※ 第2話 序章(2)

気付いたら私は自宅に戻っていた。

動悸と発汗量からしてめちゃくちゃに走ってきた……んだと思う。


リビングのテーブルに本を置いて召喚部屋……継ぎ目のないツルツルした床(ガラスとか大理石)で魔方陣を描き易い部屋に入る。

こういう部屋がある物件は悪魔使いを始めとした召喚系の魔法使い御用達だ。



「やってやる……絶対に召喚を成功させてシーラをギャフンて言わせてやる……!」



先ずは中心に召喚の為の魔方陣を描き込む。

もう何千回も描いたソレは見本を見なくてもスラスラと描けるようになってしまった。


周囲には小さめの魔方陣を五つ描く。

悪魔が顕現した際に動きを封じる為の拘束魔法だ。



「後は供物を中心に置いてっと。最後に……」



私は針を指先に突き刺し、数滴の血を供物……つまり魔方陣の中心に振りかける。


お婆ちゃん曰く、同じ種類の悪魔でもそれぞれに個性や性格と言うものがあり……術者の血を捧げる事で相性の良い悪魔を呼び寄せる確率が上がるのだそう。

ただ、この方法は時として上位の悪魔も呼んでしまう場合があるから、慣れてからじゃないとやってはいけないとも言われていた。

……ごめんなさい、お婆ちゃん。

シーラを引き摺り下ろすにはリスクを背負ってチャレンジしていかなきゃいけないの。



「よし……」



一息入れてから深呼吸。



「深淵に潜む魔の者よ

我が命に従い我が前に現れよ

暗黒の力よ、我が手に宿り我が願いを叶えんことを

魔の者よ、我が召喚に応えよ!!」



幾度も繰り返したこの呪文。

声量も、間も、息継ぎのタイミングも、姿勢でさえも……いつもと変わらない。


違うのはバリバリと空気を裂くような音と、魔力の渦が部屋の中央に発生している事だ。



「え、あ……成功、した……⁉︎」



初めての経験に目の前の光景がすぐには信じられなかった。

最初は自分の願望が生み出した幻影なのだろうと思った。

でも違う、本物だ。

幼い頃にお婆ちゃんが見せてくれた悪魔召喚の空気そのものだと私の五感が告げている。


時空の裂け目から悪魔がせり上がってくる。

頭頂部から始まり、目と鼻。

顎、首、肩……胸から胴体。

太ももから膝、爪先まで上がりきった所で、音と渦が収まった。



「今……っ!」



完全に顕現した瞬間、周囲の魔方陣を作動させて拘束魔法を発動させる。



「拘束(バインド)!」


『ぐっ!? なにコレ……っ! 人間に、呼ばれた……⁉︎』



私の放った拘束魔法の鎖が悪魔の両手足と首に巻き付き、大の字型に空中に磔にする。

これでようやく悪魔の姿をゆっくり観察出来る。


見た目はほぼ人間だ。

外見年齢は私より少し下ぐらいの女の子。

真っ白なショートボブにルビーの様な真っ赤な瞳。

背中の小さい羽が無ければ人間と間違われても不思議じゃない。


……種族は何かしら?

