第19話 破壊の能力者

 エヴォ総合学園風紀委員会施設内、委員長部屋。

 中は机、椅子、本棚、観葉植物等と言った必要最低限のものしか置いていない。

 委員長であるユウカは、仕事が一段落したため、椅子の背凭れに体重を預け、手を伸びし珈琲を片手に取り、一口飲む。

 少し休憩しようか、と考えて立ち上がった時、扉を叩く音がした。

 扉は開かれ、アイリスが「失礼します」と言って入室して来た。


「何かあったのか?」


「ええ、メディエイトからの依頼です」


 そう言ってアイリスはユウカに資料を渡した。内容を斜め読みすると、どうやらエヴォ総合学園学区内にて『能力覚醒剤』の関係者と思しき人物が、とある建物に入っていくのを見たという通報があったとのこと。メディエイトはその調査のために風紀委員の協力が得たいと依頼したのである。


「どうなさいますか? 人員ならば居ますよ」


「依頼は受ける。⋯⋯あと、今回は私も出る」


 ユウカは戦闘力で見れば、風紀委員どころか、『三大学校』全部含めてもトップクラスだ。しかし委員長という立場となったが故に、現場に赴くことは少なくなっていた。


「委員長自ら、ですか。一応理由を聞いても?」


 そのため、こういうことは珍しかった。


「勘。⋯⋯あと、少し気になるとこもあるから。多分、生半可な人員だと足手まといになるかもしれない」


 ユウカは理由を少し濁した。アイリスは勿論のこと気がついてきたが、彼女にも考えがあることを理解している。説明するほどではないと判断したのだろう、と。


「ではメンバーは委員長、エド、あとはライナーで手配しておきますね」


「問題ない。⋯⋯と言いたいが、エドワードは、その⋯⋯よろしくないんじゃないか?」


 アイリスの提案を、ユウカはやんわりと指摘した。だが、アイリスはそうなるだろうと分かっていた。


「星華ミナと月宮リエサが居るから、ですか?」


 レオンが初面会時にいきなりレールガンをぶっ放したことを憂いているのだろう。


「⋯⋯ああ」


「なら問題はありません。確かに彼はミース学園とその生徒が嫌いですが、私の方から叱っておいたので任務に支障はないかと」


「そう、か」


 アイリスの言葉に、ユウカは納得するしかなかった。彼女のことを信用しているし、信頼もしているからだ。ただ、だからといって心配事が全く無くなるわけではない。

 何かあればすぐさま送り返そうと思いつつ、ユウカは部屋を出ようとした。


「どこに向かわれるのですか? 予定は特にありませんが、見てもらいたい書類があるのですが」


「メディエイトに向かう。資料なら私の部屋に置いておいて。明日までに終わらせておくから。もう今日は帰っていい」


「⋯⋯はい。承知しました」


 部屋から退出したユウカは、コツコツと音を立てながら廊下を歩き、玄関から外へと出る。

 時刻は夕方。メディエイトにイーライが訪れた日の翌日。


「⋯⋯『能力覚醒剤』」


 以前、ミナとリエサから引き渡されたロンという男子生徒から、その関係の話を聞いた。

 ロンは、件の覚醒剤を、いわゆる売人から買ったわけではなかった。これは他の『能力覚醒剤』使用者とは異なる例だった。

 その集団の正体は分からなかったが、渡されたのには理由があったらしい。そしてその理由こそ、彼の復讐心を燃やした切っ掛けであった。


「レベル6への効率的能力進化レベルアップ⋯⋯の、実験」


 がそうであったから、理解できる。レベル6への期待、憧れ。誰でもそこへ到れるのなら、そしてそれが効率的であるのなら、どれほど理想的であっただろうか。

 しかし、事実として、そこにあるのは期待の裏返し。あるいはそれ以上の絶望だろう。

 何せレベル6は、レベル5の延長線上ではない。


「⋯⋯『能力覚醒剤』がもしそうであるのなら、既に大勢の人間が犠牲になっている可能性がある。⋯⋯そうか。だから⋯⋯」


 以前から気になっていたことがある。

 上がってくる報告を纏めていると、一月あたりの死傷者数が増加傾向にあった。治安悪化に伴うものかと思っていたが、別の要因があるかもしれない。

 レベル6への覚醒。そして『能力覚醒剤』の作用を考えると、その原因にも納得がいく。

 今現れている『能力覚醒剤』を使用した犯罪者は、氷山の一角であるかもしれない。そしてその他は──この世に居ないのではないか。


「⋯⋯⋯⋯」


 メディエイトとの共同捜査の依頼。ユウカは少し違和感を覚えていた。

 かの組織は確かに人数こそ少ないが、たかだか捜査に必要な人員すら居ないことはない。アイリスも気がついているのだろう。だから「人員なら居る」と数を用意できるということを暗に言ったのだ。


「メディエイトからの依頼。ぼかした言い方。そして、彼の告発。⋯⋯全部偶然の一致で片付けられるものじゃない」


 もし、ユウカの見立て──学園都市がこの事件に関わっている──のだとすれば、あえてこうした言い方になるのにも頷ける。そして他の認定特異機関やS.S.R.F.を頼らない理由にもなる。

 実際、ユウカたち風紀委員会はエヴォ総合学園、つまり学園都市の管轄にある。だが、見られるのは書類だけで、風紀委員会が理事会に直接監視されているわけではない。

 表向きはただの捜査にすれば、すぐさま怪しまれることもないだろう。その間に証拠さえ取ってしまえば良いだけ。

 ユウカ自身が出ると言ったのも、そのため。おそらくこの『捜査』は一筋縄ではいかないだろうから。


「さて、そうなると密会だな。理事会といえど、個人使用のスマホまでチェックすることはできない」


 勿論、依頼書に馬鹿正直に持っている情報を書いているわけがなかった。詳しい情報を共有するためにも、ユウカは一人でメディエイトに向かう必要があった。

 アイリスからリエサの連絡先を聞いているユウカは、彼女に電話を掛ける。二回か三回かのコールの後、彼女は電話に出た。


「もしもし。白石ユウカだ。これからエドワーズ機関長と話がしたくてな。そちらに向かうが、良いか?」


『⋯⋯白石風紀委員長。⋯⋯なるほど。分かりました。こちらから伝えておきます』


「了解した。突然すまないな」


『いえ』


 ユウカは電話を切った。

 リエサの察しが良くて、話はトントン拍子に進んだ。


「⋯⋯さて、行くか」


 ◆◆◆


 同日、メディエイトにて。

 インターホンが鳴ったため、アレンは扉を開く。そこには長い白髪に紫色の目をし、黒いジャケットを着た少女が立っていた。

 小さいながらも、しかし悠然たる立ち振舞い、堂々した姿であるため、実際よりも大きく見える。

 それもそのはず。彼女は風紀を取り締まる者たちのまとめ役。エヴォ総合学園風紀委員会委員長、白石ユウカである。

 少女らしい透き通るような、だが落ち着いた声色でユウカはアレンに話しかける。


「いきなり押し掛けてすみません。あの依頼についてお話したいことがありまして」


「分かった。まあ、上がって。それから話をしよう」


「はい。お邪魔します」


 アレンはユウカを客間に通す。それからお茶を二つ用意し、机の上に置くと、彼はユウカの対面に座った。

 ユウカは突然訪問したことを再度謝罪しつつ、そのわけを話す。


「本来であればきっちり予定を決めるべきでしょうが、そちらの懸念通り、私たちは理事会の管轄下にあります。ならば調査⋯⋯いえ、は即座の方が良いでしょう?」


「話が早くて助かるよ、白石さん。⋯⋯そうだ。襲撃は早ければ早いほど良い。下手に準備を整えていれば、理事会にバレるリスクも大きくなるからね。その様子だと⋯⋯?」


「ええ。いつでもいけます」


「本当に助かる。なら二日後の早朝はどうかな? こちらはその日なら行ける」


「勿論。同行者には私の方からも言っておきます」


 予定は決まった。

 ユウカが急いだ理由はこれだ。できる限り理事会にバレるリスクは小さくしたい。ならば、情報がそこに回る前に事を起こしてしまえば良い。


「ところで、風紀委員会からのメンバーは? 把握しておきたい」


「エドワード・ベーカー。ライナー・ミュラー。そして私です」


「ふむ。心頼もしい。ありがとう。組分けは私の方でやっておく」


「お願いします」


 それから二人は互いが持つ情報を共有した。

 中でも、レベル6能力者を効率的に作り出すことが目的である、という話をしたとき、アレンは少し考え込んでいた。


「何か心当たりが?」


「いや⋯⋯まあ、君になら言ってもいいか」


 アレンは、メディエイトの前機関長が財団関係者だったこと、そのため財団のデータベースにアクセスできること、そしてそのデータベースで『能力進化計画』を見つけたことを話した。


「⋯⋯エドワーズ機関長、あなたまさか」


「勘違いしないでくれ。私は元々外部の人間だし、財団とも理事会とも関わりがない」


「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯ならいいですが」


 アレンの出自についてはこの際深く掘り下げない。今は目の前の問題について考えるべきだ。

 次に、話し合いは互いの超能力へと変わる。アレンとユウカは、それぞれのメンバーの超能力について話した。これで互いのできるのことを把握しなければ、指示を出そうにも出せないからだ。

 そしてやはり、レベル6に認定されるだけあって、アルゼスとユウカの能力の詳細を聞いたとき、それらは別格だった。


「戦力としては十分、ですね」


「そのようだな。⋯⋯そういえば、ロン・グレインジャーに薬を渡した人物の特徴とか、聞いていなかったか?」


 ユウカは記憶を探る。

 確か彼は、薬を渡してきた集団のリーダー格は女性だった、と言っていた。編み込みのあるハーフアップの金髪。黒を基調とした軍服風のドレス。背丈は女性にしては高い方。そして冷徹な目をしていた、らしい。

 アレンにその特徴を伝え終わると、彼は「分かった」とだけ一言。そして黙ってしまった。


「⋯⋯もう聞き忘れたことはありませんか?」


「⋯⋯ない、と思うな。じゃあまた、二日後の早朝に」


「分かりました」


 ユウカに出されたお茶は空だった。

 メディエイト事務所から出たとき、夕日はもう落ちきっていた。空は真っ赤に染まっていて、端から黒がじわじわと迫ってきている。

 この後の予定はない。なかったのだが、何だか心がざわめく。このまま普通に帰ってはいけない、と。

 彼女の予感は必ず当たると言ってよいほどの精度だ。こういう時は勘を信じるべきである。


「⋯⋯⋯⋯!」


 ユウカがふと見たところに、一人の少女が居た。伸び放題の銀髪。折れそうな四肢。オーバーサイズのシャツ一枚だけを着ている。

 そんな少女が、一人で、路地裏を歩いている。フラフラと。

 これに違和感を覚えず、見過ごす人が居るだろうか。

 ユウカはすぐさま少女の元に向かい、話し掛けた。


「どうしたのかな、お嬢さん。迷子かい?」


「⋯⋯! ⋯⋯⋯⋯」


 何も喋らなかったが、目は口ほどに物を言う。助けを求めているようだ。


「そうかい。なら──」


「おっと、見つけた」


 ユウカはその少女を保護しようとしたとき、路地裏から歩いてくる男がいた。黒髪、黒シャツ、黒ズボン。黒のマスクをつけていて口元が見えないが、印象自体は悪くない好青年、という感じだ。


