第8話 授業
昨夜は取り乱したけどどうにか切り替えて今日も登校。
昨夜よりは落ち着いている……と思う。
昨日ミレス先生に怒られたばっかりなのでアガレスには首輪も四つん這いもさせていない。
アガレスも昨日のプレイで余程満足したのか、今のところ大人しい。
「お、おはよっ! エレナちゃん!」
「おはようキャロ。今日は元気そうね?」
「そ、そうかな……! エレナちゃんも隈薄くなってるけどちゃんと寝れたのかな?」
「あー……昨日コイツが勉強の邪魔してきて疲れたから早く寝ちゃったのよね。勿体無い」
『ボクが居なかったらマスターはまた寝不足になってたね。感謝してよ』
「うっさいわね」
「クライドさん」
「あら、ドリス。おはよう」
「おはようございます。少々お時間宜しいでしょうか?」
「良いけど……どうしたの?」
「悪魔について独自に調べてみました。補足や訂正等あればと思いまして」
「あぁ、悪魔使いの事を教えるって言っておいてほったらかしにしてたわね……お詫びって訳じゃないけど答えられる事には答えるわ」
「ありがとうございます。まず最初の質問なのですが……デーモンとは何ですか?」
「デーモンね。うーん……その他?」
「その他……ですか?」
「そう、その他。インプやサキュバス、ザントマンと言った特定の性質や固有名詞が無い悪魔の総称がデーモン。
だからデーモンと言っても強さはピンキリで、弱い奴ならインプに毛が生えた程度の奴も居るわ。
逆に強い個体だと本当に強い……中には魔神に匹敵する実力者も居るらしいわね」
「そういう者が俗に言うアークデーモンやデーモンロードと呼ばれる個体という訳ですね?」
「そうそう。強い弱いも異形も人型もみんなひっくるめてデーモンって呼称するから最初は混乱するのよねー」
「なるほど。後は……先ほど魔神と称しましたが、それは魔王と呼ばれるルシファーやベルゼブブと呼ばれる悪魔達とどの様な違いがあるのでしょうか?」
「詳しい事は私も分からないけど……強いのが魔神でヤバいのが魔王、かしら。
魔神はめっちゃ強いけど顕現する時は大体単騎だし、好き勝手に暴れるのが目的みたいな所あるし。
でも魔王はヤバい。明確に侵略の意図を持って軍勢率いてるしね。
だからそこ万全の準備をしてからじゃないと人間界に来れないんだけど」
「確かに……人間にとっては魔王の方が危険度は高そうですね。
かつては魔王に支配されていた時代もありますし」
「そうそう、魔王とはちょっと違うけど七つの大罪って言われる……」
「おはようございます。チャイムが鳴りましたよ。皆さん席に着いてください」
「あ……すみません、失礼しますね」
「ごめんなさい、つい話し込んじゃったわね」
「いえ、大変勉強になりました。また後日」
「えぇ、じゃあね」
そうしてドリスは自分の席へと戻っていった。
……ちょっと早口だったかしら?
「……エレナちゃん生き生きしてたね?」
「そりゃあ、こんなに悪魔関連の話が出来る人ってお婆ちゃん以外では初めてだもの」
「ふーん……私も悪魔使いにちょっと興味出てきたかも?」
「本当に⁉︎ キャロになら幾らでも教えるわよ!」
「クライドさん、静かに」
「あっ……ス、スミマセッ……!」
「クスッ……エレナちゃん可愛いね」
「ぐぬぬ……」
「はい、それでは授業を始めますよ」
そして今日もいつも通りの授業が始まった。
私はキャロと一緒にノートを取りながら、先生の話を聞いていく。
ちなみにミレス先生の専攻は魔法戦術学だ。
「このように大型の鬼系……オーガやサイクロプスといった魔物の多くは頑強で力も強く、闇雲に攻撃しても倒せません。
ですがその多くは頭部に長い角が生えており、そこに強い衝撃……もしくは電撃を浴びせれば高いダメージを与える事が出来ます。
最も、サイクロプスに関しては巨大な眼球という弱点もありますが……中には兜を被って対策している個体もいるので、やはり角を狙った戦術を前提として行動した方が良いでしょう」
ですが……とミレス先生は一息。
「もし勝てない、危険だと判断した場合は?」
「逃げるか、助けを呼ぶ。あるいは……降伏します」
「はい、正解です。人であれ魔物であれ知性のある相手であるならば降伏も選択肢の一つです。
無論、安全を保証された捕虜としての生活はまず望めませんが……死ぬよりはマシと考えましょう」
ミレス先生は戦術論を教える時には決まって勝てない場合の行動を言い聞かせてくる。
そしてその度に顔に影が差し、長袖の服で隠された体を抱きしめる。
