第22話 偽
Vellの屋敷から少し離れた場所には大型の車両が止まっていた。
その中にはアレンと、イーライが居た。アレンはメディエイトと風紀委員会への命令。イーライはアレンの護衛を務めていた。
「⋯⋯エドワーズさん、本当に良かったんですか? 私がここに居て」
アレンが各々に命令し終わり、暇ができたときにイーライが話しかけた。
イーライは自分がここに居て、生徒たちを危険な現場に向かわせていることを憂いているようだ。教職者として、アレンもその気持ちには賛同できる。
「彼らの実力はあなたもよく知っているでしょう? 心配はありません。⋯⋯あと、おそらく最も危険なのはここですから」
「それはどういう?」
「白石の話、聞きましたか?」
本作戦の開始前、ユウカは偶然にもVell関係者と遭遇した。その際、ルイズという女と交戦し、レベル6であるはずの彼女と互角以上に渡り合った。
「おそらくその人物は財団の機動部隊です」
「────。この際、なぜ確信できるのか聞かないでおきます。⋯⋯もしそれが本当の話であるなら、なるほど。侵入が発覚した時点で、ここを潰しに来るかもしれないということですね」
あの財団の機動部隊ともなれば、司令部の探知くらい造作もないだろう。アレンたちが使用する無線機にも暗号化は仕組まれているが、その解析による時間稼ぎはあるだけマシな程度。
「そういうことです。護身術ぐらいで凌げる相手でもないはず。だから、ここはコリンさんに任せたんです」
「分かりました」
イーライは持っていたサブマシンガンを、より強く握った。
そして⋯⋯瞬間、殺意を感じた。
思わずイーライは振り返った。そこには一人の女性が立っていた。ハーフアップの金髪。容姿の特徴から察するに、彼女こそがルイズという女なのだろう。
「──はは」
あまりにも速い動きだった。サブマシンガンの銃口を向ける間なんてないと判断しなければ、今頃イーライは死んでいただろう。証拠に、彼は既のところでルイズのナイフを、同じくナイフで受け止めていた。
力は強かった。若い女性の腕力とは思えない。だが、振り払うことはできる。ナイフを弾き、距離を取り、能力を発動させた。
「あーあ、しくったわ。そうだよね。あなた元S.S.R.F.だったわね。イーライ・コリン。当然、最適の行動を最速で取るはずだ」
ルイズはナイフを右手でクルクルと回しつつ、喋る。殺すのではなく、時間稼ぎを優先し始めたようだ。その間は、実質的に通信を封じているようなものだからやる意味はある。
「でも、一人だけ? 護衛は。あと二人くらいいれば私も襲撃掛けなかったわ」
「それで十分だ、財団機動部隊、ルイズ・レーニー・ヴァンネル」
「あら、名前も、あと部隊も知られちゃってるわ。よく調べられたわね。どうやってやったのか、後でじっくり聞かないと」
喋り終わると同時にルイズはナイフを、イーライではなく、アレンに向かって投げた。が、アレンは飛んできたナイフを空中で撃ち落とす。
「凄いわね」
しかしそれは小手調べのようなもの。ルイズの本命は手に持つ拳銃だ。しっかりと照準を頭に、一瞬で合わせてトリガーを引いた。
射撃直前、イーライが妨害に入ったから弾丸が頭に当たることはなかった。
やはりまずはこの男から仕留めよう、とルイズは考える。新たなナイフを足のホルダーから取り出し、振り払う。
「くっ!」
アレンは三発撃った。頭、胸、腹を狙った。だと言うのに、ルイズは弾丸を避けた。超能力者だとしても常識を逸している。
そんなアレンを無視して、ルイズはイーライに斬りかかる。
(速⋯⋯!)
