第18話 思索

 イーライがアレンたちメディエイトに話した内容を纏めると次のようになる。

 先日、S.S.R.F.主体で、元RDC財団暗部組織『チルドレン』、当時は『レジスタンス』と名乗っていた集団を捕縛もしくは殺害する任務があった。

 しかし、その任務中に、同じく財団暗部組織『プロセッサー』が乱入。『レジスタンス』を抹殺するべく現れたが、イーライは彼らを撃退。その後の消息は不明。

 そしてここからは、現時点でイーライのみが知り得る情報である。内密にしたい理由でもある。

 イーライが調査をしても財団及び学園都市の情報は得られなかった。しかし『レジスタンス』から得た情報を精査した結果、『能力覚醒剤』の流通元、及びそこと財団には何かしらの関係があると突き止めた。

 この件の流通元こそ、犯罪組織『Vell』である。


「『Vell』⋯⋯何ですか、それ?」


 ヒナタはその名を全く知らなかったため、イーライに質問した。彼は答える。


「『Vell』は学園都市に存在する巨大な犯罪組織だ。正確な実態は掴めていないが、裏社会じゃ知らないものはいない。表にも広い繋がりがあると噂されている」


 S.S.R.F.に所属していた頃、イーライも『Vell』の存在について調査することがあった。だがいかにしても足取りを掴むことはできなかった。そうでもなければ、学園都市の裏社会を牛耳ることなんてできないとは言え、厄介なものである。

 しかし、イーライが『レジスタンス』から受け取ったUSBメモリの情報には『能力覚醒剤』に関するものがあった。そして『能力覚醒剤』は財団が開発に関係しているものの、直接生産しているのは別。そしてそれこそが『Vell』である、とあった。

 あのUSBメモリはであった。そこに『Vell』の名があるということは、この二つは関係しているということ。


「⋯⋯そう、ですか。⋯⋯コリン先生は、その『Vell』という組織を、メディエイトの協力の元調べたい、と?」


「はい。近頃『能力覚醒剤』の事件は増加傾向にあります。これを放置してはならない。また、『Vell』は元より、財団までもがこの事件に関わっている可能性が浮上した⋯⋯これは最早、S.S.R.F.にも頼れない状況ですから」


「え? S.S.R.F.が頼れないって、どういうことですか、先生?」


 リエサが声を上げる。決して大きくはなかったが、普段の彼女からしてみれば、取り乱しているのは明白な様子だった。


「それについて答えるには、少し長くなるな。⋯⋯まずそもそも、RDC財団、学園都市理事会、S.S.R.F.の関係について、どこまで知っている?」


「⋯⋯えっと、財団は学園都市の設立に大きく関わっていて、実際、理事会員には財団出身の人も居ました。S.S.R.F.は名目上は理事会の下にある組織ですが、権力としては同等で、理事会主導では動かすことができない独立した組織、のはずです」


「大まかには正解だ。しかし、本当は少し違う。学園都市を運営しているのは確かに理事会だが、財団は理事会に口を出すことができる。この二つはほぼ同じ権力を持っているわけだ。そして問題のS.S.R.F.は世間には理事会からも財団からも独立した治安維持組織として説明されているが、実質的な理事会直下の武力組織だ」


「⋯⋯⋯⋯本当ですか」


 リエサの言葉に、イーライは頷いて肯定する。

 もしイーライの言葉が真実なら、S.S.R.F.は財団とも縦の繋がりがあることになる。そして今回の調査では財団を敵に回すことがあり得る。当然、そうなればS.S.R.F.を頼ることはできるはずがない。


「⋯⋯これは、難しい問題ですね。コリン先生。⋯⋯返答は後日でも? 考える時間が欲しいです」


「無論、問題ないです。⋯⋯では。このことは内密にお願いしましたよ」


 それでイーライはメディエイトから立ち去った。

 瞬間、張り巡らされていた緊張が一気に解けて、各々ソファに深く座り込んだ。


「⋯⋯嘘だろ、こんな依頼は初めてだぞ」


「そりゃそうでしょう。⋯⋯今回の件、下手すれば、いやしなくても学園都市の根幹に関わる案件だ⋯⋯どうするんです、アレンさん。引き受けるんですか?」


「受けるも何も、コリン先生の表情見たか? あれはどう考えても『この事知ったからには後戻りさせない』っていう人のものだったぞ!? 大体何者なんだあの人⋯⋯なんであんなに詳しいんだ?」


