※ 第7話 魔神との関係(2)

放課後、帰宅した私は机に向かい魔術書を広げる。

ここ数日はゴタゴタしてて勉強なんて出来る状況では無かったもの。


現状中級魔法どころか本業である悪魔召喚も成功したのはイレギュラーとも言えるアガレスのみ。

一人前の悪魔使いになるにはもっと精進しなくちゃいけない。

だと言うのに……



『エレナー、暇ー』



この魔神はまったく。



「お黙り! こっちは勉強してんのよ」


『まだ諦めてないの?』


「どういう意味よ!」


『いやぁ、明らかに才能無い感じじゃん?』


「ぐむ……ッ! それは……」



悔しいけど事実なので言い返せない。



「……確かに才能は無いのかもしれない。

でも初級魔法は使えるんだから0って訳でも無い筈よ。

まだ諦めるには早すぎるわ」


『ふーん……ま、良いや。おやつでも食べてよーっと』



意外とあっさり退いたわね? まぁ、しつこいよりマシだけど。

私は再び本に視線を落とす。

ページを捲って読み進めていく。



「……あれ?」



おかしい。

さっきまで読めていた文字が急に理解出来なくなった。

まるで頭の中で別の言語に変換されているみたいで……



「……っ! アガレスッ!!」


『なーにー?』


「私に変な魔法かけたでしょ!」


『うん。精神干渉系魔法の一種の認識阻害だよ。

他の悪魔がそれを人間にかけて発狂させてやった、って言ってたからボクもやってみようかなって』


「なんでよ!」


『暇だったから』


「この……!」



あぁ、そうか。

アガレスの狙いはこれか。

そうやって私を怒らせて責めさせようって腹ね。


……乗るのは癪だけど仕方ない。

どうせこのまま邪魔され続けるぐらいなら、コイツのせいで溜まったストレスも纏めて発散させてやるわ!



「バインド!」


『うっ……拘束の仕方ワンパターン過ぎない?』


「これしか使えないのよ!」



アガレスは大の字に壁に磔にされている。

暴れられたら壁に穴が空くかもしれないけど……まぁ、そこは弁えてると信じたい。



「さぁ、覚悟しなさい。

私が満足するまで絶対に許さないからね」



苛立ちをぶつけるように、薄いお腹に向かって思いっきり拳を叩き込む。


ぺちん、と悲しい程に情けない音。

私の拳と肩に響く激痛。



『あっ……んぅ……?』



威力の弱さにアガレスのリアクションも迷い気味。

でも、負けない……!



「えいっ! えいっ!」


『んっ……ふっ……はっ……』



二、三回殴ったところで痛みが限界を迎え、拳を覆って座り込む。



「痛った……」


『ボクを生身で殴っちゃ駄目だって……』



く……っ!

こんなはずでは……!


