第17話 学園都市の闇

 エヴォ総合学園学区工場地帯からファインド・スクール学区の間で起きた事件から数日後。

 今日も今日とてメディエイトは学園都市で起こる様々な事件を調査、解決していた。


「アレンさん、書類終わりました」


 時刻は土曜日の昼前。今日の当番はリエサとヒナタ。アルゼスは当番言う概念はなく、毎日出勤だ。なぜなら彼はメディエイトで生活しているからだ。


「ありがとう、月宮。悪いな、書類仕事なんて俺がしないといけないんだが」


「これくらいの仕事なら慣れてますから」


 リエサが行っていたのは、依頼先からのメールのチェックとそのまとめ、及び依頼完了報告の作成。仕事を遂行する上での必要経費の算出と、それの支給手続き。仕事で発生した破損規模の報告書作成。その他、勤怠表、勤務表作成などなど。

 アルゼスは書類仕事が一切できなかったため、アレンは今までこれらを一人でやっていた。そのため徹夜など当たり前だったが、今では日が落ちるくらいには全部終わるようになっていた。


「いや、本当に助かってるよ。正直、俺より早いんじゃないか?」


「ははは⋯⋯」


 リエサは風紀委員長だった時に、よくこのような仕事をやっていたものだ。二年生には副委員長になっており、その頃から現場に行くことが少なくなっていた。

 あの頃の方が仕事は厳しかったかもしれない。なにせ今は、重要かつ責任のあるような案件は全部アレンがやっているからだ。


「⋯⋯と、そろそろ昼頃だな。もうすぐアルゼスも帰ってくるだろうし、昼飯行くか。何か食べたいものある?」


「ですね。そういうと思って作ってきましたよ」


「そう。⋯⋯え? 作ってきた?」


「はい。弁当、四人分」


 リエサはどこからともなく結晶によって保冷された弁当四つを取り出し、机の上に置いた。


「それは⋯⋯嬉しいことだけど、またどうして?」


「財政のため、です。収入と支出がプラマイゼロ。アレンさんの給料を除いてそれでしたよ。どうして予算関係の業務がないんだろうな、って思ってアクセスしたら分かりました。なら削れるとこは削っていかないといけないでしょう?」


 アレンは何も言えなかった。全部事実だったからだ。

 そういえば、リエサが業務に携わるようになってから、単価の高い仕事が回ってきたり、スケジュールが事細かく決まっていたり、仕事毎の綿密に練られた作戦書がアレンに提出されたりしていた。


「それは⋯⋯はい。その通り⋯⋯ですね」


「メディエイトが学生のための慈善団体のようなものであることは理解していますが、あくまでも営利団体。利益がなければ補助金頼りの予算しか組めませんからね。結局、回り回って学生たちのため、という理念も成し遂げられなくなりますよ」


 人が増えたことで人件費が上がった。ならその分を取り返し、更に利益を産めるように仕事も増やしていかないといけない。だが労働者は学生だから厳しい労働条件が課せられている。

 それらを上手くやりくりしていくために、リエサは尽力していた。


「⋯⋯本当にありがとう、月宮。俺も頑張るから、君も無理しないでくれよ」


「自分の体も管理できないようでは、管理職なんてやってられませんからね。アレンさんこそ規則正しい生活をしてください。スミスさんから聞きましたよ? まともに食事も睡眠も取っていないでしょう?」


「いや⋯⋯はい。すみません」


「ならやってください。あなたはメディエイトの機関長。そんなあなたに倒れられたら困りますからね」


 そう言いつつ、リエサは弁当を電子レンジで温めていた。

 これにて説教は終わりのようだ。御歳二十七歳、成人男性アレン。十二歳も下の女子生徒に正論で説教され、少し落ち込んだ。


(⋯⋯しっかりしている。俺なんかより、よっぽど。⋯⋯でも)


 リエサの勤怠表は、勿論アレンも確認している。他の全員と同じようなものだが、違和感がある。

 いくら彼女の能力が優れているとはいえ、仕事量と勤務時間が合っていないのだ。


「⋯⋯月宮、君もほどほどにしておけよ」


「⋯⋯はい」


 おそらく、彼女は寮に仕事を持ち込んでいる。

 しかしそうさせたのはアレン自身だと言っても過言ではない。リエサは進んでそういうことをやるような人間ではない。必要なことを必要なだけやる人間だ。つまり、この時間外労働は不可欠であったということ。


(俺も反省しないとな。月宮には何も言えない立場だ)


