※ 第11話 思い上がった末路(3)
『ぎッ⁉︎ がぁ……っ』
鈍く重い音と短い悲鳴が部屋に響く。
まるで大木を殴ってるみたい。
魔神の体に棒を叩きつける度に衝撃が私の体を痛めつける。
けど、止まれない。止まる訳には行かない。
「アガレス……アガレス……っ」
何度も何度も、アガレスの頭を、肩を、お腹を叩く。
『ぐぅ、ふっ……!』
苦痛に歪むアガレスの顔を見てると熱い衝動が胸の内から湧き上がってくる。
もっと鳴かせたい。
屈服させたい。
支配したい。
あぁ、こんな事を思うのは何度目かしら。
演技だって分かってる。
流れる血も幻覚だって分かってる。
本当に……私はなんて愚かで浅ましい女なのか。
私はただアガレスが己の欲を満たす為の舞台装置でしかないというのに。それでも……
「アガレス……!!」
『がはっ! はーっ、はーっ……』
アガレスは私の一撃を食らう度に大きく息を乱す。
許しを乞う目線にサディスティックな欲が満たされていく。
認めるわ。
私は人の上に立ちたい。
支配したい。
弱い癖に欲望だけは一丁前なクズでカスで愚かで最低な存在……それが私だ。
「……ふふ」
別にヒーローや主人公になれるとは思っていなかったけれど
「あはは」
まさかこんな典型的な悪役みたいな性根だったなんてね
「あはははははははははは!」
『クフフ……良いよぉ。やっぱりボクの見立てに狂いは無かった!
エレナが自分の欲望に素直になればボクはもっともっと気持ち良くなれる!
ほら、もっと殴って! もっと苦しめて!
ボクを人間以下の存在に貶めてよっ!』
「えぇ、勿論。そのつもりよ」
そう答えた私は笑っているのかしら?
それとも泣いているのかしら?
……どっちでも良いわね。
これが私の本性なんだもの。
本当の私を肯定して受け入れてくれる存在なんてアガレスぐらい。
だから……精一杯苦しめてあげるわ。
『ぐぇ……っ⁉︎』
「ほら、もっと口を開きなさいよ」
私はアガレスの口を開かせて火かき棒を突っ込んだ。
そして体重をかけて少しずつ喉奥へと押し込んでいく。
アガレスの目尻からは涙が流れる。
「苦しい? ねぇ、苦しい?」
アガレスは不明瞭な声を上げるだけ。
ただ涙を流しながら必死に耐えている。
この程度で死ぬ奴じゃない事は知ってるけど、こんな経験は滅多に無いでしょう?
少しは楽めると良いわね。
やがて火かき棒は根本までアガレスの体内に収まった。
口から赤い血が流れる。
『げほっ……かひゅーっ』
咳き込む度に口から血が溢れる。
あぁ……なんて綺麗な表情をするのかしら。
なんて媚びるような目で私を見るのかしら。
私の心の中にドス黒い炎が燃え上がる。
「アガレス……」
名前を呼んで頬を撫でる。
『うひひ……』
何よそのムードの欠片も無い笑い声は。
雰囲気が一気に消し飛んでしまった。
その空気を察してかアガレスは自分で拘束魔法を壊し、自由になった両手で自身の口から生えている火かき棒の持ち手を掴む。
『んえー……』
そしてそのままズルズルと火かき棒を引っ張り出した。
唾液と血液が混ざり合った液体が床に飛び散る。
「……え、その血は本物? 早く拭かなきゃ……!」
『まぁ、体内に入ったら多少はね?』
そうは言ってもダメージを受けている様子は無い。
本当に中に入ったから体液が付着した、という程度なんでしょうね。
案の定と言うかやっぱりと言うか……
殴打による傷や出血は綺麗さっぱり無くなっていた。
「まったく……アンタが望んだ癖になんで自分で雰囲気ぶち壊すのよ」
『いやぁだって……ねぇ? 幾ら死なないからって火かき棒を口に入れてぶっ刺すなんて……クフフ、嬉しすぎて笑いが抑えられなかったよ』
「あっそ。こっちの火かき棒はお亡くなりになったけどね。こんなグニャグニャに……」
『突っ込む方が悪いよ』
「分かってるわよ。はぁ……」
まさか私の本性がこんなに残虐だったなんて……明日からキャロにどんな顔して会えば良いのかしら。
※※※※※
「エレナちゃん暗示かかっちゃってるねぇ」
「……え?」
翌朝、教室で挨拶してきたキャロに手を掴まれて人通りの少ない空き部屋に連れて来られての第一声がそれだった。
「暗示って……」
「デーモンちゃんにかけられたんじゃないかな」
「……アガレスぅっ!!」
『え、ボクの名前言って良いの?』
「……………oh」
やってしまったわ。
「キャ、キャロ様……今言った事を忘れて頂く訳には……」
「無理かなぁ」
「そうよね……」
「何か困ってるなら話して欲しいな?」
「うぅ……」
言っちゃいけないのは分かってる。
面倒な事なキャロを巻き込む事になるのも分かってる。
けど、こういう時のキャロは絶対に退かないし、必要ならミレス先生にも聞きにいく。
……どうせ怒られるなら自分から話すのがせめてもの誠意って奴よね。
私は暗示の解除と筋肉痛その他諸々の治療をしてもらいながら、アガレスを召喚してから昨日までの出来事を全てキャロに打ち明けた。
「そっかぁ、デーモンちゃんじゃなくてアガレスちゃんだったんだねぇ」
「その、この事はどうか御内密に……先生には私から言っておくから…‥!」
「うんうん。分かったよ」
「ありがとう……!」
これで大丈夫。
キャロは約束は破らない。
「それで、その……私に掛けられた暗示ってどんなものなの?」
「そんなに強いものじゃないよ。試合前に、勝つぞー!っていう気持ちを大きくしたり、勉強するぞー!って気持ちを大きくしたり。
昨日の話だと、アガレスちゃんを楽しませようと張り切っちゃった感じじゃないかな」
「じゃあ……誰かを傷付けて喜ぶのは私の本性じゃないって事?」
「それが本命では無いって感じかな。
エレナちゃんは支配欲って表現してたけど……それは傷付ける事と=じゃないでしょ?」
「そう、なのかしら……」
「エレナちゃんは支配したい欲求があるだけで他人を傷つけたい訳じゃないと思うな。
お仕置きするのはあくまで手段っていうか。
んー……もしかしたら支配欲よりもっと浅い感情かもだけど」
「あ、浅い……?」
「うん。承認欲求を満たしたい、とか優秀な人にマウント取りたい、とか」
うわっ…私の願望小物すぎ……?
