第21話 潜入任務

 午前二時。エヴォ総合学園学区郊外。

 中心から離れたことで建物は密集しておらず、畑や田圃、林などが多くなってきている。ただ、それでも全くの無人というわけではなく、間隔こそ空いているが電灯はあるし、家も見かけられる。

 所謂田舎ではあるが、ドがつくほどではない。そんな地域。

 そこに、一つ、大きな屋敷があった。白色が目立つ二階建てのコートハウス。高級感のある装飾が施されており、更に家の周りには塀まで建てられている。見れば高級車が何台も止まっていた。


「⋯⋯アレンさん、指定の位置に付きました」


 ミナは無線でアレンにそう伝えた。


『了解。⋯⋯他も持ち場に付いたようだ。侵入を開始してくれ』


「はい」


 現在、ミナたちはVellへの侵入を企んでいる。全員潜入するのはリスクが大きいと判断し、二人一組に別れていた。

 アルファチーム、ミナとエドワード。派手で広範囲な能力のため、万が一の時のための陽動及び斥候。

 ベータチーム、リエサとライナー。隠密に優れた能力のため、『能力覚醒剤』の製造方法の特定及びそれの破壊。

 チャーリーチーム、アルゼスとレオン。機動力に優れた能力のため、件の少女の救助。

 デルタチーム、ユウカとヒナタ。ヒナタのハッキング能力により、Vellと理事会、学園都市の関係を裏付ける証拠の発見及び『能力覚醒剤』に関する情報の調査。ユウカはヒナタの護衛。

 本作戦では、まずアルファチームが潜入し、内部の探索を行う。目ぼしい箇所を発見次第、ベータ、チャリー、デルタチームがそれぞれその箇所に向かう。

 

「じゃあ行こうか、エドワード君」


「気軽に名前で呼ぶな、星華」


「⋯⋯悪かったね」


 ミナとエドワードは喧々とした雰囲気である。だが協調性が無いわけではないらしい。


「おい、止まれ」


「え?」


 エドワードの言う通りにすると、直後、見張りらしき人物が歩いてきた。もしもこのまま、物陰から出て突っ走っていると見つかっていただろう。


「もう少し周りを見ろ」


「ごめん。ありがと」


 見張りが離れたのを確認し、ミナたちは屋敷に向かう。足音は鳴らさず、警備にも見つかっていない。

 アイコンタクトで、ミナは建物内部に入ることをエドワードに伝える。

 窓の鍵は開いていた。中の様子を見て、誰も居ないタイミングを見計らって潜入する。


「⋯⋯さて、とりあえず手当り次第に調べていこうか」


「いや、それよりも良い方法がある」


 ミナは近くの部屋から調べていこうとしていたが、エドワードは別の方法を考えていたらしい。


「それって?」


 ミナが気になって聞くと、エドワードは何も言わずに偶然通りかかったVellの構成員に電撃を浴びせた。

 音は出なかった。見つかり、叫ばれる前に、そして倒れる前に、構成員の男を気絶させたからだ。


「情報は吐かせれば良い」


「⋯⋯なるほどね」


 それでも、廊下で尋問するわけには行かない。無人の様子がある部屋に入り、ミナが周りを警戒する中、エドワードは捉えた構成員を起こして情報を吐かせようとする。


「っ! なん──」


「静かにしろ。死にたくないだろ」


 エドワードは構成員に対して電撃を見せる。 空気中を走るほどの電流。こんなものが人間に流れようものならどうなるか。想像もしたくない。

 構成員も死にたくはない。口を抑えるようなジェスチャーをした。


「よし。ならいくつかの質問に答えてもらう」


 そう言って、エドワードは構成員から建物内の情報を聞き出した。

 一つ目、『能力覚醒剤』の製造方法。これについては知らないらしい。知っているような人間はVellでも上層部のみである。勿論、この構成員はただの下っ端だ。

 二つ目、件の少女について。容姿などを話した際、彼には見覚えがあったらしい。若頭──トーマス・ジェームズという男に連れられていたのを見たことがあるとのこと。ただ、二人の関係性は悪そうである。