確かに素手で殴っても私がダメージを食らうだけ。

かと言って腰を痛めている状態では棒でフルスイングは出来ない。


何か……体を動かさずにアガレスを痛め付ける方法……



「……そうだ!」



その場を離れて押入れの奥にしまっていたアレを取り出す。



「ふふん、これでどうかしら?」



私は持ってきたソレをアガレスに見せつける。



「これ、何か分かる?」


『……鉄の棒?』


「正解。正確には暖炉の灰や燃えがらを掻き出す時に使う火かき棒よ」


『それで叩くの?』


「甘いわね。これにはもっと良い使い方があるのよ」



私は深呼吸して集中し、手の平に魔力を溜めていく。



「広がる灼熱の波動を纏い業火より生命を躍らせんと欲する者よ。

溢れ出でし炎の力、焦熱の魔力よ。

私に宿りし者となり、我が意思と共に灼熱の苦しみを与えよ……熱魔法(ヒート)!」


『え、初級魔法でこんなガッツリ詠唱するの……?』



お黙り。私だって精一杯頑張ってるのよ。

魔力と集中力を注いで熱魔法を発動し続けて行くと、火かき棒が熱せられて真っ赤に染まっていく。



「ふふ……これは効くわよ」


『ま、待ってよ……それ絶対熱いヤツだよね? まさか……』


「誰がご主人様かたっぷり教え込んであげるわ」



私は灼熱の鉄棒を見せ付ける様にゆっくりと進ませ、アガレスのお腹に押し付けた。



『ギャアァァァァァァッ⁉︎』



ジュウ、と肉の焼ける音が聞こえてくる。



「ふふっ、良い声で鳴くじゃない」


『あ、熱いぃ……!』


「ほら、もっと泣き叫びなさい!」


『ひぃん! エレナぁ……やめてぇ……』



涙目になって懇願してくるアガレス。

その姿に私は興奮を覚えていた。

本当は効いてないって、演技だって分かってるのに……

それでも嗜虐心を煽られて、笑みを深くしながら更に強く押し当てる。



『あああああああああぁぁっ!!』


「うふふ、痛くて堪らないでしょう? やめて欲しい?」


『うん……』


「じゃあ私の言う事何でも聞く?」


『うん……うん……ッ』


「そう……なら許してあげようかしら」



そう言って火かき棒を離す。



『ハァ、ハァ……』


「さて、と」


『ひぃっ⁉︎』



黒焦げたアガレスのお腹に指を押し込むと、彼女は悲痛な声を上げる。 



「何を言えば良いか……分かるわよね?」


『…………』


「アガレス?」


『ご、ごめんなさ……』


「謝るのは当たり前でしょ?」


『もう、しないからぁ……ゆるじで……ください……』


「駄目よ。アガレスは私の勉強の邪魔をしたんだもの。

この程度で済む筈が無いでしょ?」


『そ、そんなぁ……お願いだから……許して……』



ボロボロと涙を流して懇願してくるアガレス。

その姿に背中にゾクゾクとしたものが背筋を走る。



「許してほしいなら……こう言いなさい」


『うぅ……』


「言わないとその舌を焼き切って一生許しを乞えなくするわよ?」


『うぐっ……ぼ、ボクは……エレナ様に……逆らい、ません……ふくじゅう……しま……す……』


「ふふ、よく言えたわね。偉いわよ」



そう言いながらアガレスの頭を撫でる。


ふぅ……私もスッキリしたし、これぐらいで良いでしょ。

拘束魔法を解くとアガレスはその場にペタンと座り込んで快感に震えている。

ただそれも数分で収まり、すくっと立ち上がった時にはもう火傷も焦げ跡も綺麗さっぱり無くなっていた。



「やっぱり幻覚魔法だったのね。焼ける音も似たような物でしょ?」


『まーね。臨場感たっぷりだったでしょ?』


「要らないわよそんな臨場感……」


『本当に?』


「は? 何がよ?」


『楽しかったでしょ?』


「……別に楽しくなんか無いわ」


『嘘つき』


「……うるさい」


『クフフ、素直になりなよ。殴る練習もしてないのに無防備な相手を自分の手が痛くなるぐらい本気で殴れる人間がどれだけ居ると思う?』


「うるさい」


『幾ら効かないからって焼けた鉄棒を押し付けるなんて発想、普通は出てこないよ。

しかもあんな悲鳴を聴いて、焦げ痕に指を押し込めて……それで笑顔になるんだもん』


「黙れ……!」


『サディストっていうよりサイコっぽいよね〜』


「黙れって言ってるでしょ!」



頭に血が上った私は火かき棒をアガレスに向かって振り下ろす。

けれど肩に当たったソレはその衝撃をダイレクトに私に返してきた。



「う……っ」


『怒んないでよ。これでも褒めてるんだよ?

クフフ、エレナに相応の実力があれば契約しても良いって思えるぐらいには満足してるよ、今」


「……勝手に言ってなさい。汗かいたからシャワー浴びてくるわ」


『行ってらっしゃーい』



服を脱いで浴室に入りコックを捻る。

冷たい水が全身に降り注いで火照りを鎮めてくれる。



「違う、悪魔を服従させる為の懲罰は悪魔使いにとって当たり前の事……ただ単に悪魔使いらしい事が出来て昂っていただけ。

誰かを傷付けたから喜んでた訳じゃない……人間が相手だったらそこまでしてない……っ」



自分に言い聞かせるように呟く。

けれど、人間とほぼ同じ姿をしたアガレスの悲鳴に、涙に、媚びて許しを乞う姿に……私は確かに興奮していた。



「怖い……っ」



私の呟きは、果たしてアガレスの耳に届いていたのかしら。


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