縦、横、突き。何度も行ったことがあるのだろう。一連の動作には思考の欠片も感じられず、洗練かつ素早い。体制を崩すための最適解だ。
突きの後、イーライが見せたほんの一瞬の隙。一般人は元より、訓練された軍人でも見逃すほどのそれだが、ルイズが逃すはずなかった。
最低限の動作でルイズはイーライの首を刺しに行った。避けることはできない。
いつもの相手ならこれでチェックメイトだ。首を容易く貫き即死させられる。が、今回は異なる。
「ッ!」
イーライは素手でルイズのナイフを受け止めていた。手は真っ赤に染まったし激痛だった。しかし、喉仏を突き刺されるよりは断然軽傷だ。
イーライはルイズに蹴りを叩き込む。それにも反応され、受け身を取られたが、軽くない一撃が入った感触がした。
そして直後、アレンが更に三発、弾丸を放つ。ルイズは避けきることができず、一発だけ右肩に命中した。
「中々やるみたいね。久しく感じたわ、痛みなんて」
ルイズの利き手は右だが、肩をやられた今、左手でナイフを握らないといけなかった。加えて、敵は二人。一見すると状況は劣勢だ。
「痩せ我慢か? 今なら殺しはしない。大人しくすれば」
「お生憎様、そういうことできない立場なのよ、私。それなら自死しないといけないわ」
ルイズは上着を勢い良く脱ぎ去る。少しでも体を軽くしようとしたのだろうか。
彼女はナイフを構えた。もう一度、あの速度で斬り掛かってくる。イーライはルイズのナイフと、彼女の動きに注意を向けた。
「──コリンさん!?」
──それが、不味かった。
気がついた時には既に、イーライとアレンは動けなくなっていた。それは単純な原因。彼の足元は氷漬けにされていたからだ。
なぜ、凍りついた。相手の能力は封じていたはずだ。
(⋯⋯いや、
ルイズが上着を脱ぎ去った時、それによって彼女の全体像が刹那、認識できなくなってしまった。イーライの超能力はその一瞬効力を無くした。
ユウカがルイズと戦闘した時も、彼女は能力を封じる能力を使ったらしい。こうなることに驚くことはない。
だが、ならばこの氷結能力はなにか。
前回もそうだ。何かを唱えたかと思えば、急にルイズのスピードが上昇したらしい。
イーライと同じ能力を封殺する系統の能力。加速系の能力。加えて、氷結の能力。
全てに相関性はない。同一の能力の応用だと説明できる範疇にないのだ。
「不思議そうだね。私が二つも能力を使ったことが気になる?」
「⋯⋯
「うーん。そういうのも居るけど、私のはちょっと違うわ」
ルイズはナイフを下げて、近づきながら自身の能力について話し始めた。つまりこれは、二人を確実に殺すという合図。
「私の超能力は少し特殊でね。簡単に言えば能力をコピーすることができる。しかも元よりも強くなるのよ」
ルイズは能力因子を複数持って生まれたわけではない。彼女の超能力によって、複数の能力を後天的に得たのだ。
彼女がそれによってコピーした超能力は、コピー元よりも強力となる。
「⋯⋯まさか、お前⋯⋯俺の⋯⋯!」
「ご名答。能力をコピーする条件は理解すること。例えば、能力の発動の瞬間とか、能力についての解析結果を見るとか。私としてはそれだけで十分」
イーライも超能力者だ。能力のレベル測定の結果など、財団関係者であるルイズが閲覧することは簡単にできる。それでルイズは、イーライの超能力をコピーしたのだろう。
「でもまあ、だからって完全無欠の能力じゃない。いくつか制限とか、扱いづらい特性もあるのよね」
ルイズは余裕を見せている。いつでも二人を殺せるというのに。まるでこの状況を楽しんでいるようだ。彼女の精神は人殺しを楽しむ殺人鬼のそれのようである。
「コピーしてストックできる数は三つまでだし、複数の能力を同時に使うこともできない。一番辛いのは、コピー元の能力が衝突したら、私の方が消えちゃうってこと。ま、あなたのとならそのデメリットは意味ないんだけど。だって衝突することはないから」
確かにコピー元よりも高い出力となっているが、オリジナルとぶつかればルイズの方は問答無用で消え去る。そのため、彼女にとって天敵となるのはコピー元である。
が、イーライの能力の特性上、能力同士の衝突はありえない。そのためこれは例外だ。
つまり、今のルイズはイーライの完全上位互換というわけだ。
「あと、コピーできるのは──
「⋯⋯何?」
その言葉を普通に解釈すれば、超能力ではない他の身体能力や外見などもコピーできるという意味となるだろう。
だが、イーライにはそうは思えなかった。また別の意図が含まれている気がして、引っ掛かったのだ。
そのとき、ルイズは嫣然と微笑んだ。
「そのままの意味よ。⋯⋯ああ、あなた知らないのね。S.S.R.F.も全員に知らせているわけじゃなかったもんね。まあ財団もそうだし、当たり前かな」
イーライの引っ掛かりは、正しかった。
「⋯⋯もしかしてだけど、私がただただ慢心して、いつでもあなたたちを殺せるからって、ベラベラと私の手の内を話してると思ってたのかしら? 私これでも暗殺者なの。リスクヘッジは徹底して然るべき。なら、こうしてリスクを犯している現状、おかしいと思わない?」
「⋯⋯やはりそうか! 『何か唱えていた』というのは⋯⋯!」
声を上げたのは誰でもない。アレンだった。彼はユウカとエドワードの報告から、とある懸念をしていた。それは本来、科学で成り立つ学園都市では存在しない可能性だった。
「あら、あなたの方が知っているなんて、驚いたわ。そうよ。私がコピーした力は、二つが超能力。そしてもう一つが──」
ルイズの手元で何かが光った。
「──魔術」
◆◆◆
RDC財団機動部隊ベータ-2『ババイの袋』。
彼らは暗部組織に近く、暗殺や人攫いなどの所謂汚れ仕事を担当する。
主に生徒など子供で構成され、学園都市の生徒たちを対象とする暗部組織と異なり、こちらは大人で構成され、大人たちを対象とする。
ルイズは、全七名のチームのリーダだ。
「これが魔術だ」
ルイズが『ババイの袋』に任命された日、彼女は初めて魔術というものを知った。
魔術とは空想上のものではない。超能力と同じように体系化され、研究もされていて、単なる奇跡でもなければ、しかし超能力ともまた違う力。
「⋯⋯使うにはどうすれば?」
上司となる男は、その質問に答えなかった。いや「分かるだろう」と言外に言ったのだ。なぜならば、ルイズは力をコピーした瞬間にそれを使いこなすことができる。彼女は力だけでなく、コピー元の人間の技術やその力の知識もコピーするのだから。
にも関わらずルイズが使い方を質問したのは、魔術の特性故だ。
「⋯⋯そうですか」
魔術の使い方は、非常に難解だった。なぜならば、今まで使わなかった体の機能を使うことになったからだ。
人間の体には魔力というものが巡っている。魔術はその魔力を、術陣というものに流し込むことで使うらしい。
術陣は魔力によって描く。イメージし、魔力をインクみたいに使うのだ。
これは数ある魔術の使い方の一つであり、最もオーソドックスな方式である。その名も『回路術式』。
魔術という超能力とは全くの別系統の力。そしてほぼ感覚で扱える超能力とは異なり、色々と考えて使わなければならない魔術という対称性。何より、超能力者と魔術師の脳構造は本来違うらしく、ルイズはそれを無理矢理、超能力で適応させていること。
これらが原因でコピーのプロセスの一部に不具合が生じたようで、その時のルイズは、魔術を理解できても使えない状態だった。
「すみません。どうやら私には使えないかもしれないようです」
「いや、想定済みだ。お前の超能力は超能力だけでなく、魔術もコピーできる性能がある。能力者と術師の脳構造の違いさえ埋める強制力だ。今のお前は、今まで使ってこなかった器官を突然使おうとしているようなもの。ましてや本来、その器官はなかったのだ。使えなくて当たり前だろう」
「はあ⋯⋯」
「だからお前にはこれから一ヶ月で魔術を使いこなしてもらうために、魔術師の講師を付ける」
上司の男が「入ってこい」と呼び掛けると、また別の人間が部屋に入ってきた。
彼はルイズとそう歳は変わらない、青色の髪をした少年だった。寧ろ年下だろうか。
「紹介しよう。彼の名は──」
それから一ヶ月もしなうちにルイズは魔術を彼から学び、使いこなすようになった。そして一年後には既に実戦に移せるくらい、時間加速の魔術は使いこなせるようになっていた。
ルイズ・レーニー・ヴァンネル。超能力者としてはレベル6相当。魔術師としても最高級の実力者と肩を並べる程だ。
こと暗殺者としては、彼女の右に出るものはいないだろう。何せ、彼女の暗殺方法は良い意味でイカれている。
なぜなら、目撃者を皆殺しにしてきたからだ。誰も彼女を覚えたまま生き残らなければ、それは最早暗殺である。
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