「過激な事をする時ってダメージを受けないアガレスちゃんに求められたり命令された時だよね?
エレナちゃんが自主的にやった事ってアガレスちゃんに首輪を付けて鎖を繋いで引き連れるっていう……そっち系だし」
「そう、ね……?」
「アレって、見なさい!悪魔を使い魔にしたわよ! とか、私はこの悪魔より偉いのよ! っていう自己顕示欲から来るものだと思うの。
本当に傷付ける事を喜ぶ人だったら、あの場でアガレスちゃんを殴ったり魔法で攻撃してるんじゃないかな」
「……たし、かに?」
「今までの事を思い出して。
今までエレナちゃんはどんな事にドキドキしたの?」
「私、は……」
思い出す。
首輪に繋がれて羞恥に染まる顔。
屈服して契約を口にした時の表情。
涙目で睨みながらで必死に耐える姿。
もっとして欲しいと媚びる目線。
全て演技だとしても、どれもこれも胸が高鳴るものばかり。
「……そうだ、私が高揚したのは傷付けた時じゃない。
アガレスが私に屈した時、私の方が上だって思えた時に私の心は満たされていた……」
「うん。それが本当のエレナちゃんなんだよ」
「あぁ、良かった……っ、私は誰かを傷付けて喜ぶ異常者なんかじゃなかったんだ……!」
「え、いや……肉体的苦痛を与えるか精神的苦痛を与えるかの違いだからどっちも悪いよ?」
「あっはい……」
「でも……自分の望んでる事とそうでない事が整理できたのは良い事だと思うよ。
エレナちゃんのやりたい事は……相手の同意があればまぁ……範疇だし?」
「そ、そうなのね?」
「だからアガレスちゃんもエレナちゃんに拷問紛いの事はやらせないでね?」
『は? 人間の分際でボクに指図するの?』
ちょっ⁉︎
「アガレス! キャロに手出したら怒るわよ!」
『エレナが怒った所で……』
「ぐぬぬぅ……!」
「分かってないなぁアガレスちゃんは」
『……なに?』
「アガレスちゃんは魔神だから人間に傷付けられる事が一番の屈辱だと思ってるみたいだけど……それよりもっと屈辱的な事があるって言うのはエレナちゃんと過ごして分かってるでしょ?」
『……まぁ椅子代わりにされた当初はね』
「ふふ、エレナちゃんの好きにさせてあげたらもっと楽しめると思うよ」
『ふんっ、まぁ飽きたらまた脅せば良いだけだし……暫くはその精神的苦痛って奴で我慢してあげるよ』
凄い。アガレスを説得しちゃった。キャロってやっぱり天使なんだわ。
「それにしても……よく私の願望とか分かったわね。
自分でも分かってなかったのに」
「時々ぶつぶつと言ってたからね。
シーラを水着メイドにして奉仕させてやる〜とか、私を笑った奴全員跪かせて足を舐めさせてやる〜とか。
だからそういう事が好きなのかなって。
……もしかして口に出してる自覚無かった?」
なるほどねーーーーーーー!
死にたい。死のう。
「……殺して」
『楽しめそうなオモチャを壊すのは嫌だなぁ』
「……………ゔぅっ!!」
『ガチ泣きだぁ』
「わわ、誰にも言わないから大丈夫だよー?
ほら、お鼻チーンして」
「ズビビッ……うぅ……」
「うーん、泣き止まないねぇ……あ、そうだ! 一個だけエレナちゃんのお願い聞いてあげる」
「ひぐっ……なんでも?」
「私に出来る事ね?」
「……………じゃあ、派手な下着禁止。解釈違い」
「……そ、そっかぁ」
私のお願いにキャロは困り顔。
……困り顔?
……え、困っ………………………えっ………???
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます