第1話 ここはどこだ

 令和5年2月、沖縄。アラフォーのスポーツライター丸山智弘は、取材のため大神だいしんパンサーズのキャンプ地に来ていた。この日は、チームの朝の散歩に付き合って、一緒に浜辺を歩くことにしていた。しかし、少し寝坊したため、慌ててチームが宿泊するホテルの庭に向かったが、もう選手たちは出発した後だった。すぐに後を追って浜に出ようとした時、浜辺とホテルの庭の植木の影から、何か物音が聞こえてきた。


 丸山が近寄ってみると、後ろ側に布を垂らした帽子の上にヘルメットをかぶり、カーキ色の上下に、足首から膝のあたりまで、ズボンと同じ色をした包帯のような細い布を巻いた男が倒れていた。着ている衣服は軍服のようで、ヨレヨレで古臭さが感じられ、両方の襟には、赤地に一本の黄色い線と星が二つ付いた階級章のようなものをつけていた。ヘルメットは、着ている服と同じような色をしていて、今時珍しく鉄製で、前面に星のマークがついていた。銃のようなものは持っていないが、短剣のようなものを腰に下げていた。

 姿かたちから、丸山は、サバイバルゲームを行っていた人だと思った。そこで彼は、腰をかがめると、その男の肩をゆすり、

「おいあんちゃん。サバゲーは、終わったみたいだぜ。隠れてる間に寝ちゃったんなら、もう起きたらどうだ。いくら沖縄とはいえ、風邪ひくぜ。」

と言って、起こそうとした。するとその男は、

「う~ん」

と唸ってから目を開けると、ゆっくりと起き上がった。


「おい、大丈夫か。」

丸山が声をかけると、その男は、急に大きな声で、

「ここはどこだ。貴様は何者だ。」

と、あたりを見回しながら言った。丸山は、

「俺は、丸山智弘っていう、スポーツ関係の記事を書いている者だ。ここは、沖縄のプロ野球のキャンプ地だけど、ここがどこかもわからなくてサバゲーをやってたのか。それより、あんたこそ何者だ。なんでこんな所でサバゲーなんてやってるんだ。」

と、聞き返した。その男は、あたりを見回し、ホテルの建物を見ながら、

「沖縄? 沖縄には、こんな大きな建物があったのか。俺は、フィリピンに向かう船に乗っていたはずなのに、なんで沖縄にいるんだ。」

とつぶやいた後、

「俺は、大日本帝国陸軍軍曹、日向大ひなたまさるだ。シナ(現在の中国)からフィリピンに向かう船に乗っていたはず。そして、そう、魚雷が命中して吹き飛ばされ死んだはずなのに。」

「死んだ? あんた幽霊か? 最近のサバゲーは、しっかりしたシチュエーションを立ててやるんだな。仲間はどこにいるんだい。」

「仲間? さぁ、どうなったかわからん。この辺で見かけないのなら、船と一緒に沈んだんだろう。ところで、さっきからお前が言ってるサバゲーって,何だ。サバが何か芸をするのか? いや、そんなことより、今日は昭和何年の何月何日だ。教えてくれ。」

「サバゲーってのは、サバイバルゲームのことだよ。そうだな。今日は、2023年、令和5年2月10日だ。昭和に直すと・・・」

「令和ってなんだ。昭和じゃないのか。2023年? そうだ、戦争は終わったのか? 日本は勝ったのか。」

と、日向は、矢継ぎ早に丸山に質問した。丸山は、その勢いを制して、

「落ち着け。船? 魚雷? こっちの方こそ聞きたいことが一杯だよ。あんた、どっかで頭を打ったんじゃないのか。」

と、聞き返した。二人とも聞きたいことがたくさんあったので、お互い順番に聞きあうことにした。


 日向は、中国戦線からフィリピンへ転戦することになり、船で移動中、魚雷攻撃を受け船が沈没。その時死んだと思ったが、不思議な光に包まれ、気が付いたら、ここに倒れていたことを話した。

 丸山は、最初このことが信じられなかったが、彼に、78年前に戦争が終わり日本が負けたことや、昭和から平成、令和と2回の代替わりが行われたことを話し、それに驚く彼の様子を見て、記憶喪失になっているのではなく、死んだという日にちから先の記憶がもともと無いのかもしれない。あるいは、本当に過去から来たのかもしれないと思うようになっていった。

 日向も、すぐ傍に立つホテルの建物の大きさや、整えられた樹木、駐車場に止まるピカピカに磨かれた車を見て、いくら本土から離れた沖縄とはいえ、全く別世界に来たような気がし、自分にとっての未来の日本に来たのではないかと思うようになった。


 二人が話すうちに人通りが増えてきて、彼らを怪訝そうな目で眺めながら、通り過ぎていった。なかには、少しいやな顔をする老人もいた。丸山は、そんな周囲の雰囲気に気が付き、

「おい、お前、なんか匂うな。風呂はいつ入った。それにその恰好、昔の軍隊の服だろ。目立つからヘルメットを取れよ。沖縄の人の中には、昔の軍服を見ると戦争中のことを思い出す人もいるから、着替えた方がいいな。まずは、服を買おう。お前、金持ってるか。」

と、言った。

 日向は、鉄兜と帽子をとり、胸のボタンを開けると、首にかけていた巾着を取り出し、そこから古いお金を取り出した。「十銭」と刻まれた一円玉に似た銀色の硬貨五枚、靖国神社の鳥居が描かれた「五十銭」紙幣2枚、そして、聖徳太子とも違う、丸山が知らない昔の貴族(奈良時代の貴族、和気清麻呂)の肖像が描かれた「拾圓」紙幣1枚がでてきた。


「隊の中では、金を使うことがあまりないから、給料の大半は、家に送ってもらっていたんで、これだけしかないが、これだけあれば、服くらい買えるだろ。」

と、言って、手のひらにお金を広げて見せた。丸山は、初めて見る硬貨や紙幣ばかりで驚いたが、すぐに、馬鹿なことを聞いたと反省した。過去から来たなら、今のお金を持っているはずがなかったのである。しかたないので、丸山は、とりあえず、自分の服を貸すことにして、日向をホテルにつれていくことにした。


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