※ 第10話 思い上がった末路(2)
サンドラさんは大学で召喚術を専攻している。
精霊召喚に限らず、天使召喚や悪魔召喚……更には式神や霊魂などの変わり種な召喚術も学ぶ召喚マニアだ。
一つ一つの熟練度は低いそうだけど知識量は凄まじく、私も何度もアドバイスを貰っていた。
召喚士としても、一人暮らしの先輩としても私を気にかけてくれるお姉さんのような存在だ。
「気分はどうですかー」
そんな事を考えていると頭上から別の声が聞こえた。
服装からしてサンドラさんが呼んでくれた救急回復術師の人でしょうね。
「大丈夫です」
「それは良かった。でも一応、念の為。これ飲んでくださいね」
そう言って差し出された薬瓶を受け取る。
うーん、これ苦いのよね……でも文句言える立場じゃないし……
サンドラさんに抱き起こされながら覚悟を決めて、その薬をグイッと飲み干す。
すると口の中に広がったのは……何とも言えない味だった。
「うげぇ……」
「良薬口に苦しと言いますから我慢してください」
「はい……」
「ふぅ……回復魔法もかけましたし、診断した限りでは命に別状はありません。
ですが体調が優れなかったり違和感を感じた時にはすぐに病院に行ってください」
「はい。お騒がせしました……」
ぺこりと頭を下げると救急回復術師のお兄さんは「いえいえ」と言って去って行った。
「ふぅ〜……取り敢えずは無事でよかったでござる。
しかし何故にあのような事に? いや、十中八九エレナ殿の使い魔にやられたのでござろうが」
「はい、正しくその通りで……」
「危害を加えないという契約は結ばなかったのでござるか?」
「あ〜……契約に抜けがあったらしくて悪戯は防げないんです」
「悪戯の域を越えているでござるよ!」
「それは……危なくなる前に助けてくれた筈です。いつもそうですし」
まさか使い魔契約が出来てないとは言えないので必死に言い訳する。
思いが通じたのか、それとも呆れられたのか分からないけど、サンドラさんは溜め息一つで契約に関する追及は止めてくれた。
「まったく、今回は偶々運良く拙者が間に合ったから良かったものの、下手すれば死んでいてもおかしくなかったのでござるよ」
「すみません……」
「……まぁ過ぎた事を言っても仕方がないでござる。
しかし次に何らかの危害を加えられたらすぐに拙者や学校の先生に相談するでござるよ?」
「分かりました。本当に困った時は相談します」
「約束でござるよ」
「はい」
「うむ。しかし……インプすら召喚出来なかったエレナ殿がいきなり上級デーモンを召喚するとは……大進歩でござるな!」
やっぱりアガレスの魔力量は誤魔化せられないわね。
流石に魔神とまでは思ってないようだけど。
「えぇ、まぁ……裏技的な奴を使ったら呼べちゃいました」
「裏技⁉︎ ど、どの様な物か聞いても……⁉︎」
「そんなに珍しい物じゃないですけど……自分の血を供物に混ぜたら大物が来ました」
「なるほど、自分の血を……」
そう、例えばサンドラさんの胸元にベッタリと付いてる私の鼻血と、か……
「あぁっ⁉︎」
「ど、どうしたでござるか⁉︎」
「サンドラさんの服に……私の血がっ⁉︎
ご、ごめんなさい! 弁償します……っ」
「あぁ、気にする事はないでござるよ。
ジョギング用の使い古した運動着でござるから。
そろそろ新調しようと思っていた所でござる」
「そ、そういう問題では……」
私が申し訳なさそうにしているとサンドラさんはクスッと笑みを漏らす。
「本当に気にしないでほしいでござる。
勝手ながらエレナ殿の事は妹のように思っています故。
それより使い魔への対処を考えるのが先決でござろう」
「それに関しては……自分で何とかします」
流石にアガレスの事にサンドラさんを巻き込めない。
「大丈夫でござるか?」
「これでも悪魔使いの端くれですから」
「う〜むむ……」
サンドラさんはまだ納得がいかないようだ。
「あの、何かあったらサンドラさんに真っ先に相談しますから」
「……約束でござるよ?」