「先生は元S.S.R.F.ですからね。その辺詳しいんでしょう。ミナから聞きました。それでも、情報通なんてレベルじゃないですが」


 リエサは携帯を取り出し、某アプリのメディエイトのグループに、至急事務所に集まるように連絡した。

 それから半時間も経たないうちに、ミナとレオンの二人がメディエイト事務所に到着した。

 そこで何があったのかを説明すると、二人は困惑するしかなかった。


「とりあえず、『Vell』っていう組織を叩けば良いってことだな。だったら早速調査といこうぜ」


「まあ待ってください、ソマーズさん。もう少しで調べ終わるので」


 ヒナタはノートパソコンを用いて検索していた。

 予想通り、普通に『Vell』を検索にかけたとしてもまともな情報は出てこなかった。そこで検索サイトや方法を色々試していると、有益な情報がいくつか出てきた。


「はい。全員に送ったのでちょっと見てください」


 ヒナタの検索結果で新たに判明した情報は三つ。

 一つ、拠点の住所。どうやらエヴォ総合学園の学区郊外にあるらしい。

 二つ、組織の構造。特筆すべきは、組長、次期組長でもある若頭。そして組長の右腕の三名。その他はただの構成員に過ぎない。

 三つ、表社会との関係。一部企業の運営、水商売を行っている。また『能力覚醒剤』以外のドラッグも表社会に流している。


「拠点が分かってるなら、襲撃ってところだな! アレンさん、すぐに行きましょう!」


「いやそうなんだが、これは⋯⋯うーん⋯⋯」


 アレンは少し乗り気ではないようだった。この依頼を受けたくないというより、拠点の規模に気掛かりがあるようだ。


「⋯⋯大きすぎる。一気に全滅させないと」


 アレンの気掛かりを当てたのはアルゼスだった。

 確かに組織のトップと若頭を失えば瓦解は必至だろう。

 しかし、それだけ追い詰められた残党が、何もせずに留まっているだろうか。最悪の場合、新たな支配者が現れてしまうかもしれない。それでは無意味だ。


「でもそれだと人数が明らかに足りない。いくらなんでも、メディエイトだけだと難しい」


 アルゼスの考えも、そしてリエサのこの意見も間違っていない。

 Vellは完全に制圧しなければいけない。だが、それをするには人手が足りない。


「コリン先生が言っていたように、S.S.R.F.も、他の認定特異機関も頼ることには不安が残る。かと言って自分たちではどうにもできない⋯⋯か」


 皆、思案するも良いものが思いつかない。やはり自分たちだけで何とかしなければならないかと思った矢先のことだった。おそらく、イーライは最初からそれで行こうと考えていたように、メディエイトだけでも難しいだけで不可能ではない。実際、アレンはそう考えていた。作戦は立てられた。


「財団と理事会を信用できないとなれば、やはりどうしようもないわな。何せ学園都市のほぼ全ての戦力が関係しているんだから」


「⋯⋯関係」


 アレンの諦めの言葉に、何か掴んだような気がしたリエサ。手を顎に当て、その掴んだものを引き寄せるまでに時間は多くを要さなかった。


「⋯⋯そうだ。もういっそ、バレても良い」


「⋯⋯何言ってるのリエサ?」


 全ての前提から覆すような結論を導き出したリエサ。ミナがそれを疑問に思うのにも無理はない。

 しかしリエサが何の考えもなく、そのような無茶苦茶を提案するわけがなかった。


「いくら秘密裏に行動していても、財団、理事会の情報力の前には時間の問題。それに、隠れてコソコソやるってことは、何かされても文句を言えない立場になるってこと。それなら寧ろバレても問題ないように、私たちの行動に正当性を持たせればいい」


「つまり⋯⋯どういうことなんだ?」


 レオンはまだ理解しきっていないようだ。リエサは言葉を選び、今の話を要約する。


「つまり、大義名分を手に入れて堂々と行動し、財団と理事会に釘を刺しておく、ってこと」


「なるほど」


 そしてそうなれば、肝心の大義名分が必要となるわけだが、勿論リエサはその辺も考えている。


「エヴォ総合学園の学区内だし、風紀委員を巻き込む形でいこう。それに学生の組織なら、S.S.R.F.とか他の特異機関よりは信用できるし。どうですか、アレンさん」


 リエサは自分の考えを全て話した。悪くない案だとは思っているが、決定するのは機関長のアレンだ。

 彼女の話を黙って聞いていたアレンは、問われたことで口を開く。


「ああ、構わない。エヴォ総合学園内で『能力覚醒剤』についての通報があったとでも言えば、風紀委員会の協力が得られるだろう。騙すような形になるが、今は手段を選んでいられない。別段まるっきり嘘というわけでもないしな」


