第20話 殺し屋の目
「⋯⋯おっと、そこまでかしら」
ユウカが能力を使い、青年の四肢を破壊しようとした瞬間、彼女は現れた。
二人の間にいつの間にか立っており、ユウカに対して短剣を突きつけている。
「お前は⋯⋯」
ハーフアップの金髪。軍服にも似た黒基調の服装。そして、心を感じさせない光がなくなった白縹色の冷徹な目。
年齢は二十前くらいか。身長は百七十センチメートル程度。細身というわけではなく、かと言って太っているわけでもない。引き締まった体付きをしている。
特徴から察するに、彼女こそロン・グレインジャーに『能力覚醒剤』を渡した張本人。今回の騒動の元凶に近しい者だ。
(この男を守ったということは⋯⋯こいつ、『Vell』の関係者、か?)
「何か考えているみたいだけれども、そんな余裕あるの?」
女性は艶やかさのある、しかし冷たさもある声でユウカを挑発する。
二人はユウカの能力の範囲内に存在する。この場で殺すこともできる。彼女には人並みに殺しを忌避する気持ちはあるが、それ以上に、この女性をここで殺しておかなければならないと勘が訴え掛けてくる。
だから、容赦なく破壊能力を行使した。
しかし──能力は発動しなかった。
「⋯⋯なに」
「あら、今何かしようとした? ごめんなさいね、あなた⋯⋯白石ユウカの超能力は
彼女はわざとらしく、演技だと丸わかりな屈託のない笑顔を見せた。
「や、やるじゃないかヴァンネル! 見直したぞ!」
ヴァンネルと呼ばれた女性に守られ、後ろで腰を抜かしたままの男はそう言った。まるで威厳も何もなく、その光景はあまりに情けない。
「⋯⋯名前をそう簡単に呼ばれては困るわ、若頭さん? 私もそういう立場の人間だから」
「⋯⋯っ! ⋯⋯す、すまない」
嫌な予感がする。このヴァンネルという女性は只者ではない。おそらく、青年、若頭よりも格段に強い。実戦経験も豊富なのだろう。立ち姿だけで分かる。
(⋯⋯不味いな。超能力が使えない。能力を封じる能力者か? ⋯⋯下手げに戦うべきではなさそうだ)
ユウカは戦況を理解し、自分の不利を悟った。相手の情報が分からない上、実力もユウカとは大きく変わらなさそうだ。いや、能力を用いない戦闘なら、ユウカの方が劣っているだろう。
(あの女の子を助けて逃げたいが⋯⋯まあ、逃してくれるわけないか。⋯⋯能力が一瞬でも使えたら良いんだが。となると、まずは相手の能力の発動条件を乱す必要があるな)
そうと決まれば行動に移る。ユウカは近くにあった空き缶をヴァンネルの頭部目掛けて蹴飛ばした。
しかし彼女は相当慣れているようだ。空き缶を片手ではたき落し、迫って来たユウカを迎撃する。拳をガードし、ナイフで反撃。が、ユウカはとてつもない身体能力を生かし回避する。
が、ヴァンネルは追撃を加える。回避で体制が不安定となったユウカだが、寧ろそれを利用し、後方に転回することで距離を取る。
「今だ!」
青年は能力を行使し、ユウカに対して剣を射出する。破壊能力が使えない今、防御は不可能。それを見越しての能力行使だったのだろう。
だが、ユウカは剣の軌道を見切り、避けられないものは素手で弾くなり受け止めるなりし、致命傷を避けた。
その際に掴んだ一本の剣をあろうことか、青年に投げ返した。既の所で青年はその剣を削除することに成功したが、もう少し遅ければ首元に突き刺さっていただろう。
「超能力は使えないはずなのだけれどね。まあ、身体能力まで封じることはできないから、当たり前といえば当たり前だわ」
超能力の影響による身体能力の向上効果。これは超能力を封じただけでは無くなることがない。あくまで超能力者の肉体内部で発現している力だからだ。これを消すには、超能力を封じるのではなく、消し去る必要があるだろう。
「⋯⋯能力を封じる能力、か」
発動条件は何か。
(大抵、こういう能力は目視とか接触が発動条件になっている。後者は触られた覚えがないから違うとして、とすると前者の可能性がある。なら一度姿を隠してみるか)
ユウカは路地裏から出るべく、走り出す。その際に少女を抱き抱えた。背丈はそれほど変わらなかったが、持ち上げて走るくらい造作もない。
「逃げた⋯⋯ああ、視界外に、ね。目の付け所が良いわ。流石風紀委員長」