 アレンはここに来る前は、一般的なサラリーマンだった。管理職ではなかった。それが突然一つの機関のトップとなったのだから、完璧でなくて当然と言える。

 しかし、それで責任が消えるわけではない。だから何とかしようと今まで頑張っていたのだが、リエサの言葉でそれが過ちであったと、ようやく理解した。


(俺が過労で倒れてしまっては元も子もない。この子らの責任者としての自覚を持たないと)


 などと考えていれば、午前中のタスクを全部終わらしてきたアルゼスが帰ってきた。サポートのため、部屋から指示を出していたヒナタも出てきて、昼飯の時間だ。

 リエサの作った弁当はとてもクオリティが高かった。売り物として売られていても可笑しくない美味しさであった。

 曰く、土日の朝食、昼食、夕食は全部リエサが寮のキッチンを借りて作っているらしい。ミナに一度手料理を振る舞ってからはずっとそうだと。

 寮は寮で、土日でもご飯があるが、ミナがそこまで惚れ込むのもわかる味だった。

 やがて食べ終わり、昼の業務が十三時から始まった。

 そしてそのタイミングで、メディエイトに訪問者が現れた。チャイムが鳴り、アルゼスが出ると、そこに居たのは男性だった。


「メディエイトはここで合っていますか?」


「はい。そうですが。ご用件なら、中で伺いましょうか」


 そう言ってアルゼスは彼を中に招く。そして、よく知る彼の姿を見てリエサは言った。


「コリン先生?」


「居たか、月宮。少しお邪魔する」


 イーライの姿を見て、アレンは立ち上がった。


「コリン先生⋯⋯月宮と星華の担任教師さんですか。初めまして、お──私がメディエイトの機関長、アレン・T・エドワーズです。いつもお世話になっています」


「こちらこそ」


 アレンが挨拶を済ませ、イーライをソファに座らせる。対面に座ったアレンは、それから要件を聞いた。


「今日はどういったご用件で?」


「仕事の依頼をしに来ました」


「⋯⋯ふむ。⋯⋯わざわざメールではなく、直接ということは急ぎの要件ですね」


「そうとも言えますが、少し違います。⋯⋯これは内密にしたい依頼ですので」


 そのワードを聞いた瞬間、何やら緊張感が漂い始める。

 

「⋯⋯話を聞きましょうか」


「ありがとうございます。⋯⋯単刀直入に言うと」


 イーライのような人が、内密にしたい依頼をメディエイトにするのだ。つまり、それ相応の仕事であるということ。


「──『Vell』という組織についての調査に、是非協力して貰いたいのです」


 それから、イーライは事の発端からアレンたちに説明を始めた。


◆◆◆


 エルネストたちの追跡を諦めた直後、イーライが逃したヘレナたちは、すぐ近くで見つかった。

 彼らはどうやら、もう逃げるつもりがないらしい。無抵抗のまま現れた。


「⋯⋯さっきはありがとう」


 リーダーであるヘレナが代表して、イーライたちに感謝の意を伝えた。これからすぐにS.S.R.F.の護送車が来るだろうが、それまでにイーライは彼らから話を聞きたかった。


「君たちは何者だ? どうしてこんなことをしようと思った?」


「⋯⋯⋯⋯」


 ヘレナは仲間と顔を見合わせ、全部喋ることにした。


「私たちは⋯⋯RDC財団が保有する武力組織に属していた」


「⋯⋯それは」


 Research、Destruction、Creationの頭文字を名称とした組織、RDC財団は学園都市でも最大級の営利団体だ。

 それもそのはずである。なぜなら、財団はこの学園都市の創設に大きく関わっているからだ。実質的に、学園都市は財団によって作られたと言っても構わない。


「特に私たちは表向きの武力組織、財団的に言えば機動部隊ではない。私たちは暗部組織だった」


「待て待て。暗部組織? じゃあ今は違うのか?」


「ああ。元々のチーム名は『チルドレン』。しかし今は『レジスタンス』を名乗っている」


「⋯⋯そ、そうか。⋯⋯『レジスタンス』ってことは、君たちは財団に反旗を翻そうと?」


 彼ら──『レジスタンス』は学園都市が保有する能力開発技術を外部へと持ち出そうとしていた。もしその目的が、財団及び学園都市への、文字通りの抵抗であるのならば、これまでの行動の辻褄が合う。


「⋯⋯ああ。私たちは見てしまった。⋯⋯そもそも、私たちは暗部組織であったが、行動理念は生徒たちの平穏を守ることだった。そのための人柱のようなものだ。私たちはこの手を汚してでも、学園都市のために働いていた」