 三つ目、Vellと学園都市との関係性について。これに関しては情報の裏取りができた。それは本当であり、おそよ三年前からの繋がりであるらしい。

 他にも間取りなどについても聞いた。大多数の部屋は行く価値もないようなものだったが、気になる場所は複数あった。

 それぞれ、『ボスの部屋』、『若頭の部屋』、『常に鍵が掛かっている部屋』だ。

 また、一部の人間は稀にしか見かけなかったり、そのことについて詳しく聞いても「話せない」としか答えてくれなかったりすることがあるらしい。彼曰く、「そういう奴らは頭良いやつばっか。大学まで行ってた奴もいたりする」とのこと。


「一回気になって跡を付けたことがあるんですが、どうもそいつらはさっき話した『常に鍵がかかっている部屋』に入っていっていました」


「お前はその部屋に入ったことはあるのか?」


「いえ、ありません。鍵はないですし、壊せませんし」


「そうか。⋯⋯あと聞きたいこと⋯⋯はないな。御苦労。じゃあまた眠っててくれ」


「え?」


 エドワードは構成員に触れ、電流を流した。死なない程度に調整したが、少なくとも数時間程度では起きないだろう。また、火傷もしているかもしれない。


「有益な事は色々聞けたね。早速報告しないと」


 ミナとエドワードは無線を通じて今得た情報を共有する。すぐに残りのチームが潜入を開始するだろう。そうなれば、ミナたちは潜伏に徹する手筈になっている。

 二人の仕事はここまでだ。

 出てきたルートと同じ所を辿り、やがて安全な場所まで戻って来た。


「ふう。やっと安心できる。にしてもあなたこういうこと慣れてるの? わたし何もしなくてよかったよ」


「勿論。オレたち風紀委員会は状況に臨機応変に対応していかないといけないからな」


 エドワードは自慢気に語る。ミナに対する嫌味や敵意はその時だけ無くなっていた。

 おそらく彼はこう見えて割と単純なのだろう。


「流石!」


 ならば煽てるだけ煽てて、できればこれからは妙に突っかかって来ないでほしい、とミナは思った。

 そうとも露知らず、エドワードは鼻を高くしていた。


 ◆◆◆


 同時刻、アルファチームの報告を受けたことで、ベータ、チャーリー、デルタチームは潜入を開始する。

 それぞれの目的は、ベータチームが『ボスの部屋』、チャーリーチームが『常に鍵がかかっている部屋』、デルタチームが『若頭の探索』の探索である。


「二階南側の一番左から四番目⋯⋯そこか」


 ベータチーム、リエサとライナーが忍び込む場所は二階にある。普通であれば一階から潜入後、階段で上がる所だが、リエサは自身の能力で足場を作り、簡単に辿り着く。


「⋯⋯入っても大丈夫みたいだ」


「そうね」


 中の様子を確認した二人は、幸いにも鍵がかかっていなかった窓を開けて忍び込む。

 部屋の端に備えられたベッド。そこには人が眠っていた。が、ただ眠っているわけではなさそうだ。マスクに点滴。病人の扱いをされている。

 また、部屋は使われた形跡がない。まるでその男はずっと眠っているようだ。

 リエサは男に近づき、手首を触る。


「呼吸と脈は⋯⋯ある。起きるかもしれないから、気にしておくべきかな」


 そう言いつつ、リエサとライナーは部屋の物色を始めた。

 部屋には机、ノートパソコン、本棚、ハンガーラックなどがある。他は高そうな絵画や壺、骨董品などだ。

 机には引き出しがあった。鍵がかかっていたが、ライナーは破壊して中を確認する。手帳、何かの報告書などがあった。

 手帳はどうやら日記であったようだ。最後の日付は半年前である。それまではマメに書いていることから、ライナーは違和感を覚えた。

 内容には特筆すべき点はあまりない。ただ、どうも「トーマス」という人物を気に掛けているような文言が多くあること、財団への不平不満の二つが書かれていた。

 報告書は二種類あり、内容も小難しく分量も多い。そのためライナーは斜め読みしたが、それらは一言で言えばおぞましかった。


使⋯⋯」


 学園都市では外部から招かれた生徒や能力者となるべく入ってきた生徒を補助するため、支援金や無利子の奨学金などが与えられる。

 この制度を利用し、学園都市に置き去られた子供を捨て子ファウンドリングと言う。

 支援金や無利子の奨学金で、学費や生活費を全て賄えるわけではない。何より、置き去りにされてしまうパターンの多くで、これら支援金や奨学金は子供の手元から無くなっている。

