※ 第9話 思い上がった末路
放課後、家に帰ると案の定アガレスが物欲しそうな目で絡んできた。
『エレナ〜?』
「はいはい、ちょっと待ってなさい」
私は予め用意してあったロープを手に取り、アガレスを手招きする。
「腕を後ろで組んで跪きなさい」
『えぇ〜…何するのさ……っ!』
高揚感を隠そうともしない声音と共にアガレスは私の命令通りに動いた。
「説明する必要ある? さっさとしなさい!」
『うぁっ⁉︎ や、やめろよぉ……っ』
動いたら縛れないのを分かっているからか、口だけで抵抗するアガレス。
自分の欲望を満たす事には気が効くんだから。
私はロープでアガレスの手足を縛っていく。
縛り方なんて分からないからグルグル巻きで雁字搦めにしただけだけど……正しく縛ってもアガレスには意味無いしね。
『くぅっ、魔法じゃなくてただのロープで縛られるなんて……っ』
悪かったわね。初級魔法でも魔力消費キツいのよ。
さて、最後にハンカチをアガレスの口に詰めてロープを巻けば……猿轡も完了、と。
「これで良しっと。えい」
『んぐぅっ⁉︎』
アガレスの肩と頭、膝を床に着かせてお尻を高く上げた姿勢に変えさせる。
私は本を持ちながらそのお尻にゆっくりと腰掛けた。
『んぐっ! んー!!』
「はいはい、暴れないの」
揺ら揺らと揺れるアガレスのお尻をバチンッと叩いて大人しくさせる。
相変わらず表面は柔らかいのに芯の部分は魔神らしい頑強さなので手が痛い。
棒か何か用意すれば良かった……
ただ、これでアガレスに意図は伝わったのか、以降は人間の椅子としての屈辱感に浸っているみたい。
ふふん、これならアガレスの要求を満たしつつ、静かにさせた上で勉強もできる……我ながら完璧な作戦ね!
「魔力障壁は基本的に無属性魔法ではあるが、属性を纏わせる事も可能。
特に効果があるのが純粋に硬度が増す光属性や物理的に障害物を増やす土属性や草属性。
勢いを減衰させる水属性や、即座に凍らせられるなら氷属性も有効。
逆に炎属性や雷属性は防御には不向き……」
『んーーーっ!! んーーーーーっ!!!』
「うるさい」
『んごっ!?』
私はくるりと反転してアガレスの後頭部を踏みつける。
そしてグリグリと床に押し付けるように踏み躙った。
「アンタは黙って私に踏まれてればいいのよ。分かった?」
『んん……っ』
「よろしい」
私は満足気に足を退かす。
アガレスは若干涙目になってたけど、顔赤いし息も荒いから興奮してるわねこれ。
「ふぅ、こんなものかしら……」
二時間後、一通りの勉強を終えた私はパタンと本を閉じた。
『んーっ! んーーっ!!』
「はいはい、お疲れ様」
私はアガレスの拘束を解いてあげる。
……いや、解いてあげようとした。
けれど乱雑にグルグル巻きにしたそれは中々解けず……
「……千切って良いわよ」
『んっ』
アガレスに自分で引き千切って貰った。
あぁ勿体ない……縛り方も勉強した方が良さそうね。
『ぷはっ』
「満足した?」
『うん! 肉体的な責めは演技が大事だけど精神的な責めは結構素で楽しめたかな。
本当にボクが動けないぐらいの拘束だったら文句無しなんだけど』
「無茶言わないでよ」
ともあれ、この方式はお互いにとって非常に有益だと分かった。
今後はアガレスを椅子にする事で勉強時間も確保できるわね。
その日からアガレスへの責めは一本化した。
縛って、座って、放置する。
そうすればアガレスは満足して、私も勉強に集中できる。
けれど人は慣れてしまうもの。
慣れる……の結果は人によって様々だろうけど、私の場合はそれが惰性として出てしまった。
「……え?」
『どうかした?』
「……なんでもないわよ」
私は今日もいつも通りに後ろ手に組むように命令する。
すると、アガレスは大人しく私の命令に従った。
けれど、今までと違ってその瞳には愉悦の感情は無く何処か冷めたような……或いは軽蔑するような視線だった。
