第16話 裏側の人間

 エルネストが能力を発動すれば、イーライの現実強度はマイナスとなり、彼の存在は完全に消え去る。

 これを狙って、エルネストは能力を使おうとした。

 ──だが、


「⋯⋯な!?」


 気付いたときには、エルネストは曇天の夜空を見上げていた。直後理解したことは、自分はどうやら仰向けに倒れているらしいということ。

 何が起こったのかを理解できないでいた。


「⋯⋯躊躇ったのはお前も同じだったみたいだな、エルネスト・ファンタジア」


「今⋯⋯何を⋯⋯なぜ⋯⋯!」


 どういうことだ。イーライは最早、立つことさえ叶わないほどに現実強度が低下しているはずだ。

 それなのになぜ、エルネストは倒れており、イーライが彼の頭に向けて拳銃の照準を合わせているのか。


「自らの能力による影響を軽減、無効化できるのは無意識の操作と、そもそもの耐性故だ。そして後者は、何も自分の能力だけに耐性を持つわけじゃない」


 例えば爆発を扱う能力者は、別の能力者でも同じ爆発系統の能力なら耐性があるということ。他の系統の能力者よりも、爆発自体に強くなるのである。

 それと同じことが、エルネストとイーライの間でも起こっていた。


「どうやら俺はお前の能力に耐性があったらしい。確かにお前はレベル6で、俺よりも高い。だが決定的な差があるわけでもなかったんだ」


「⋯⋯クソ⋯⋯騙したか。あれはブラフだったのか⋯⋯」


 イーライが膝から崩れ落ちたのは、全部演技。こうやって確実に仕留めるための誘導であったのだ。


「でも⋯⋯本気で殺そうとしていたら死んでいたのはお前だったんだ。どうしてそんな博打ができた?」


 エルネストはイーライを殺すことを躊躇った。殺す覚悟を決める僅かな時間が欲しかった。

 もしそんなことがなければ、イーライは演技のつもりでやった事が原因で死んでいた。


「本気なら頭掴ませるかよ。その前にナイフで斬りつけていたさ」


「⋯⋯度胸で負けたか。⋯⋯殺さないよう手加減された挙句負けるとは、思わなかった」


 完全に無抵抗となったエルネストを、イーライは殴り付けて気絶させる。


「⋯⋯はぁ⋯⋯まだ、動ける」


 エルネストを無力化できたものの、レベル6能力者を相手にしたのだ。全く消耗していないわけでは当然なく、一瞬だけ気が緩んだせいで体が揺らいだ。


「あいつら、助けねぇと。⋯⋯ッ!」


 その瞬間だった。イーライを対象に、何かしらの能力が発動した。

 もし能力の発動を事前に察知できる体質でなければ、イーライは今ので死んでいただろう。

 すぐさまイーライは彼女に能力を使用した。


(あの子供⋯⋯)


 能力を封殺されたことを理解したらしく、ロシェルは拳銃をホルダーから取り出した。


「セドリック! リーダーとフェオドールがやられたから連れて逃げるわよ!」


「そうか! それは残念だが仕方がないな!」


 少なくとも追いつけはしないだろう速さで、セドリックは気絶したセドリックとフェオドールを肩に担いで、逃げ出そうとしていた。


「させるか!」


 そのセドリックを、目にも止まらぬ速さで迫って来たビリーが殴り付けた。ルークの能力の補助が超スピードの理由だ。

 しかし、そもそもの肉体が違う。いくらスピードで上回ろうとも、セドリックは問題なく対処可能だった。

 ビリーを受け止め、それから地面に投げ付けた。


「ぐあ⋯⋯」


「チィッ!」


 遅れて、ルークがセドリックに接近し蹴りつけた。だが平然と腕でガードされ、カウンターが叩き込まれる。ルークはカウンターをを冷静に回避した。


「はははは! ガードしてもこれか! スピードも素晴らしい! 本当に残念だ、殺し合いきれなかったこと! 今度あった時は、是非続きをしようじゃねぇか!」


「待て逃げんなクソ野郎!」


 ルークは距離を操作し、セドリックを無理矢理に引き寄せる。基準を自分としても、他の能力者を引き寄せるような使い方は負担が大きくなる。だが、これはビリーのためのアシストだから必要だ。


「出力最大⋯⋯!」


 引き寄せられるセドリックに対して、ビリーは振りかぶり、全力の拳を叩き込もうとしていた。


「ふむ! そこまで言うのなら付き──」


 銃声。

 発射したのはロシェルだった。

 撃ち抜いたのはビリーだった。見てから避けたため、心臓を射抜かれることはなかったが、肩を撃たれた。


「セドリック、さっさと逃げるわよ! そんな奴らに構ってたら囲まれる! リーダーもフェオドールも居ない今、そうなればお終いよ!」


「う、うむ⋯⋯分かった!」


 セドリックは気絶した二人とロシェルを抱えて跳躍し、家々の屋根を足場に逃げていく。これを追い掛けることはできないわけでないが、今の彼らには難しいし、迎撃されると厳しいものがあった。


