第3話 序章(3)

翌朝、学校へ訪れた私達は注目の的だった。

何しろ今まで散々馬鹿にしてきた私が立派な使い魔を引き連れているんだもの。



『マスター……これ外してよぉ……』


「ダメよ。使い魔を持ったら首輪を付けて連れ歩くのが夢だったの。どんどん見せびらかさなきゃ!」


『歪んでるよぉ……』

 


 パッと見華奢な少女に見えるインプの首には不釣り合いなゴツい首輪が嵌められている。

そこから細いチェーンが伸び私の中指の指輪に繋がっていて、少しでも遅れたらクイッと引っ張って歩行を促す。

うーん、まさに支配者。我ながら大物感出てるわね。



『せめてもうちょっと早く歩いてよぉ……』


「腰が痛いのよ……! 良い、大人しくしてなさいよ?

急に動いて私の中指を折るような事になったら昨日の10倍厳しいお仕置きするからね!!」


『はーい……』

 


まったく、誰のせいで腰痛持ちになったと思ってるのかしら。

教室に着くと何時もの如くキャロが挨拶してきた。


 

「おはよ、エレナちゃん。悪魔ちゃん召喚できたんだね、おめでとう!

……やけにゆっくり座るね?」


「おはようキャロ。いや、昨日お仕置きする際に腰を痛めてね……」


「お仕置きで腰が? あっ……そ、そうなんだっ」


「そういうキャロこそ顔赤いわよ。風邪でも引いた?」


「う、ううん! 平気だよっ」


「そう? なら良いけど……」


「クライドさん」


「んお?」

 


いきなり眼鏡をかけた紫髪の女に話しかけられた。

え、誰……?

 


「クラスメイトのドリスちゃんだよっ」


 

キャロがこっそり教えてくれた。

仕方ないじゃない、話した事のない相手なんて覚えられないわよ。


 

「えぇ、クライドだけど……なにか?」


「貴女は本当に悪魔使いだったのですね。

悪魔を使役するなんて……不気味だけど、貴重な技術です。

触りだけでも悪魔使いについて御教授願いたいのですが……宜しいでしょうか?」


「えぇ〜? いやぁ、別にそれは? 吝かでもないというか?」


「エレナちゃん、ニヤけが抑えきれてないよ」


「おっとっと……じゃあ時間がある時にでも話しましょう。

時間と場所が分かれば資料も幾つか持っていくから」

 

「本当に? ありがとうございます」



そう言って眼鏡の女……ドリスは(おそらく)ルンルン気分で席に戻った。



「いやぁ〜さっそく教えを請われるなんてね。これが名が売れるって奴なのかしら」


「あはは……ドリスちゃんは勉強熱心だから。悪魔使いは少ないから、エレナちゃんに悪魔使いの技術があるってわかって居ても立っても居られなくなっちゃったんだね」


「だったら最初からそう言ってくれれば教えてあげたのに」


「悪魔使いだって信じてなかったんじゃない? 悪魔召喚できてなかったし」


「ぐぬぬ……」


「エレナー」


「はい?」


今度はチャラそうなギャル二人組だ。

その内の一人……左手に赤い指抜きグローブをはめた茶髪で髪の長い方がインプに熱視線を送りながら口を開いた。

 


「その子が噂の悪魔ちゃん? さ、触って良い……⁉︎」


「良いわよ」


『えっ』


「動くんじゃないわよインプ」


『うぅ……』

 


インプは長髪のギャルに頭を撫でられほっぺをモッチモッチされた挙句、頭がドデカい胸に埋まる姿勢で抱きしめられた。


 

「むっはー! たまんねー!!」

 


その奇行が警戒心を解いたのか、他のクラスメイトも少人数ながら近づいてきた。



「あ、あのっ! 私も撫でて宜しいでしょうかっ!」


「良いわよ!」


「私も悪魔使いの事を教えてほしいのだけど……」


「良いわよ!」


「私と決闘してくださらない?」


「良いわよ! ……………え?」



背後から投げられた毛色の違う質問に思わず振り返ると……

 


「シーラ……!」


赤毛ツインドリルのちんちくりん……シーラが驚いたように目を丸くしていた。

 


「まさかこんなにアッサリ決闘を受け入れてくれるとは思っていませんでしたわ。

ふふ、よほどその悪魔に自信がおありの様ですわね」


「い、いや……」


「放課後。場所は以前と同じく決闘場でよろしくて?」


「あの、その……」



どうにかして断りたい。

そうは思うけれど……空返事と言えど、受けてしまった。

その事実が、周りの熱気が、私のか細い否定を塗り潰してしまった。

 