『……縛って何するの?』
「何って……何時も通り椅子になるのよ、アンタが!」
『そっか……飽きたよ』
「ぐ……っ⁉︎」
次の瞬間、アガレスに首を絞められていた。
忘れていた
甘かった
アガレスは従順な奴隷じゃない。
私に逆らえない弱者でもない。
寧ろ私なんていつでも殺せる存在で、その気になったら碌な抵抗も許さない魔神なんだ。
『アハハッ! どう? 首を絞められる気分は!』
「く……うっ!」
私は必死に抵抗する。
けれどそれでどうにかなる訳も無く、徐々に意識が遠のいていく。
「アガ……レス……」
『苦しいよねぇ? 助けて欲しい? でもダメだよ。
エレナが自分の支配欲に振り回されて、解放して、愉悦に浸って責めてくるからボクも楽しめてたのに……なのにさ、最近はおざなりになって全然気持ち良く無いんだよね』
「うぐぅ……げほっ」
『そんなつまらない事ばっかりするならさ、もう要らないよ』
「かは……っ⁉︎」
アガレスの手に一層の力が込められて、私の意識はそこで途絶えた。
※※※※※
「……むぐぁっ⁉︎」
落ちる……!
目を覚ますと同時に視界に入った逆さまの風景にパニックになるも、いつまで経っても下には落ちず前後左右にブラブラ揺れるだけ。
そこで私は自分が猿轡を噛まされて、逆さまに吊り下げられている状態だと気付いた。
こんな事をするのはアガレス以外にありえない。
なんて事を……とも思うけど、あの様子では殺されなかっただけで御の字ね。
……いや、このままだと死ぬけど。
早くなんとかしないと……とは言っても私にはこの拘束魔法を解く術が無い。
「んんーーー!!」
だから助けを呼ぶしか無いんだけど……このアパートは人通りの少ない立地にある。
声が聞こえれば離れた場所からでも人が来てくれるかもしれないけど、猿轡を噛まされた身では不明瞭な呻き声しか出せない。
「んん……」
吊られてからどれぐらいの時間が経ったのかしら……
10分?
30分?
それとも1時間以上?
……いや、1時間も吊られてたら死んでるわね。
もう時間の感覚すら曖昧で、体力も尽きてただジッと待つ事しかできない。
「んが……」
ヤバい、鼻血が出てきた。
呼吸がし難い
頭も痛い
視界が霞んでくる
このままじゃ……
「ややっ⁉︎ エレナ殿、そこで何を⁉︎」
朦朧とする意識の中で聞き慣れたハイテンションの声が響いた。
「すぐに助けるでござる……! えーっと、この拘束魔法は闇属性であるからして……よし」
その人は周りに聖水を振り掛け、すぅっと深く息を吸い込んだ。
「蒼穹の絢爛なる蒼天より聖なる光の輝きを招き寄せん。
遥かなる天の彼方より来たれ、天使よ。
我が呼び声に応え、この地に姿を現したまえ。
我が願いを叶えん為、我に天使の力の一旦を与えよ……天使召喚!」
眩い光と共に現れたのは白い翼を生やした金髪碧眼の少女。
その手には真っ白い刀身の剣を持ち、その身に纏った純白の鎧はまるで後光が差しているようだった。
「天使殿、あの少女を縛る鎖を断ち切ってくだされ!
くれぐれも鎖だけでござるよ!」
『承知しました』
天使はゆっくりと宙を舞い、一瞬にして私の身体を縛っていた鎖を切り裂いた。
「おぉっと! 流石は天使殿。見事な太刀筋でござる」
「んん……」
落下する体をござる口調のお姉さんに抱き留められる。
それまでの疲労とダメージ、そして安心感からか今度こそ私の意識は暗転した。
「ん……」
「おぉ、目を覚まされましたか!」
目を覚ますと目の前に件のお姉さん。
どうやら膝枕をしてくれていたらしい。
前髪と分厚い眼鏡で分かりづらいけど素顔は美人である事を知っている。
何故なら……
「ありがとうございます……サンドラさん」
このサンドラ・フロレスさんは私のお隣さんなのだから。
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