何があったか、どんな体験をしたのかは分からないし詮索する事でもないけれど。
それでも、ミレス先生の悲しそうな顔は余り見たくないわね。
※※※※※
「はい、今日はね。大戦のお話をしていきましょうか」
所変わって次の授業。
ラクール先生による歴史の時間は私の一番好きな時間でもある。
というのも、この人はおっとりしていて優しいエルフのお爺ちゃんだけど、ただ教科書をなぞるだけの授業じゃない。
毎回その時の様子や背景を織り交ぜて分かりやすく、時には面白おかしく説明してくれるからだ。
ヨボヨボになるまで長生きしてるエルフだから、もしかして実際にその目で見てきたのかもしれない。
「かつてこの世界は三度に渡って特定の種族が支配してきた時代がありました。
まず最初の支配者と時代は……ラフォレーゼ君」
「はい、先生。最初の支配者は4000千年前のドラゴンです。
それまでは強大ではありつつも、群れを作らず単体で生活していたのですが、突如現れたドラゴンロードにより結束し、他の生物達を支配しました」
「はい、ありがとうございます。当時は支配……と言いつつも、正確には他の生物は単なる食料扱いでした。
気が向いたら食うから抵抗するなよ、という支配です。
そんな時に立ち上がったのが人間の英雄、クロス。
そして巨人族の英雄、ガルガンです」
巨人王ガルガン……この伝説は絵本や小説の題材にもなっていて、この国でガルガンを知らない人は居ない。
「クロスは人間達を説得し武器や鉄を集め、それらを溶かして巨人用の武器を作りました。
元々仲の良い相手では無かった巨人に武器を作る事への反発もありましたが……ガルガンはクロスの想いに応え一頭のドラゴンを打ち倒しました」
そこでラクール先生は遠い目で窓の外を見つめた。
いや流石にその時代から生きてはいないはずだけど……
「当然ドラゴンロードは報復に出ます。
しかしドラゴン討伐の報せは瞬く間に世界中へと広がり、多くの人間と巨人が立ち上がりました。
その多くは小規模の軍勢であった為に各地のドラゴンに蹴散らされはしましたが……彼らの蜂起により確実にドラゴンロードのリソースは割かれ、結果としてクロスとガルガンの命を救いました」
そして……と私達を見回しながら先生は続ける。
「それに応えるように他の種族……エルフやドワーフ、獣人や人魚。
ゴブリンやオーク、吸血鬼。
更には悪魔や天使を率いる魔王や熾天使までもが反ドラゴン同盟に参加し、遂にドラゴンロードを討ち倒しました」
魔王まで……⁉︎ とどよめきが起こる。
この事実は偉い人にとって都合が悪いのか、絵本や本にはあまり書かれていない。
「何故我々とは違う世界に住まう魔王や天使が人間の味方となったのか……クライドさんは分かりますか?」
「はひっ⁉︎ は、はい先生!」
急に名指しされて慌ててしまう。
でも腐っても……いや腐ってないけど悪魔使い。
そこら辺の事情は把握している。
「熾天使が参戦した理由はワイバーンによる天界への侵入でした。
これは偶然天界との境目が大きくなった時に近くに大型のワイバーンが飛んでいた事による事故ではありましたが……その事実は天使達を動かすのに十分な理由でした。
魔王が参戦した理由はもっと単純です。
私達の世界を支配するならドラゴンより人間と戦う方が勝算が高いからです。
ドラゴンに支配された状況では自身が侵略しても敵わないと判断したのです」
決まった……!
「正解です。そしてその判断の正しさは後の歴史が証明していますね。
さて、このまま第二の支配者の話と行きたい所ですがそろそろ時間ですね。続きは次の時間にするとしましょう」
そう言って先生は見た目に反したしっかりした足取りで教室を出て行った。
ほらクラスメイトの皆んな! アンタ達が知らない歴史をこの私が完璧に答えたわよ……!
いや、流石に声高に叫んだりはせずにふふんっ……と一人で悦に浸るだけだけど。
「エレナちゃん凄いねー」
そんな中でもキャロは天使だった。
「見直した?」
「エレナちゃんを見限った事なんて無いよ?」
あぁ〜自己肯定感が高まる〜〜〜!
「お顔ゆるゆるだねぇ」
ハッ⁉︎ いけないいけない……
ほっぺをむにむに揉んで顔を直す。
「さ、何時までも話してないで次の授業に行きましょ! 次の授業はなんだったかしら……」
「ミン先生の属性魔法だよ」
自己肯定感がガラガラと崩れ去った音がした。
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