※ 第5話 序章(5)
息を呑む音が聞こえる。
私だって一瞬意味が理解出来なかった。
アガレスと言えば魔界の住人ですら恐れる72柱の魔神の一角。
そのどれもが万が一顕現したら軍が総出で討伐に向かう災害級の存在。
魔の者の頂点。
大抵の魔法を無効化し、フィジカルも馬鹿みたいに強い。
一応神聖魔法や対悪魔用に調整された魔法は他の悪魔より効くけど、それでも個人や少人数で使える規模の魔法では焼け石に水だ。
さっき先生が放った神聖魔法も、他の魔法と比べたら効いたというだけで、ダメージで言えばかすり傷以下でしょうね。
「何故お前が召喚されたのです? 失礼ながらクライドさんにこんな大物を呼び出せる実力があるとは思えませんが」
『さぁ? そんなのボクにも分からないよ。
強いて言うなら、エレナとボクの相性の良いからかな。
エレナってば召喚魔法を発動する時なんて考えてたか分かる?』
そう言ってアガレスは私を一瞥してから教師陣に向き直る。
『さっきの奴……シーラを引き摺り下ろしたい、だよ。
越えたい、じゃなくてね!
アハハハハハハハハッ! みっともないよねぇ? 自分じゃどう足掻いてもシーラには勝てないって心の奥底では理解してるんだよ』
「………っ」
『クフフ、ボクの権能……いや性質かな?
その一つに権威ある人間を破滅させる……つまり地位や名誉のある者を引き摺り下ろすっていうのがあるんだよね。
ほら! 努力して相手を越えるより、足を引っ張って自分より下に堕とす事を望んだエレナにピッタリでしょ?』
やめろ
やめろ
顔が熱い
でも、今はこの相手から目を逸らす訳にはいかない。
顔を伏せる訳にはいかない。
シーラよりずっと強い存在であっても、何の役にも立たなくても、アガレスを呼んでしまった者として退く訳にはいかないのよ!
「だったら……何でインプと偽って私に従うフリなんてしたのよ!
契約してないならいつでも私の事なんて殺せたでしょ⁉︎」
『最初は気まぐれだったよ。適当に遊んで、飽きたら殺して……それから思う存分暴れるつもりだった。
けれど……ふふ、エレナったらボクが悪戯した時に何をしたと思う?』
アガレスは少し興奮しているような声色で教師陣に問いかける。
当然答えられる人は居ないし、アガレスもそれを分かっているからか気にした素ぶりは見せずに語り出した。
『エレナはね、このボクを拘束して箒でお尻を叩いたんだよ!
何度も何度も……勝ち誇った表情で、自分より弱い相手を甚振る快感に浸って、自分が絶対的な支配者だと勘違いしながらね!』
教師陣が私を一瞥する。
やばい。さっきの100倍恥ずかしい。
これは流石に顔伏せるわ……
そんな私を意に介さず、アガレスは自身をキツく抱きしめてクネクネ揺れながら喋り続ける。
『クフフ……こう見えてボクはマゾヒストでね。
当然あの程度の拘束なんて余裕で解けるし、あんな箒で幾ら叩かれたって痛くも痒くも無いけど……あのシチュエーションには燃えたよ』
アガレスは何処か恍惚とした表情で天を見上げている。
……そういえばアガレスはよく人間を見下す発言をしていた。
そんな事を言えば(効かないにしても)折檻がより激しくなるであろう状況であるにも関わらず、だ。
アガレスの地位や名誉のある者を引き摺り下ろすという性質……
もしかしてソレがアガレス自身にも影響を与えていて、格下の存在である人間に責められて人間以下の立場に堕とされる事に快感を覚えている……?
『ま、そういう訳で今では結構エレナの事が気に入ってるんだよね。
一応はエレナに従う振りはしてあげるからさ、余計な事はしないでよ』
「そう言われてはいそうですか、と納得する訳が無いでしょう」
『じゃあここでボクとやる?