「分かりました。その手筈で詳しく決めていきましょう。コリン先生には明日伝えておきます」


「頼んだ。⋯⋯さて、ややこしくなって来たな。しばらくは他の業務もできない。今日のところは解散。予定が決まり次第連絡するから、またその時に集まってくれ」


 アレンは彼らを帰す。アルゼスだけは事務所に残っているが、彼は自室に戻ったため、今この場にいるのはアレンだけだった。

 全員が立ち去った後、アレンはパソコンを開いた。


「⋯⋯久しく開くな」


 このパソコンはアレンの私物ではない。メディエイトの創設者。前機関長のものだ。アレンは彼女から、メディエイトと権力だけでなく、このパソコンも渡された。その時には既に彼女は居なかったが、パスワードと彼女の素性は知っている。

 パソコンからアクセスしたのは、RDC財団の内部データベースだ。


「本来なら外部の人間にはアクセス権がないページ。当然、財団職員ではない俺は見ることもできない。⋯⋯が、前機関長はそうではなかった」


 前機関長は、ファインド・スクールの生徒会長であり、学園都市の理事長であり、稀代の天才科学者であった。財団の最上位研究者であったのだから驚きだ。


「にしても、前機関長はこのことを予想して俺にこれを渡したのか? ご丁寧にアクセスしたログをリアルタイムで削除するプログラムまで付けて。まるで盗み見てくださいって言っているようなものだ」


 天才科学者である上に、財団のサーバーを潜り抜けるようなハッカーでもあるようだ。メディエイトという超法規的な機関を作るだけはある超人。そんな人物が遺したものを最大限活用し、アレンは『能力覚醒剤』について調べる。アクセス権限も財団内最高レベルであるらしく、困らない。


「⋯⋯あった。最初から調べておけばよかったな」


 『能力覚醒剤』が財団と関係があると判明するまで、アレンはこの権限を使うとは全く思っていなかった。

 しかし分かりさえすれば、あとはすぐだ。『Vell』に関する情報は少なく、ヒナタが調べたもので十分だったが、『能力覚醒剤』についての情報及び関連の実験については知らないものばかりだった。


「──『能力進化計画』。レベル6への効率的進化方法の模索か。⋯⋯ふざけてる。財団は戦争でも起こすつもりか?」


 レベル6。超能力者の頂点。国家が揺らぐほどの影響力を持ち合わせる、正に科学の結晶。

 現時点での能力開発技術は個人の才能に依る所が大きい。

 レベル5まではコストと時間を考えなければ、どんな人間でも理論上は育て上げることができる。だが正攻法でレベル6の能力者を生み出すことはできないとされる。

 レベル6の超能力者を生み出すには、そこへ至るほどの原石と、莫大な資金、人材を投入しなければならない。そして、そこまでしてようやく可能性が現れるのだ。

 ──では、もしも、薬一つでレベル6を生み出せるとなればどうなるか。


「⋯⋯能力因子への干渉。現実強度の濃縮。能力者が能力を使うにあたって、一番重要となる脳の構造を変化させる⋯⋯。こんなの最早、人体の遺伝子レベルの改造だ」


 倫理的に許されない実験をしているという事実にも納得がいく。

 能力者の脳構造は非能力者と異なる。より複雑で、より個人差があるのだ。それら全てに対応するような薬を作るとなれば、数多の実験対象が必要となるだろう。そして、脳構造を変化させるほどの効力となれば、命に関わるようなものとなって当然。

 非人道的な実験となることにも、頷ける。

 だが納得はいかない。


「⋯⋯なるほどな。『能力覚醒剤』はレベル6の量産のために必要なもの。『Vell』は『能力覚醒剤』の原材料を財団に提供している⋯⋯とすると、この原材料とやらがきな臭いな」


 財団ほどになれば、大抵のものは自分たちで作り出せるだろう。

 が、この原材料はそうではない。裏社会の組織を頼るリスクを取ってまで委託するという事実が根拠だ。

 となれば、大麻のようなものではないのだろう。


「財団と『Vell』の関係性の裏は取れた。『Vell』への襲撃は確定事項だな。理事会との関係は⋯⋯流石に分からなかったが、まあこれもさっき話し合った通りに黒を前提に立ち回るようにするか」


 『能力覚醒剤』事件を阻止するには、『Vell』を潰さないといけない。そしてこれだけでは終わりではない。その後、財団にも対処しなくてはいけなくなるだろう。下手をすれば、本当に学園都市の存続に関わるような大事となるかもしれない。


「⋯⋯まいったな。⋯⋯でも、やらなければ」

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