※ 第12話 魔神・ブエル
キャロに全てを打ち明けたあの日から一週間経った。
未だに下着の確認はさせて貰えてない。
一抹の不安は残るけど、おかげで改善した事もある。
『あむっ、むぐっ……』
「あらあら、口の周りがベタベタよ? 碌に食事も出来ないのね」
『くっ……!』
アガレスは床に置いた皿で食事をしていた。
手は使わず、直接皿に顔を突っ込む所謂犬食い。
しかも料理はデミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグ。
アガレスの顔はソース塗れになっていた。
血みたいでちょっと怖いわ。
キャロの提案通り、肉体的な責めではなく私好みの精神的な責めにシフトしたけど……今のところはアガレスも満足してるみたいね。
「ふふ、美味しい?」
『……不味いに決まってるじゃん』
「そう、じゃあお代わりはいらないわね。
代わりにこの前みたくキャットフードにしてあげるわ」
『……食べるよ。食べれば良いんでしょ……!』
「そうそう、素直が一番よ」
そう言って私はアガレスの口から垂れるソースを指で掬ってぺろりと舐める。
悪くない味付けだと思うんだけどなぁ……
口に合わないのか、それとも屈辱感を味わう為に不味い飯を食わされてる体での発言なのか。
『……ご馳走様』
「ご馳走様でした、でしょ?」
『ぷぎ……っ、ご、ごちそうさまでした……』
最後に頭を踏んで皿に押し付けるまでがワンセット。
一昨日それを忘れたら結構根に持たれた。
さてと、食器洗って勉強勉強っと。
※※※※※
「あふっ……あら、もうこんな時間?」
気づけば時計の針は深夜を指していた。
一応魔法理論については理解出来た……はず。
後はそれを実践出来ると良いんだけど。
夜更かししたらキャロに怒られるからそろそろ寝なきゃね。
「……え?」
ベッドに腰掛けようとした直後、すぐ近くに膨大な魔力が発生した。これは……?
『エレナ!』
珍しくアガレスが緊迫した声を上げる。
直後にメリメリ、という破壊音。
私は咄嵯に杖を手に取り、部屋を飛び出した。
「な……⁉︎」
そこに紫色の肉塊が聳え立っていた。
いや、正確には巨大な人型の何か。
顔と思われる部分には目も鼻もなく、代わりに大きく裂けた口だけがついていた。
ブヨブヨの身体の各所から触手を蠢かせている。
そんな紫の塊の中央部。
そこに白い物体が浮き出ている。
間違いない……あれはTシャツに包まれたサンドラさんのおっぱいだ。
美少女をプリントしたシャツに見覚えがある。
その両脇にニュッと生えている両手がパタパタと動いているので生きてはいるらしい。
「なに、コイツ……っ、サンドラさんはどうなってるの……⁉︎」
『アイツに取り込まれちゃったみたいだねー。
まだ生きてるしアイツをぶっ飛ばせば助かるんじゃない?』
『俺様をぶっ飛ばすだと……?』
私達の言葉に反応した肉塊が目の無い顔をこちらに向ける。
すると口が縦に大きく裂かれた。
『小娘如きに何が出来ると言うのだァ! この俺様に歯向かう愚かさを知れェ!』
そして口を大きく開けて叫ぶ。
鼓膜が破れそうな程の大音量。
ビリビリと空気が震え、壁が軋む。
『あれ、ブエルじゃん』
『え』
アガレスの言葉に肉塊は惚けた声を上げた。
ブエルって……
「72柱の魔神の一角⁉︎」
『そうだねー』
「いや、アガレスもだけどそう簡単に魔神なんて召喚出来ないでしょ⁉︎」
『なんでブエルが呼ばれたかなんて知らないよ』
「くっ……アンタさっきアイツぶっ飛ばせばサンドラさんは助かるって言ってたわよね⁉︎」
『うん』
「じゃあ倒して!」
『やってはみるけどさぁ』
『ちっ!』
アガレスが戦闘体勢に入るや否や、ブエルは巨体をボールの様に弾ませながら離れていった。
「……逃げた⁉︎ なんで⁉︎」
『ブエルってアレで回復系だからね。人間相手ならともかく、同じ魔神同士だと分が悪いって思ったんじゃない?』
「追いなさいよ!」
『めんどくさーい』
「っ、お願い……!」
アガレスの手を握る。
「魔神を放置したら大変な事になる……それにサンドラさんも私にとって大切な人なの!」
『……しょうがないなぁ』
「アガレス……!」
『舌噛むから喋らない方が良いよ』
「え? きゃあっ⁉︎」
私の身体が宙に浮かぶ。
アガレスが私の腰を掴んで雑に抱えたからだ。
そのまま一気に跳躍。
「ひゃああぁぁぁぁぁぁっ!!!?」
凄まじいスピードでブエルを追い掛ける。
元々の性能差か、ブエルが巨漢だからか……その差はグングンと縮まっていく。
そして巨体と私たちの影が重なろうという瞬間
『落ちろ!』
アガレスの拳がブエルを捉えた。
『ぐおおおぉっ!?』
狙ったのか偶然なのか、ブエルは無人の広場に墜落。
地面が陥没し、衝撃で砂埃が舞い散る。
『そーい』
「へ? きゃあぁっ!?」
私は放り投げられ地面に落下する直前、黒い瘴気のような物に包まれて減速し、優しく着地させられた。
「あ、ありがとう……」
『そこでじっとしててっ!』
アガレスは体を起こそうとしているブエルに猛スピードで突進していく。
『はぁっ!!』
『ぐおあぁぁっ⁉︎』
強烈な回し蹴りがブエルの顔面を捉えてて大きく揺らす。
『まだまだ!』
間髪入れずに追撃するアガレス。
両手に魔力が収束して漆黒の炎を形作る。
『カオス・フレイム!」
『ぐおおおおおおおっ!』
アガレスが両手をクロスさせて放った闇の炎はブエルの全身を包み込む。
凄い、幾らブエルがサポートタイプだからって同じ魔神をこうも一方的に……!