軍を呼んでも良いけど、軍隊が到着する前にこの学校の人間を皆殺しにするぐらいは訳無いよ?』
「……ッ!」
ミレス先生が言葉に詰まる。
それはそうだ。
幾ら学校の先生達が優秀とは言え、数十人ではアガレスには太刀打ち出来ない。
それにアガレスの言う通り本当にこの学校を潰せるだけの力を持っているのであれば、軍が到着するまで被害を抑える……という事も不可能。
沈黙を肯定と受け取ったのかアガレスは満足そうに笑う。
『それじゃあ話は終わったみたいだから帰ろっか』
「は?」
宙にプカプカ浮かんでいたアガレスがいきなり私の腰を掴んだと思ったら、私ごと再び浮き上がった。
「じゃーねー」
「待っ……」
ミレス先生の制止の声は虚しく響き、気付けば私達は窓を突き破って外に居た。
隠蔽魔法をかけたからか、ぴょんぴょんと街中を跳ねながら進んでも注目されている様子は無い。
やがて我が家に辿り着き、アガレスはふらふらしている私をリビングに投げ捨てた。
頭がぐわんぐわんして吐き気がする。
「うぅっ……気持ち悪い」
『あはは! きゃーきゃー騒いでたねー?』
「煩いわよ……っ」
あはは、と笑いながら揶揄ってくるアガレスに苛立ちを覚える。
そう言えば交渉で電撃を浴びせた時もお仕置きでお尻を叩いた時も……痛がったり、許しを乞う姿は全部演技だったのよね。
そう考えるとムカいて、苛ついて
効かないなんて分かってる
アイツを喜ばせるだけだって分かってる
けれど……気付いたら私はアガレスに向かって拘束魔法を放っていた。
『お?』
大の字に縛られたアガレスに近付いて……思い切り頬を叩く。
バチン、と乾いた音が部屋に響いた。
『あぅ……っ⁉︎』
「……ッ! それもっ、演技なんでしょっ⁉︎
全然痛くない癖に! その気になったらいつでもこんな拘束抜けられる癖に……っ!!」
『え、うん。だから何?』
「……っ!」
落ち着け。冷静になれ。
コイツのペースに乗せられるな。
あぁ、確かに私はアガレスの言う通り器の小さい小物だ。
だったら……どうせどうにもならないなら自分がスッキリする為に、良い気分になる為に利用してやる。
「……良いわ。アンタの望み通りにしてあげる。
格下で、下等生物の人間である私がアンタの事を縛って、甚振って、貶めて、辱めてあげるわ」
アガレスの前髪を掴んで上を向かせる。
「だからアンタはキッチリと痛がって、苦しんで、恥ずかしがって、惨めったらしく赦しを乞う振りをしなさい。
そうやって私の支配欲を、自尊心を、優越感を満たしなさい」
『それは契約?』
「そう受け取って貰っても構わないわ」
私の提案を聞いたアガレスは愉快そうに口角を上げる。
『アハハッ! 良いよ、契約成立だ』
「……ふん、言っておくけどアンタがそれを望んでる以上、容赦なんてしないからね。
今まで以上に酷い目に遭わせてあげるから、ちゃんとにリアクション取りなさいよ!」
『あは、それは楽しみだね。
クフフ……これから宜しくね? マスター』
そう言いながら浮かべる笑顔は今まで見た中で何よりも蠱惑的で、妖艶で、美しかった。
※※※※※
翌日
登校中の私達は昨日にも増して注目の的だった。
何しろシーラを倒した謎のインプとその飼い主が職員室に呼ばれ、そこから桁違いの魔力を感知したら誰だって邪推する。
後はまぁ……当の悪魔を四つん這いで歩かせて、首輪に繋いだ鎖で引いている構図というのも人目を集める理由なんでしょうけど。
『うぅ……み、見るなよぉ……っ』
「はいはい、さっさと歩きなさい」
顔を真っ赤にして羞恥に耐えている(振りをしている)アガレスの鎖を引っ張って、無理矢理歩かせる。
うーん、演技だと分かっていても嗜虐心が満たされるわねぇ。
アガレスは周囲の視線から逃げるように俯き、震えている。
そんな様子を横目で見ながら、私は知らず知らずの内に笑みを浮かべていた。
「うわぁ。おはようエレナちゃん」
教室に入ったらキャロがドン引きしながら挨拶してくれた。
待って、キャロに嫌われたら生きていけない。
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