「くそ⋯⋯!」


 しかし、ビリーはそれでも立ち上がった。肩の銃痕を気にも留めず、動こうとしていた。


「諦めろビリー。これ以上は深追いになるだけだぞ」


「でもルーク! あいつらを放っておくっていうのか!?」


「ここで追い掛けたって撃ち落とされるだけだ。あの女の能力が厄介過ぎるからなァ⋯⋯」


 ルークの言い分を不服ながらも理解し、納得したビリーは何も言わなくなった。


「その通りだ。お前ら、あいつらを追い掛けるな」


「⋯⋯分かりました。⋯⋯大丈夫ですか? すみません、お役に立てず」


「問題ない。寧ろ助かった。一人だったら死んでいたかもしれない」


 おそらく相手は平然と人を殺すような集団だった。イーライ一人だけでは、殺されていてもおかしくなかっただろう。そんな相手を深追いなんてするべきではない。

 とにかく、今は助けたヘレナたちを見つけないといけない。元々は彼らを捕まえる任務だったからだ。

 イーライは事情を走りながらビリーとルークに伝えていた。


 ◆◆◆


「ふう⋯⋯」


 郊外まで逃げ出したロシェルとセドリックは、物陰で一息付いていた。背負っていたエルネストとフェオドールは未だ気絶したままであるが、ここまで来ればもう安心だろう。


「⋯⋯ロシェル、どうする? 一旦報告するか?」


「無理、絶対。私たちが失敗したなんて言えば、上がどんな措置取ってくるか分かったもんじゃない。⋯⋯一度引き受けた任務、私たち『プロセッサー』に失敗は許されない」


 エルネスト率いるこの組織の名前は『プロセッサー』。引き受ける仕事の多くはその名の通り処分、処理である。

 これまでに失敗した任務はない。もしあれば、今ここに『プロセッサー』は存在しない。彼らの上はそういうものだ。


「ならさっさとこいつらを起こさないとな! ほら起きろ、リーダー! サンダ!」


 セドリックはエルネストとフェオドールの肩を揺らして二人を起こす。


「う、うう⋯⋯ここ、は?」


「っ⋯⋯すまない。助けられたか」


「お目覚めみたいね、リーダー。⋯⋯ほら、さっさと次の作戦考えましょう」


 ロシェルは水の入った水筒をエルネストに渡す。フェオドールはそれを見て「俺の分は?」と言外に言うが、ロシェルは無視。セドリックは無言で彼を励ました。


「⋯⋯そうだな。私たちに失敗は許されない。今度こそ『レジスタンス』を──」


 エルネストが喋り終わるよりも先に、襲撃は始まっていた。

 反応し、避けたエルネストだが、今の一撃を回避しきることはできなかったようだ。脇腹にそれが刺さっていた。


「⋯⋯金の、剣?」


 場所は郊外のとある空き小屋。とは言え、それが既に半壊した。

 地面には大量の金の剣が刺さっていた。

 ここに入ったことを見られたのか。しかしだとすれば、攻撃までが遅すぎる。最初から見ていたというのなら、もっと早くから仕掛けるはずだ。


「何者だ!」


 エルネストは金の剣を抜くことはしなかった。下手に抜けば失血死するだろう。邪魔になる部分はロシェルが能力によって潰した。


「名乗る必要はないね。あなたたちはこれから死ぬから」


「⋯⋯何?」


 声の主は暗闇より現れた。その姿ははっきりとしなかったが、青色の髪の男であったことは分かった。

 男の手の辺りが光った。


「〈黄金の剣ゴールド・シュベアート〉」


 男がそう唱えた直後、何も無かった空間に突然、金色の刀剣が無数に現れた。


(金⋯⋯か? それを作り出す能力なのか? しかし、金属を生成するような超能力者は希少。それに⋯⋯)


 確かに、学園都市には金を生成できる能力者は存在する。金に限らず、鉄や銅と言ったものも作ることができる能力者だって居る。

 だが、物質を生成するような能力者自体が少ないし、生成品が金属資源である能力者は学園都市でも僅か数名。

 そして何より、その僅かな能力者でも生み出せる金属量は精々極少量。


(⋯⋯ここまでの大質量の黄金を作り出し、操るなんて、レベル6でも可笑しくない。5だとしても、私が知らないなんてあり得るか⋯⋯!?)


