第4話 序章(4)

インプはチラッと私を一瞥すると、矢のような速度でシーラに突っ込んでいく。


 

「くっ!」



対するシーラは杖を一振りして魔法障壁を発動させる。

けれどインプは無造作に手を伸ばすと、その障壁をいとも容易く濡れ紙の様に突き破りシーラの首に手をかけた。



「かっ…は……っ⁉︎」


「そこまで! 勝者、エレナ・クライド!!」



ミレス先生の口から私の勝利が宣言された。

途端に沸き上がる決闘場……だったら良いんだけど半分は戸惑いの感情が蔓延している。

それはそうだ。下級悪魔のインプがあのシーラを圧倒したんだから。

私でさえ未だに信じられない。



「クライドさん」


「ミレス先生……」


「怪我はありませんか?」


「この決闘とは無関係ですが腰が痛いです」


「あらあらそれはそれは……では保健室で見て貰いましょう。

処置が終わったら荷物をまとめて職員室に来てください」


「職員室に……? わかりました」



職員室……シーラとのいざこざで一度呼び出された事があったっけ。

まぁ何にせよ今は保健室だ。一刻も早く腰の痛みをどうにかしたい。


腰を庇いつつ保険室に向かった。

 


※※※※※

 


「うー、痛つつ……失礼しまーす」


「おーう、いらっしゃい」



ぶっきらぼうに出迎えてくれたのは保健医のセリーナ先生。

美人だけど元ヤンらしい。



「聞いたぞー、またアーミテイジのお嬢さんとドンパチしたんだって?」


「決闘ですよ決闘。痛たた……」


「どっか痛めたか? 前は頭打って気絶してたよな」


「決闘で怪我した訳では無いんですけど、腰が痛くて……」


「ほーん。そこのベッドでうつ伏せになりな、揉んじゃる」


「あ、その……職員室に呼ばれているので湿布だけ貼ってくれれば」


「ほっとけ、腰が優先だ。先生にはウチが言っとくから」


「ではお言葉に甘えて……」

 

「どれどれ……っと、ここか?」


「おふっ……そこそこぉ……っ!」


「気持ち悪ぃ声出すんじゃねーよ……つーか何で腰痛めてんだよ。

また一晩中机に齧り付いてたのか?」


「いやその……諸事情でフルスイングしたらビキッと来まして」


「どんな事情でフルスイングすんだよ。野球選手にでもなる気か?」


「ヤキュー……勇者が持ち込んだスポーツでしたっけ?」


「そーそー。見てると案外面白れーぞ」


「残念ですがヤキューに興味はありません。フルスイングはあくまでお仕置きの為です……このインプのね!」


『ん?』

 


間抜け面で眺めていたインプが間抜けな声で反応した。



「このインプが生意気で……ちょっくら躾けてやったんですよ」


「へぇ、こいつがアーミテイジのお嬢さんをねぇ……」


『なにさ?』


「いや別に。ほら、終わったよ。湿布貼っちゃる」


「冷たっ……ありがとうございます」


「おうおう。ほらほら、さっさと行け」



セリーナ先生にせっつかれるように保健室を後にする。

次は職員室だけど……訳もなく緊張するものね。



「失礼しまーす……」


「バインド!」


『うぐっ⁉︎』


「えっ……⁉︎」

 


職員室に入るや否や複数の拘束魔法がインプに襲いかかる。

見ると5、6人程の先生達が杖を構えていた。

私みたいに対悪魔用に調整された物ではないけれど、経験豊富な複数の魔法使いによる拘束魔法……

しかも複雑に魔力が織り込まれ強度を増した鎖は魔法陣によって更に強化されている。

これならそんじょそこらの上級デーモンも簡単には抜け出せない。

つまり、インプに対しては完全にオーバーキル……!



「待ってください! ただの拘束魔法でも過ぎればダメージを受けます! このままではインプが……」


「クライドさん、その悪魔から離れてください。その悪魔は危険です」


「ミレス先生、コイツはただのインプです! 危険なんて……」


「ただのインプはアーミテイジさんの火球を受け止めたり魔力障壁を破いたりなんて出来ません。

おおかた上級デーモン辺りがインプと偽っているのでしょう」


「で、でも……! だとしても私と契約して支配下にある以上、私は勿論無許可で他の人間を傷付ける事も不可能です!