『がふ……っ⁉︎』
そう思ったのも束の間。
私の胴体よりも太い触手がアガレスの腹部を突いて弾き飛ばした。
そして痛みで反応が遅れたアガレスに無数の細い触手が襲い掛かる。
『う、ごけな……い……』
『くっく……生きてさえいれば幾らでも回復はできる。魔力は相応に使ったが』
四肢を拘束されて身動きが取れなくなったアガレス。
ブエルはゆっくりと引き寄せ、巨大な拳をその小さな体に何度も何度も叩き付ける。
『ぐぶ……がはっ……』
『このまま殴り殺してくれるわ!』
「アガレス!! この、放しなさい!」
得意の電撃魔法を放つ。
けれどそんな魔法が効く訳が無い。
逆に細い触手の一撫でで私の体は吹き飛ばされた。
『エレナ……っ』
『グフフフ……哀れだなアガレス。随分と魔力が減っているではないか。
人間界に来てから碌に魔力を補給していないと見える。逃げて損したわ』
……!
そうだ。
どうして今まで気付かなかった?
気にしてこなかった?
悪魔や天使、精霊等は魔法の行使は勿論、人間界に存在するだけで少しづつ魔力を消費していく。
通常は契約しているマスターから存在に必要な魔力を貰うけど……アガレスには契約しているマスターが居ない。
かと言って他者から魔力を奪っている様子も無かった。
つまり……アガレスは自分の魔力を切り崩しながら人間界に留まっていたんだ。
「アガレス……」
『くっ……あああああああ!!』
『ぐおっ⁉︎』
アガレスの雄叫びと同時に彼女を縛る触手が弾け飛んだ。
爆発かそれに準ずる魔法を使ったのね!
『エレナ、逃げて』
縛めから逃れたアガレスが告げた。
「……え? な、何言って……」
『人間を死なせたくないなら軍を呼ぶしかない!』
「そ、んな事出来るわけないじゃない……!」
『このままじゃ皆んな死ぬよ! サンドラも! キャロも! シーラもミレスも!』
「……っ、なんで今日に限って人間にそんな優しいのよ……!」
『ボクが我慢してるのにブエルに蹂躙されるのが気に食わないんだよ! ほら、早く!』
「く……死ぬんじゃないわよ……っ!」
私は踵を返して駆け出した。
後ろで爆音が鳴り響く。
振り向かずに必死に走る。
『逃がさんぞ!』
「きゃああっ!」
背中に強い衝撃。
私はまた地面の上を転がった。
『エレナ! クソ……!』
『魔力を失った貴様の身一つでこの無数の触手を防げる訳が無かろうが!』
「うぐっ……⁉︎」
ブエルの細い触手が私の身体を締め上げる。
ギリギリと骨が軋む音。
『エレナ!』
『この小娘がそんなに心配か? なら返してやろう!』
私の身体が放り投げられた。
いや、この勢いはもはや射出。
『ぐぅっ!』
そんな私をアガレスは極力優しく受け止めた。
けれど勢いを殺しきる事は出来ず、私達は絡まったままゴロゴロと転がり、壁にぶつかって止まる。
そして、細い触手が私とアガレスを纏めて絡めとった。
「ぎっ、あぁ……!」
『ぐうぅ……ッ』
『クヒヒッ、どうする? また魔法で吹き飛ばすか?
その時はこの小娘も一緒にバラバラになるだろうがな』
『く、そぉ……』
『クハハハッ! さて、では今度こそ死ね!』
「アガ、レス……っ」
苦しい
痛い
息ができない
視界が暗くなっていく
あぁ、アガレスの魔力が万全な状態なら負けなかったのに……
それに気付かないで何が悪魔使い……
……魔力?
そうだ、魔力が足りないなら……渡せば良い!
「アガレスっ、私の魔力……全部貴女に渡すわ……!」
『え! だ、駄目だよそんなの!』
「ううん、これしか無いの。このままだと二人とも殺される!」
『そんなの……!』
「うるさい……!」
魔力を譲渡する為にアガレスの口にキスをする。
『これっぽっちの魔力じゃ貰っても意味な……んんっ』
……え? ちょ、そういう事は早く言いなさいよ!
あ、駄目、渡すつもりで触れたから一気に魔力が吸い取られて……意識、が……
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