昔から来たのだろうと思った。

 日向は日向で、丸山が言うとおり、自分は時代を飛び越えて、未来の世界にやってきたのだと思っていた。


 そんあ二人の周りには、多くの人たちが集まっていた。人々は、いい大人が、子供のようにはしゃいでいる姿を見て、クスクス笑ったり、スマホで撮影したりしていた。それに気がついた丸山は、日向の手を引っ張り、搭乗ゲートに向かった。



 日向は、窓際の席に座ると、腰を浮かせたり下ろしたりして、子供のように何度も座り心地を確かめた。しかし、ベルトを締めて、飛行機が動き出すと、少し緊張した表情に変わった。そして、飛行機が離陸に向けて走り出すと、初めて体感する、座席に押し付けられるような加速感と、窓の外を流れる景色の速さに驚き、離陸する時の浮揚感に、ちょっとした不快感を覚えた。


 窓の外に見える地上の景色が次第に小さくなっていくのを興味深く見ている日向に、

「おい、大丈夫か。恐くないか。気持ち悪くないか。」

と声を掛けた。丸山は、初めて乗る飛行機に、日向が、高い所を飛ぶことや落ちるかもしれないと言うことを怖がるか心配だったが、意外にもそのようなことはなかった。

「こんな大きなものが、どうやって飛ぶのかはわからんが、高い所を怖いと思ったことはないし、窓の外を見ても空と雲しか見えないから、怖くもなんともない。それに、落ちたって、どうせ一度死んでいるんだから、どうってことないさ。」

日向が、あっけらかんと笑って答えたので、丸山は、

「なるほど。一度死んでるから、落ちても恐くないか。いやいや、そんなことないだろ。」

と、ツッコミを入れた。飛行機は、水平飛行に移り、空の旅を続けた。


 日が暮れる頃、日向たちは、関西国際空港に降り立った。辺りはすでに薄暗かったが、ボーディングブリッジを通って、到着口を出ると、大きな屋根の下に、千メートル以上にわたって続く空間が、広がっており、多くの旅行者や働く人たちで賑わっていた。

 日向は、那覇空港もすごく大きいと思っていたが、ここはさらに大きく、人の数の多さにも圧倒された。

「おい、迷子にならないよう、キョロキョロしないで、ちゃんと俺の後を付いて来いよ。」

「すごい人の数だな。大学時代に行った東京の三社祭や、すみよっさん(住吉大社)のお祭りくらいの人出だ。もう外は暗いのに、昼のように明るいな。それに、みんなきれいな格好している。戦争は終わったと言っていたが、そのせいか外国人もたくさんいるな。」

「おい。キョロキョロするなって言ったろ。」

丸山は、田舎から出てきたお上りさんのように辺りを見回している日向をたしなめると、彼を連れて、大阪へのアクセス駅に向かった。


 大阪の難波に向かう特急の中でも日向は、車窓を流れる街の灯りを眺めていた。彼は、線路の近くから遠くまで続く灯りを、明るく暖かく感じ、平和な時代に転生してきたことを、しみじみと感じていた。しかし、その感じも、難波の駅に降り立つと、たくさんの人と車の流れ、空を覆うような高層ビルの灯り、きらびやかな看板や広告を映し出す大画面のモニターに、ここは、未来の日本ではなく、おとぎの国か天国に来たんじゃないかという興奮に変わっていった。興奮しながら、街のあちこちを見て驚く日向の姿は、六大学やパンサーズのスターとして活躍していた男には見えなかった。


 丸山のマンションは、3LDKで、二部屋を仕事用に使い、残りをプライベート用に使っていた。執筆用の部屋は、大きな椅子とパソコンのモニターが数台並んだ机があり、その周りを野球やスポーツ関係の書籍が並んだ本棚が囲んでいた。本はきれいに整理され、机の上も整然と片付けられているのを見て日向は、丸山は見かけによらず几帳面だなと思った。しかし、もう一つの仕事部屋を覗くと、出版社から送られてきた雑誌や、誰かから送られてきた書籍が、封も切らずに乱雑に置かれていた。日向は、二つの部屋と丸山の顔を見比べて、どっちが本当の姿だろうと、首をかしげていた。

「おい、ジロジロ見るなよ。恥ずかしいな。そんな所にいないでリビングに行こう。」


 丸山は、日向をリビングに通すと、テレビを付けた。ちょうどニュースのスポーツコーナーをやっていて、プロ野球のキャンプを特集していた。食い入るようにテレビを見ている日向を見て、彼が、大分現代になれてきたと思った。

「あんたは沖縄で風呂に入ってきたからいいけど、俺はまだだから、これから風呂に入ってくる。出てきたら、またあんたのことを聞くから待っててくれ。明日からどうするかも相談したいし。」

 テレビを見ながら丸山の言葉にうなずく日向を見ながら、丸山は風呂に向かった。しかし、彼が風呂から上がってリビングにやって来ると、日向は、ソファーに横になって寝ていた。

「無理もない。いきなり80年後の未来にやってきた上、飛行機や特急電車に初めて乗って、沖縄から大阪まで来たんだから、疲れるよな。しかたねぇ。このまま寝かしとくか。」

 丸山は、そう呟くと、日向に毛布を掛けた後、日向について調べ始めるのだった。

 

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