対象を指定した召喚では無いので誰が呼ばれたかは分からない。


サキュバスやインキュバスは美形の人間の姿をしてるからワンチャンそれかも。


インプやデーモンは千差万別。

人間に近しい姿の者も居れば、ザ・悪魔ですみたいな見た目の者も居る。

中には姿を変えられる奴も居るし。


ただ……中級以上のデーモンは好んで人間の姿になると言う。

もしかして初召喚で結構な大物を呼んじゃったのでは……⁉︎



『くそ、離せよ人間っ! ボクは気高きインプ様だぞ!!』



インプだったわ。


いや、でも召喚には成功した。

コレが大事。


早速契約して使い魔にしましょ。



「初めまして、私が貴女を呼んだの。

貴女には私の使い魔になってもらうわ」


『お前が……! 誰が人間なんかに従うもんか!!』


「あら生意気。そんな生意気な悪魔には……お仕置きしないとね?」


『ひっ⁉︎ な、なんだよその電気……や、やめ……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎』



初級の雷魔法(ライトニング)を悪魔に放つ。

『交渉』に使う雷魔法や、安全の為の拘束魔法は悪魔使いの必須技能。

初級ではあるけど無詠唱で使えるように仕上げているし、対悪魔用に調整してあるので悪魔に対してだけは効果抜群だ。



「さて、少しは素直になったかしら?」


『うぅ……下等な人間風情が……っ』


「えいっ」


『ああああああああぁぁっ⁉︎』



ふふふ、キッツイ。

召喚魔法に加え五つのバインド。

そこから更にライトニングを二発……私の残り魔力は心許ない。


もし魔力切れなんて起こしたら最悪死ぬ。

仮に死ななくても、魔力が尽きればインプのバインドが解けて復讐されるからやっぱり死ぬ。


……ハッタリかまして屈さなかったら強制送還するしかないわね。



「次が最後よ。私に従うか、インプの誇りとやらを抱きながら死ぬのか……選びなさい」



威厳たっぷりに告げると、インプは両目に涙を溜めて悔しそうに奥歯を噛み締める。



「ん?」


『……分かった、お前に従う』



脅すように杖をチラつかせると、やっと心が折れたらしい。

インプがガックリと項垂れながら呟くと、彼女の腹部に契約の証である契約紋が浮かび上がる。


……悪魔との契約ってこんなにあっさりしてたかしら。

参考書によると……熟練の悪魔使いはインプや低級のデーモン相手には簡易契約で済ませる場合が多い……ふーん?



『なに見てるの?』


「⁉︎ な、なんでも無いわ!」


『? まぁ良いけど……それよりお前の事はなんて呼べば良い? まだ名前も聞いてない』


「あー、自己紹介はまだだったわね。私はエレナ・クライド……孤高の悪魔使いよ」


『孤高? あっ……』


「なによ」


『いや別に……それで、エレナの事は何て呼べば良いのさ? マスター? ご主人様?』



マスター


マスター……!



「ま、まぁ? 特に呼び方に拘りは無いけど?

マスターってのが一番分かりやすいんじゃないかしら!」


『そっか。じゃ、これからよろしくマスター』



うんうん、良い響きね。

契約も終えたし、後は魔力が回復するまで休憩でもしようかしら。

下手に何かやって魔力切れなんて笑えないし。



「インプ、私は少し休むけど悪戯とかするんじゃないわよ?」


『はーい』



ふぅ……寝よ。


 

※※※※※



「んがっ……ゔぅ……」



仮眠の予定だったのにガッツリ寝てしまったわ……

お腹空いたしパンで、も……



「なにこれ⁉︎」



普段使いからとっておきの物まで、私のありとあらゆる下着が軒先に吊るされていた。

故意なのか偶然なのか、例の半ケツパンツなんてセンターポジションに配置されている。



「あのクソインプ……!」



取り敢えずあの下着のカーテンをどうにかしないと!