「すまないね。迷惑を掛けたか? 僕はその子の保護者だ」


「⋯⋯⋯⋯」


 男は少女の手を掴み、路地裏に戻ろうとした。

 確かに青年に悪い印象はない。──しかし、少女は明らかに彼を怖がっている。

 事件性がないなんて、口が裂けてもいえなかった。


「手を離してください。その子、怖がっているでしょう?」


「⋯⋯少し叱ってしまってね。それで怖がられているんだ」


「⋯⋯⋯⋯。いえ、違いますね。あなた、この子に酷いことをしたでしょう」


 男は目を細めた。


「さっきから何なんだ? 僕を悪者だと決めつけたいのか?」


「本当の事を言っているだけです」


 ユウカは少女の手を取る。

 瞬間、青年の印象が急激に変化したような気がした。いやおそらくは、こちらが本性だろう。


「⋯⋯だったらどうする。お前には関係ないだろ」


「関係はある。⋯⋯私は風紀委員だ。同行してもらおうか」


 青年はため息をつく。


「⋯⋯面倒だ。断ればどうなる? ⋯⋯いや」


 ──少女は、目を見開いて危機を訴えた。なぜなら、ユウカの真後ろには、いつの間にか剣があったからだ。それは迫って来ていて、彼女の首を突き刺すだろう。


「力づく、だな」


 青年はこれで終わるとは思っていなかった。彼も普通の超能力者ではなかった。ユウカが只者ではないことに気がついていた。

 即座に戦闘態勢を取る。


「剣、か。ここまでの生成能力は珍しいが⋯⋯宝の持ち腐れだな、お前。こんなことにしか使えないのか」


 ユウカの首を貫くはずだった剣は、それよりも先に砕け散っていた。


「その制服、エヴォ総合学園か。風紀委員となると⋯⋯お前がレベル6の第八位か。能力は⋯⋯」


 白石ユウカの超能力。それは──『破壊デストロイ』。対象を文字通り破壊する超能力。射程はユウカから半径三メートルと短いが、ホワイトリスト方式で対象は自動に選別され、多対象に同時に能力行使が可能。


「だが分かりやすく近距離型だ」


「そうだな。この能力は近距離でしか発動できない。だからお前のような遠距離もこなせる能力者相手に相性が悪い⋯⋯とでも思っているのか?」


 ユウカは近くの壁を触れる。能力を行使すれば、当然壁が破壊され、崩れ始めた。ユウカに降り注ぐ瓦礫は無くなるが、しかし、


「!?」


 青年の近くの壁も破壊されており、瓦礫が降ってきた。彼は即座に能力を使い、剣を多数生成することで防御した。


「⋯⋯破壊を、遠隔で? 射程の話は嘘だったのか?」


「違うな。本当だ。この能力の射程範囲は三メートル。勘違いしているのは、破壊規模だ。『破壊デストロイ』はあくまでも。理論上とは言え、地面に触れれば地球さえ破壊できる」


 ユウカの足元を起点に、破壊の能力を行使する。地面に入ったひび割れは一瞬にして青年の元まで辿り着いた。

 反射的に青年は跳び上がる。だから生き延びた。彼の靴は、この刹那で使い物にならないくらい底が無くなった。


「⋯⋯チッ」


 破壊の能力は伝播する。続いているものであれば、元々の対象でなくとも破壊される。

 だから、理論上は惑星さえ壊しかねない超能力。それはユウカの能力の出力上不可能だろう。

 だが、ユウカは超能力の測定のために用意された山を一つ丸々破壊したことがある。そしてそのテストは全力ではなかった。途中で止めたのだ。つまり、自身の能力の最大限はユウカ本人でさえ知り得ない。

 青年は逃げようとした。だがユウカがそれを逃すはずがない。破壊は伝播し、青年の逃亡経路を瓦礫で塞ぐ。


「⋯⋯!」


「もう逃げられないな。分かったなら大人しくしろ。そうすれば痛い目には遭わない」


「⋯⋯クソが!」


 青年は無数の剣を作り出し、一気にユウカ目掛けて射出する。

 速かった。その能力の練度は凄まじいものだ。希少性もあり、彼のレベルは4は下らない。5で妥当。6にさえ届き得るポテンシャルがあるだろう。

 だが、目の前に居るのはレベル6の中でも、戦闘力であれば第二位かもしれない学園都市の最上位能力者だ。

 無数の剣は呆気なく全て砕かれた。

 ユウカは歩いてくる。絶え間なく剣を作り、射出しても、歩みが止まることはない。

 そして等々、ユウカの能力の範囲内に青年が入った。いつでも青年は彼女によって破壊される状態となった。


「五秒、猶予を与える。その間に四肢が無くなって連行されるか、五体満足で連行されるか、決めろ」


「⋯⋯ッ!」


 青年は手に剣を作り、振るう。が、ユウカに当たるはずだった部分だけ破壊され、使い物にならなくなってしまった。何度も何度も、ユウカが数を数えている間ずっと剣を振り回すが、やはり無意味だった。

 そして、


「⋯⋯ゼロ。⋯⋯利口になれば、手足を失うことはなかったのに」


 ユウカは一切の躊躇いなく、能力を発動した。それで青年の四肢は──。

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