「はい」
「はぁ……分かったでござる。夜も遅いし今回はこれで解散とするでござるよ。
くれぐれも、無茶はしないようにお願いするでござる」
「はい。今日は本当にありがとうございました。
サンドラさん、お休みなさい」
「うむ。お休みでござる」
サンドラさんはそう言うと私に背を向けて隣の部屋に帰って行った。
その姿が見えなくなるまで手を振って……覚悟を決める。
正直アガレスが待つ部屋に戻るのは怖いけど……悪魔使いとして、何よりアガレスを呼んでしまった者とし逃げるわけには行かない。
私は意を決して扉を開き、アガレスが居るであろう部屋の中へと足を踏み入れた。
「……ただいま」
『お帰り。運が良かったね』
アガレスは宙に浮いて私を見下しながら返事を返した。
いつもの軽口も軽薄な笑顔も無い、私の首を絞めた時と同じく冷めた目付きのままだ。
「アガレス……ごめん! アガレスに対して不誠実だっ……⁉︎」
お腹に衝撃を感じた瞬間、足が地面から離れて私の体は数メートル後ろに向かって吹き飛ばされていた。
「がはっ……」
背中に受けた強い衝撃に息が詰まる。
一瞬意識を失いそうになったけど、すぐに痛みによって引き戻された。
「かはっ、げほげほっ!」
咳き込みながらも体を起こすと……目の前には無表情のアガレスが立っていた。
『利用価値の無い人間の分際でタメ口とか舐めてんの?』
「ご、ごめんなさい……」
恐怖で体が震える。
逃げたい……今すぐここから逃げ出したい。
だけど……駄目だ。自分が召喚した悪魔とその責任から逃げ出したら本当に悪魔使いとして終わってしまう。
「アガレス、様……許してください……っ」
『脱げ』
「え……?」
『聞こえなかった?』
「い、いえ……っ!」
私は慌てて服に手をかける。
慈悲を求めて半端な事はしてはいけない。
下着も含めて全てを取り払い生まれたままの姿になると、アガレスは相変わらずの無表情で次の指示を出してきた。
『土下座』
「はい……」
冷たい床に額を押し付けて土下座の体勢になる。
死への恐怖の前には羞恥や屈辱なんて考えていられない。
『ふん』
「ぷぎゅっ⁉︎」
後頭部を踏まれて顔が地面に押し付けられる。
『ボクと対等な……いや、奴隷と主人の関係だと思ってた?』
「いいえ! 滅相もありません!」
グリグリと顔を靴底で踏み躙られる。
『さっきも言ったけどさ……ボクはエレナの支配欲やサディストな所が気に入ったから、それでボクの望みを叶えてる内は大人しくしててあげようって思ってたんだよ?』
頭を踏む足に力が込もる。
『確かに最初は縛られて椅子にされる屈辱感に興奮も満足もしてたよ?
エレナも勉強出来る時間が増えて万々歳……でもね、ずっとそれで済ませようってのは舐めすぎじゃない?』
「申し訳ございません!
もう二度とアガレス様の不興を買うような事はしないと誓います……だから、どうか……っ」
『二度は無いよ?』
「はいっ!!」
『本当に分かってる?』
「勿論です! もう絶対にアガレス様の意志を違えたりしませんっ!」
『じゃあ、さ』
そう言ってアガレスは足を退けて、私の前髪を掴んで上を向かせる。
『暴力を振るった悪い悪魔にはお仕置きが必要だよね……マスター?』
カランッと音を立てて転がってきたのは以前にも使った火かき棒。
あぁ、なんて悪魔だ
私のプライドを根本からバキバキにへし折った直後にサディスト役をやれ、だなんて。
けれど、今の私に拒否権は無い。
「ば、バインド!」
私の拘束魔法によってアガレスの両手両足が大の字に鎖で繋がれ、その動きを封じる。
「はぁ、はぁ……」
『最後に命令するよ。
難しい事を考えるな。
感じた衝動を抑え込むな。
自分の気持ちに言い訳をするな。……分かったら始めて良いよ』
「……っ!」
その言葉に背を押されるように……私は火かき棒を握り締めてアガレスの頭部に振り下ろした。
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