ヴァンネルは迷い無くユウカたちを追い掛ける。助けたはずの青年は、最早その頭の中にはなかった。今は彼女を殺したい一心でいっぱいだ。
「お、おい。⋯⋯何のつもりだ、アイツ」
取り残された青年は、そう言い捨てるしかなかった。
彼女は青年の取引相手。そして同時に協力者でもある。そのため、何度か話したことがあったが、いつも彼女に思うことがある。
まるで人らしい感情がない。あるのは残酷で、冷徹で、そして殺人鬼に相応しい狂気のみ。
あの女性──ルイズ・レーニー・ヴァンネルは、ただの人の皮を被った化物だ。
「取引相手を置いていくかよ、普通」
◆◆◆
路地裏から出た直後、ユウカはルイズを死角から襲った。横からではなく、真上から。然しものルイズでも反応に一歩遅れると期待したが、彼女は一瞬でユウカを見た。そして超能力は再度封じられてしまった。
ユウカはルイズに組付くことができずに着地。彼女はユウカから距離を取った。
「⋯⋯で、どうする。ここは路地裏じゃない。騒ぎを起こせる立場なのか?」
「かと言って人通りが多いわけでもない。騒ぎが起きる前にあんたを殺せばいいわよね」
「そう。それができるのなら、そうだな」
──ルイズの手元を、青い稲妻が走った。着弾した先の壁は抉られるように砕けており、また、焦げていた。
その攻撃によって、ルイズは得物を失った。
稲妻が走ってきた方向を横目に見る。そこには風紀委員会の制服を着た男子生徒が立っていた。
生来の金髪に赤い目。美しく整った顔つきから、彼は所謂美青年というものだ。しかしその顔には似つかわしくない凶悪な笑みを浮かべている。風紀委員とは思えないが、彼の正義感は並大抵ではない。
彼の名はエドワード・ベーカー。風紀委員会に所属するレベル5の超能力者。ユウカに次ぐ戦闘力の持ち主だ。
「委員長にそれ以上近づいてみろ。次は頭を貫く」
エドワードは手に弾丸を持つ。それは一般的なものではない。彼の超能力『
「怖い怖い」
ルイズはらしくもなく両手を上げる。ようやく降参したかと思ったが、ユウカは違和感を覚えた。警戒は解けない。解かなかった。しかし、
「⋯⋯〈
そう唱えた瞬間、ルイズは今まで以上のスピードでユウカに──いや、彼女の後ろに隠れていた少女の元まで向かった。
その間は見られていない。能力は使える状態にあった。つまり、ただ単純に見きれなかった。反応できなかった。
そして、少女の首に腕を回し、人質に取った。
「ここで見逃してくれるかな? いくらなんでも二人相手はキツイし。あんたたちも死にたくはないでしょ?」
「⋯⋯人質のつもりか? その子は殺さずに連れ戻す必要があるんじゃないか?」
「そうね。で? 任務失敗するのと、ここであんたたちに捕まるの。私が選ぶのはどっちだと思う? この子供殺すのは不利益かもしれないけど、最悪死んでも構わないわよ」
ルイズの殺意は本物だ。彼女は確実に少女を殺す。そうだと確信させるものがある。例え、偽りの感情だとしても、ユウカには、エドワードには、それを見破る手段はない。
風紀委員であれば、少女の命を失わせる可能性のある選択は取れない。それを分かっていて、ルイズはこのようにして脅しているのだ。
(能力が使えない⋯⋯だと? ⋯⋯なるほど。委員長が梃子摺るのも無理はない、か)
助けに来たエドワードだが、早くも役立たずとなった。いや、ルイズに撤退させようと判断させたのは彼の存在が原因だ。
「⋯⋯⋯⋯エドワード、追うな」
「⋯⋯了解しました」
ルイズは不敵な笑みを浮かべる。
「良い判断だわ。そうよね。罪もない子供が殺されるかもしれない選択肢は取れないわよね」
そう言いつつ、ルイズはユウカとエドワードから目を離さず、距離を取った。そして路地裏の入り口まで行くと、姿を消した。
「⋯⋯これは私のミスだ。逃げることに徹していれば、救えたかもしれない」
ユウカがルイズに不意打ちを仕掛けたのは、彼女を
あのルイズという女性は
「委員長⋯⋯いえ、こちらこそすみません。初手でアイツの足でも飛ばしていれば。油断したオレが悪かったです」
「いや、お前は十分やってくれた。ありがとう。助けられた。⋯⋯私は戻る。また明日言うが、メディエイトから協力の依頼があった。それと、あの女⋯⋯おそらく関係がある。お前も今日は休め」