 暗部組織『チルドレン』。彼らの行動理念は学園都市に住まう生徒たちの安寧。そのためには、取り返しのつかない犯罪行為をした不良生徒の対処、汚職疑惑のある教師の調査。そしてそれらの暗殺が仕事であった。


「それなのに、奴らは⋯⋯私たちを裏切ったんだ!」


 ヘレナはイーライに対して感情を顕にした。怒り、嫌悪、失望などが入り混じった感情だった。


「奴らはあろうことか子供を実験体にしていた! 多くの子供を、実験室で、アイツに殺させていたんだ! 許せるはずがなかった!」


 ヘレナは明らかに情緒が不安定になっていた。それだけショッキングな光景だったんだろう。聞くだけでも、イーライは不愉快な気分になっていた。


「あの実験の目的が何だかは分からない。だが、やってはいけないことだ。私たちはそれを阻止するため、能力開発技術とを持ち出した」 


 この情報はS.S.R.F.からイーライに共有されていなかった。

 そもそも、今回の依頼は学園都市からのものだ。S.S.R.F.には最初から知らされていなかったか、もしくは──考えたくないが、S.S.R.F.は知っていて、イーライには伝えなかったか。


「⋯⋯そうか。俺に話したのは、いや、俺にしか話せなかったからか?」


「⋯⋯ああ。これはあんたにしか話さない。他の奴らには、金目的で通すつもりだ」


 ヘレナは、そして彼らは、頭を下げた。自分たちの行動の理由を話したのは全部このため。

 自分たちを殺すのではなく、捕縛しようとしてきたイーライならば、信頼できるし信用もできる。そして、頼むことができる。


「目的のために殺しもしてきた。これまでの行いは、生徒、子供だったからという理由で払拭できるものではないと理解している。⋯⋯その上で、図々しいのは承知しているが、頼まれて欲しい⋯⋯!」


 分からないが、ヘレナは涙を流している。嗚咽も混じった声で、イーライに訴え掛けている。


「どうか、財団の悪行を阻止して欲しい⋯⋯ッ!」


 イーライはヘレナの近くに座り込み、そして彼女の肩を優しく掴む。そして、


「任せろ。俺は先生だからな」


「⋯⋯! ありがとう⋯⋯本当に⋯⋯ありがとう⋯⋯」


 直後、護送車が来る。それからヘレナたちは捕縛され、連行されることになった。

 けれど、それよりも早く、イーライにはUSBメモリが渡されていた。それはヘレナたちが奪った研究データのコピーだ。

 彼らを見送った後、イーライは手の平の中にあるメモリを見て決心する。


「彼らが嘘を付いている可能性はある。⋯⋯だが、それを疑ってしまえば教師失格だ。生徒を信じてこそ、俺が目指した先生像だ」


 ヘレナたちは自分たちのことを生徒だとは言えないようだった。

 少なからず殺しをしてしまっているのだ。いくらそれが生徒たちのためとは言っても、してはならないものだ。人柱、と自嘲したのもそういう側面があったのだろう。

 しかし、イーライからすれば違いなどなかった。『レジスタンス』がどれだけの過ちを行っていたとしても、赦されないことをしていたとしても、生徒であることには変わりない。


「学園都市⋯⋯RDC財団。一体何を考えているんだ? ⋯⋯『能力覚醒剤』の件も、こうなると単なる薬物であると片付けられなくなってきたな」


 偶然にも同じ時期に発生した事件であると、楽観視できるわけがない。この二つの事件は繋がっているのではないだろうか、とイーライは考えた。

 しかしそうなると、学園都市理事会は当然、S.S.R.F.も頼れない。

 イーライ一人ではどうにかできる問題ではないかもしれない。


「⋯⋯となると、認定特異機関が候補に挙がるが⋯⋯」


 認定されているということは、理事会が関わっているということだ。理事会が敵になる可能性だってある今、下手に協力は仰げない。かといって非公式の特異機関は犯罪の温床のようなものだ。端から候補ですらない。

 けれど、どこかの協力がイーライには必須だ。


「⋯⋯いや、あるじゃないか。認定特異機関で、且つ、理事会の息が掛かっていない組織が」


 ──二年前、とある生徒が設立し、その生徒が次期機関長として、一年前に外部の人間を任命した機関。

 設立者である生徒は学園都市でも最高の頭脳と功績であることを称えられ、彼女が作ったその組織は認定特異機関と全く同じ権限を獲得した。

 従来のものと違うのは、その組織は理事会の息が掛かっていないということ。

 その組織の名は、


「──メディエイト」


 メディエイトは理事会に関係しておらず、そして学園都市最高クラスの権限を持ち合わせている。これ以上にない強力な助っ人となるだろう。

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