 親との連絡が取れない捨て子たちは学園都市が保護しようとしているが、全員を保護することはできない。

 このような子どもたちは自らお金を作らなければいけなくなるのだが、真っ当に進学する人は少ない。非行に走ったり、そもそも学校を退学してしまったりする。

 行き場のなくなった子供たちが行く末は、自殺か誘拐されるか、もしくは犯罪組織に組するか、だ。

 Vellは捨て子たちの誘拐を行っていた。そしてそんな彼らを使った実験を行っている、というのだ。


「⋯⋯二つとも碌でもないな」


 実験内容の二つを読んだライナーはそう思って顔を顰めた。気分が良いものではない。

 彼が日記や報告書を読んでいる間、リエサは本棚を調べていた。

 それらの内容の多くは超能力学に関するものであった。救助科とは言え、学問としての超能力もある程度学んでいるリエサだが、それらの本は高校レベルを逸脱している。内容から察するに大学で学ぶものだろう。

 また、いくつかの本には付箋が付けられている。気になってそのページを開いて見ると、これらの多くは能力因子に関係する実験や考察文だった。


「『能力因子の存在証明』、『能力が宿る箇所』、『無意識下における能力の発動』⋯⋯か」


 専門用語多数。少なくともここで読んですぐ理解できるようなものでは無さそうだ。前提知識も時間も、何もかもが足りない。

 ノートパソコンも当然パスワードが設定されており、ヒナタのようにそれを突破する術をリエサたちは持っていない。調べることは不可能だ。

 他の書類もスマホで撮影し、元に戻しておく。壊した鍵は、外見だけ綺麗にしておいた。調べればすぐ分かるだろうが、この部屋には長いこと出入りされた跡がないため、すぐには気づかれないだろう。


「⋯⋯で、この男、どうするんだ? というか、誰なんだ?」


「多分、Vellのボス⋯⋯ヴィクトリア・ヴァンチャットじゃない?」


 だとすれば何故眠っているのか。それも長い間。昏睡だとして、何があったのか。

 当たり障りのない理由はいくらでも考えられるが、リエサにはどうも引っ掛かる。何かを見落としている気がする、と。


「⋯⋯ミュラー、さっき報告書みたいなの見たって言ってたね? どんな内容だった?」


「え? ⋯⋯まあ、そうだな⋯⋯」


 ライナーはリエサに、Vellが過去に行ったとされる非人道的な実験を伝えた。

 一つ、能力の抽出実験。超能力は能力者が持つ能力因子の働きであるという考察を元に能力因子を取り出す実験であった。

 能力因子は体全体に分布しているが、特に脳内に多く存在する。つまり、脳から不必要なものを取り除くことで、能力そのものを抽出することができるという仮説を実証するもの。

 二つ、学園都市の教育とは異なる能力の獲得方法。端的に言えば抽出した能力を、また別の人間に与える方法である。

 抽出した能力因子をそのまま脳などの体に移植すればよい。重要なのは脳部に大半を移植すること。しかし、体全体にも必要量を分布させることである。

 そして、抽出した能力は元よりも出力や効果が弱まる可能性がある。その根拠は、シンプルに能力因子の全てを移植しているわけではないこと。移植という関係上、出力の低下などは拒絶反応のようなものであるということだ。


「⋯⋯もしかすれば、ありえなくはないか」


「月宮、何か分かったのか?」


「いや、まあ、Vell、学園都市、財団は能力者を人造しようとしているんじゃないかって思っただけ」


 確たる証拠はないし、リエサの予想は妄想の域を出ない。


(能力覚醒剤はその補助のために作られたか、もしくは副産物か。何であれ、その目的は⋯⋯? 能力者を人造して、戦争でも起こす気?)


 少し考えるが、リエサはすぐに考えても無駄だと決め、この場から立ち去ることにした。


「やることは終わったし、私たちも戻ろう」


「そうだな──?」


 その時だった。

 突如として、アレンから二人に無線が入った。


『全員に通達する。予定変更だ。調べているものが終わったら、『常に鍵がかかっている部屋』に向かえ』


 何かあったのだろう。全員を招集するような、重大な出来事が。


『──その先に、地下施設を発見した。全員にはそこを探索来てもらいたい』

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