実際、シーラの首を締めた時も私の命令に従ってすぐに離したでしょう⁉︎」


「本当に契約しているのですか?」


「え……?」


「何を持って契約している……という証となるのですか?」


「何って……アイツの腹部に刻まれている隷紋がその証拠です!」



そう言うとミレス先生は溜息を一つ。

そしてインプに杖を向けて……



「解除魔法(ディスペル)!」



解除魔法を放つ。

それと同時に、インプの契約紋が綺麗さっぱり消えていった。



「な、なんで……⁉︎ 契約魔法は第三者が勝手に解除なんて出来ないはず……」


「私が消したのは契約魔法ではなく、初歩的な幻覚魔法ですよ。

この悪魔は契約紋の幻覚を見せ、クライドさんと契約したと思わせていたのです」


「そんな……でも確かに私はインプに契約を迫り、インプは私に従うと言いました!

口頭とはいえ契約魔法は発動するはずです……!」


「ふむ……私は悪魔使いには詳しくありません。

仮にこのようなパターンで実は契約が交わされていなかった……という事は有り得るのですか?」


「……いくつか、あります。まずは悪魔が会話の中で自身に有利、もしくは行動の自由を確保するように誘導する。

魔法で『契約する』という類の幻聴を聴かせる。

そして……お互いの力量差が有り過ぎて契約魔法が弾かれるパターンが……」



契約魔法も要は魔法の一種。

理論上は抵抗する事も可能ではある、けど……



「契約魔法の効力は絶対……世界で最も強大な魔法使いですら契約魔法には抗えない筈です!」


「クライドさんのそれは恐らく奴隷契約を想像しているのだと思いますが……それでも通常はお互いが専用の魔法陣の上に立って契約するからこその絶対性です。

悪魔召喚に魔法陣を用いるのであれば、契約魔法用の陣を構築する事は不可能なのでは?」


「それ、は……」



確かにそうだ。

 

あぁ、そうか


私は……自分の手に負えない悪魔を召喚した挙句、使い魔にしたと思い込んで、実際には上級の悪魔を野放しにしていたんだ。

ウキウキで連れ回して、自慢して、シーラに勝ったと喜んで…… 結局はあの悪魔の気紛れに弄ばれていただけだったんだ。



「うっ……ぐぅ……っ!」


「クライドさん……心中お察ししますが今はあの悪魔の対処が先です。

奴を魔界に返す事は可能ですか?」


「……こうして完全に現界している以上、契約している悪魔じゃないと強制送還は無理です」


「そうですか……やはり始末するしかありませんね」


「はい……」


「宜しい。総員、構え!」



ミレス先生の号令と同時に杖を構える教師陣。

それぞれがインプ……いや、悪魔に向かって杖を構えて魔法の発動準備を進めている。



「撃っ!!」



合図と共に多数の攻撃魔法が拘束された悪魔に放たれる。

ご丁寧にそれぞれが違う属性で耐性持ちへの対策もバッチリだ。



「……っ」



その光景を見ていられなくて


思わず目を閉じて顔を伏せた



『その程度?』



嘲笑うかの様に、聞き慣れた小生意気な声が響いた。



「なっ……⁉︎」


「効いてないぞ⁉︎」


「いや、俺の神聖魔法は効いてるっぽい!」



慌てる教師達を尻目に悪魔はこれまた小憎たらしい笑みを浮かべて……



『えいっ』



多重拘束魔法をアッサリと破壊した。



「どういう事……? 上級デーモンですらそんな簡単には抜け出せないはずですが」


『クフフ……人間達、半分正解だよ。僕はインプなんかじゃない。

けれど……上級デーモンなんていう凡百の悪魔でも無い!』



その瞬間、目の前の悪魔の魔力が膨れ上がった。

 

紅い瞳は爛々と輝き、身体をすっぽり覆う程巨大になった翼で一つ羽ばたくと、その小さな身体はふわりと宙を舞う。

そして心情的にも物理的にも私達を見下しながらその悪魔は告げた。



『ボクの名はアガレス……魔界の頂点に君臨する72の魔神の一柱、アガレスだ!』


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