※※※※※



「やばい……やばいやばいやばい〜〜!!!」

 


結局昼休みになっても有効な手段は思い浮かばなかった。

一緒にお弁当を食べてるキャロが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。



「今からでも断ってくる?」


「ダメよキャロ! 無駄に真面目なアイツの事だからもうとっくに決闘の許可を取ってるに決まってるわ!」


『またお尻丸見えにされちゃうかもね〜?』


「丸見えじゃなくて半分だけよ! っていうか、それで済むならこんなに悩んだりしないわよ」


「他に心配な事があるの?」


「決闘において相手を死亡、もしくは過度にダメージを与える事は禁止されてるけど……使い魔に対しての規制は特に無いの。

流石に猫とかフクロウとかのペット=使い魔なタイプはわざわざ殺さない……っていうか戦闘には向かないからそもそも決闘には出さないんだけど」


「けど?」


「悪魔はモロに人類の敵だから……使い魔であろうと世論的にも心情的にも殺すハードルは低いでしょうね。

特にシーラの事だから私の心をへし折る為なら容赦なくインプを殺しにかかるはずよ」


『ふんっ! ボクが人間如きにそう簡単に殺られるもんか!』


「私に負けたじゃないの。それにシーラは以前軍と一緒に採取隊の護衛として参加した時に、オーガを討伐したって自慢してたわ。

インプなんてそれこそ一捻りよ」


「オーガかぁ……確かにインプちゃんだと厳しいねぇ」


『ふーん……じゃあどうするの?』


「……あんまりこの手は使いたくなかったけど」


『お、なんか秘策でもあるの?』


「あるわ。名付けて……開幕ギブアップ作戦」


『……一応聞くけどどんな作戦?』


「その名の通り、開幕と同時にギブアップを宣言して速攻で試合を終わらせる作戦よ」


『だよね……でもそんな事したらまた笑い者にされちゃうよー?』


「アンタを失うより百倍マシよ!」


『……へぇ』


「だから、インプは決闘が始まったらその場から動かない事。

私が前に出れば向こうもそんな強い攻撃はしてこないだろうから、その間にギブアップを宣言する……分かった?」


『はーい。御命令のままに、マスター』


「やけに素直ね……いや、使い魔なんだから当然なんだけど」


方針も決まったし、後は弁当を掻き込んで英気を養い放課後の決闘に備えるだけね。



※※※※※



放課後、決闘場は満席と言ってもいい程の盛況だった。

何しろあのアーミテイジ家の令嬢と、落ちこぼれ悪魔使いがまさかの再戦。

中には半ケツの再来を期待してる奴も居るかもしれないけど……ふふ、お生憎。速攻でギブアップしてやるんだから。



「両者、前へ」



今回の決闘の立合人を務める担任でもあるミレス先生に促され、私とシーラは決闘場の中央に歩み寄る。

 


「互いに相手を死傷させる攻撃はしない。

立合人の指示は絶対順守。

常に相手への敬意を忘れずに……よろしいですか?」


「はい」

 

「はい」


「では互いに位置に着いて……礼っ!」



私とシーラはフィールドの端まで移動し、ミレス先生の礼に合わせて深くお辞儀。

そして一瞬の空白の後……



「始めっ!!」



ミレス先生の合図で決闘が始まった。

私は当初の作戦通りに前に出てギブアップを宣言する。



「ギブアッはぅあっ⁉︎」

 


ギブアップ……しようとした。

けれど急に動いたからか腰が悲鳴を上げ、あまりの激痛にまともに言葉を発する事が出来なかった。

そして気付いた時には……目の前に身の丈を越える火球が迫っていた。


感じる熱が、辺りから響き渡る悲鳴が、私の死を予感していた。

あぁ、まさか腰痛が原因でギブアップも出来ずに死ぬなんて……ある意味では私らしい最後なのかしら。

 

火球が熱い

悲鳴が煩い


観念して目を瞑る。

あぁ、死ぬ瞬間ってスローモーションに感じるって言うけど今がそうなのかしら。

火球が直撃するまで随分と時間がかかるじゃない。



……?


流石におかしい。

いつのまにか熱も、悲鳴も無くなっている。

代わりに聞こえるのはどよめき、騒めきの類だ。


恐る恐る目を開けるとそこに火球は無く、代わりに立っていたのは……


 

「……インプ?」



後ろで待機を命じていた筈のインプだった。


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