ご丁寧に踏み台を使わないと届かない高さに吊ってあるから余計にタチが悪い。





「はぁ、はぁ……終わった……」



道行く人々の好奇の眼に晒されてながらもどうにか全ての下着を回収し終えた。

後はあの悪戯インプへの処置だ。



「インプ! 出てきなさい!」


『どうしたの? マスター』


「どうしたのじゃないわよ! この悪戯インプっ!!」


『悪戯じゃないよ。ボクがやったのは家事だも〜ん』


「この……!」



そうだった。

悪魔と契約した所で別に主人に忠誠を誓う訳じゃない。

言う事を聞くのは契約で無理矢理働かされてるか、懲罰が怖くて渋々従っているかのどちらかだ。


自分を縛る憎っくき相手にどうやって仕返し……或いは殺害して契約から解放されるかを考えているのが悪魔という生物だ。


……いや、中にはガチで主人に忠誠を誓う義理堅い悪魔も居るそうだけど、少なくともこのインプは違う。


まったく、誰がご主人様なのか教えてあげなきゃね。



「懲罰魔法(ディシプリン)!」



ディシプリン……自身と契約した相手に少ない魔力で痛みを与える魔法だ。

電流を流されるような痛みで、交渉に雷魔法を用いるのもそれが理由。

雷魔法に屈する相手なら懲罰魔法も効くだろう、という理屈だ。



『……?』



なのに何で平然としてるのかしらあのインプ。

いや、効いてないというより……そもそも発動してない?


練度の差かしら……拘束魔法や雷魔法は一人でも練習出来るけど、懲罰魔法は契約した相手が居ないと使えないし……

ぶっつけ本番は不味かったかもしれないわね。



『ぷっ、あはははははは!! なにぃ? 魔法失敗しちゃったの〜?』



インプの分際でめちゃくちゃ煽ってくるわね……けどアンタを躾ける手段なんて幾らでもあるのよ!



「バインド!」


『うわぁ!?』



今度は両手を一纏めにして吊り上げる。

インプ程度なら魔法陣なんて使わなくても拘束できるのよ。



『くっ、離せぇ……!』



さて、どうしましょ。

雷魔法は疲れるし……物理でいきましょうか。



『!? そ、その箒で何する気……!?』


「わかってるでしょ? お仕置き……よっ!」


『ぴぎぃッ!?』



ジタバタと暴れて揺れるお尻に思いっきり箒をフルスイングで叩き込むと、短い悲鳴を上げてビクンと体を跳ね上げる。



『ぐうぅぅぅ〜……っ、人間のくせにぃ……!』


「アンタちょいちょい人間を見下すわね……とっ!」


『ぎゃあっ⁉︎』


「アンタがっ! どう思おうとっ! 私が主人でっ! アンタが使い魔なのはっ! 変わらないの……よっ!!」


『いぎぃぃぃぃぃぃ⁉︎』



このお仕置きを通じてわかった事がある。

運動不足の人間がいきなりフルスイングを連打すると腰を痛めると言う事だ。


けれど弱みを見せる訳にはいかない。

幸いインプの方も全身をガクガクと震わせて限界寸前の状態。

腰の痛みを悟られる前に蹴りを付ける……!



「ふふ、泣いてるの? 涎まで滴らしちゃって」


『う、 うるさい……っ! 下等生物にこんな……っ!』


「ふーん?」


『ひっ……!?』



素材を砕く際に使うデカめの棍棒を持ってくると目に見えて怯え出した。

こんなもん重くて振り回せないけどハッタリ効果は十分だ。



「これ食らったらそのプリティーなお尻はどうなっちゃうのかしらね?」


『ひぅ……』


「さっきまでの威勢はどこに行ったのよ。ほーらいくわよー……」


『ま、待って……っ!! ごめんなさい! 謝るから許してぇ!!』



ようやく折れたか。

これで奴の尻と私の腰は守られたわね。

いや、私の腰はもう手遅れか……?



「ま、わかれば良いのよ。これからは使い魔の自覚を持ってマスターには従順でいる事ね」


『くぅ……っ』



ずいぶんと悔しそうね。気分が良いわ。



「さて、そろそろ良い時間だから夕食の準備でもしようかしらね。

インプ、何か言う事は?


『……おとなしくしてます』


「よろしい」



さっきのお仕置きが余程効いたのか、それ以降は特に悪戯もせず静かにしていた。

夕食を食べ、シャワー浴びて就寝準備。


普段なら勉強してる所だけど、腰が痛いので早めに寝たい。

ふふ、使い魔を連れた私に皆んなはどんな反応をするのかしら?


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