ユウカはそれだけ言って歩き出した。
エドワードは立ったままそこを動かずに、
「⋯⋯褒められた。あの、白石委員長に!? このオレが!?」
風紀委員会に所属し、今の今までユウカからエドワードは一度たりとも褒められたことがなかった。そのため、一瞬嬉しさのあまり動揺する。が、
「⋯⋯いや、浮かれるな。何であれあの子供は誘拐されたし、明らかヤバい奴を取り逃がしてしまった。⋯⋯あの女の能力⋯⋯」
エドワードはユウカの言葉に従い、寮に戻る。最中、彼は今日のことを振り返った。
ルイズへの不意打ち時は超能力が使えた。しかし、彼女に視認された途端、能力が使えなくなった。
能力を使用不能にする能力。発動条件は視認で間違いないだろう。
だが、そうなると疑問が一つ浮かび上がる。
「最後に使ったあの力は何だ? 加速系の能力⋯⋯どう考えてもアンチ能力とは別物だろ⋯⋯?」
超能力は使い方次第でやれることの幅が大きくなる。実際、エドワードの能力は電撃をそのまま放ったり、先のようにレールガンとして運用したり、また、電気系統の機器をハッキングしようとすればできる。
だが、あくまでも電気を操作するという根底そのものが変わることはない。
つまり、ルイズは、よく年頃の男の子が妄想するような
「なんか引っかかるんだよな。てか、あのときは気にもしてなかったが、ダブル・アクセルってなんだ。超能力使うのに、漫画みたいに技名言うことないだろ。ナルシストか? っぽいしな」
しかし、おそらくは違うだろう。それでも超能力の運用に技名を叫ぶ必要はない。少なくとも、エドワードが知る範囲ではそうだ。
「⋯⋯呼び出す、詠唱。魔法的な? まさか魔法とかいう非科学的なものが実在するとか? 馬鹿らしいな。
エドワードはルイズの力について考えることを止め、今分かっていることのみを考えるようにした。
「とりあえず、あの女は二つの能力を持っている。まあ、それ以上の可能性も考えておくべきか。最初から使わなかったのは、自らが持つ力を隠すため⋯⋯ってところか。妥当だな。自らの手札を知られることは死に直結する」
知られるということは対策されるということ。エドワードも、絶縁シートやら避雷針やらを用意されると能力が使いづらくなる。
「あとは短剣とか持ってたな。撃ち落としたが、わざわざ銃でもなく短剣を持つってことは⋯⋯あの加速能力との併用ってところだな。確かにあんなスピードで剣振り回されたらどうしようもない」
視認されると能力が使えない。かと言って逃げ切れるわけでもない加速能力。おまけに戦い慣れた者特有の動き。
実力、実戦経験共に優れた殺戮者というわけだ。おまけに相手の力はまだ底が見えない。
「⋯⋯ただ、複数人相手は厳しそうだな。視認し続けることが条件である以上、前後を取ればどちらか片方は能力が使える。まあそうなれば自力で避けてくるっぽいんだが」
何であれ一人では相手にできない。最低でもユウカレベルの身体能力がなければ呆気なく斬られて死ぬだろう。ルイズは素の身体能力がレベル6能力者並みなのだ。
高レベル能力者であればあるほど身体能力も高い傾向にある。単純に考えれば、ルイズは超能力者としてレベル6に相当する。
「多数で囲って反撃させる暇を与えずに⋯⋯捕縛、は無理だな。殺す気で行かないと逆に殺されるタイプの人間だ、アレ」
エドワードは殺しをしたことなんて当然ない。躊躇とか忌避感とか、考えたこともない。だからいざやろうとするまで、分からないだろう。その不快感は。
だが、やらなければならないかもしれないということは頭の片隅に入れておく必要がありそうだ。
「⋯⋯疲れたな。委員長もああ言ってたし、今日は休もう。一旦、このことは考えないようにするか」
少女を助けられなかった悔しさ、罪悪感はある。彼も一人の人間だ。何とも思わないなんて、できるはずがない。
が、同時に現実も見てしまう。ここで幾ら考えたって、今すぐに助けられるわけではないのだ、と。
だからいつものように風呂に入って、飯を食って、ベットに潜り目を閉じる。
「⋯⋯⋯⋯」
ただただ、不安から目を背けたかった。
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