「どこの誰だか知らないけど、やるってんなら容赦しないからね」


 ロシェルがそう言って能力『圧縮』を使おうとした。

 この能力は指定したものを文字通り圧縮する。対象の硬度などは一切無視し、質量こそ上限はあるが、人体を丸々圧縮することくらいは余裕だろう。

 弱点としては、この圧縮は回避が可能ということ。指定した座標に能力は干渉するためだ。 


「知ってるさ」


 謎の男はロシェルにそう返答した。彼はその場から動いていない。ならば『圧縮』は命中必至。しかし、そうはならなかった。


「⋯⋯⋯⋯」


「ロシェル!」


 セドリックが叫ぶ。彼の目の前で、ロシェルはいつの間にか全身が黄金と成った。


「この黄金の剣が掠りでもすれば、あなたたちのような普通の超能力者だと抵抗もできずに全身が直ちに黄金化する。これを防ぐ術も、そして治す術もない。そこの彼は例外みたいだけど」


 男は「あと」と言葉に付け足して、彼の力について、説明の続きをする。


「黄金化したものを操ることが可能。〈金属支配ドミニアン・メタル〉」


 黄金化し、像となってしまったロシェルが独りでに動き始めた。彼女は生前と同じような動き──右手を翳すような仕草を見せた。その先にはセドリックが居た。


「──ッ!」


 反射的にエルネストは能力により領域を展開した。

 敵の能力が何であれ、今この場で最も強いのはあの男だろう。すくなくともエルネストのような戦闘向きでない能力者は元より、戦闘向きであるはずの能力者たちでさえ抵抗できなかった。

 ならば、全員の能力を失わせることが最善であるはずだ。そこから時間を稼ぎ現実強度をマイナスにさせるなり、銃殺するなり、まだ方法がある。

 何より、男のような強い能力者は、能力頼りの戦い方をするものだ。


「⋯⋯悪くない判断だね。僕の超能力を使わせないように、味方ごと領域に引きずり込んだか」


 黄金の人形となったロシェルが動かなくなり、倒れた。人体が倒れたような音はしなかった。代わりに暗闇の中へと金属音が吸い込まれるだけだった。


「⋯⋯⋯⋯いや、待て。なぜ黄金化が解けない?」


 違和感に気がついたエルネストだったが、何もかもが遅すぎた。

 もうその瞬間には、セドリックも、フェオドールも、黄金の剣に突き刺されて死んでいた。不幸中の幸いなのは、二人とも黄金の人形になっていなかったことだろうか。


「なぜだと思う? あなたには分からないだろうけど」


「⋯⋯馬鹿な。私はレベル6だぞ。私の能力に抵抗することができるのは、それこそ第一位くら──」


 エルネストは銃の引き金を引こうとしたが、男がそれを待つわけなかった。呆気なく腹に黄金の剣が突き刺さり、激痛で能力を解除してしまった。同時、セドリックとフェオドールの死体が黄金化する。


「あんまり殺しはしたくないけど、彼らに先に手を出したのはあなたたちだし、あなたたちは彼らより価値が低い。でも、君は違う」


 男は遂に近寄ってきた。男は自分たちと同じくらいの年齢である。服装は私服だったため、どこの学校の生徒であるかは分からなかった。


「あなたたち暗部組織でしょ? ここに居るってことは『プロセッサー』か『F.F.A.』か⋯⋯まあどちらにせよ、知っていることは多いはずだ」


「お前⋯⋯本当に何者だ⋯⋯? 暗部組織を、なぜ知っている?」


「僕はそのために居るからね。話を戻そう。僕の質問に全部答えてくれたら、あなたは見逃すよ」


「⋯⋯⋯⋯」


「沈黙は肯定と見た。なら一つ目の質問だよ」


 男は人差し指を立て、数を数えた。それからエルネストはいくつかの質問をされた。知らなくて答えられなかったものもあった。

 そして、それらの質問内容からすると、男はどうやらエルネストたちのような学園都市側ではないようだ。

 おそらくはまた別組織の暗部の人間であるのだろう。


「以上だね。約束通りあなたは自由だ」


「⋯⋯本気か? 私を見逃せば、お前のことを上に報告するかもしれないぞ」


「それはそれで結構。無駄だろうから。あなたが僕のことを誰かに喋ったとしても、僕のことは誰も分からない。寧ろ混乱を招くだろうね」


 男はエルネストに背を向け、歩き、立ち去ろうとした。

 このまま背中を撃っても良かった。彼はきっとエルネストたちの上にとって邪魔な存在になるはずだし、何より仲間の命を奪われた。

 殺さないといけなかった。


「⋯⋯殺したいのなら殺せば? 尤も、それで殺した相手が僕なのか、知らないけど」


 それでも、エルネストはできなかった。やがて男の影も見えなくなるまで、エルネストは銃を構えっぱなしだった。


「⋯⋯なんだったんだ」


 エルネストの元から男が消えたことで彼は安心し、銃を下ろし、ため息を吐いた。

 理解が追いつかなかった。とにかく疲れた。今はこのまま眠りたい。死体の処理もすぐにしなければいけないが、本当に疲れた。もう動けない。


「⋯⋯!?」


 気絶するように眠りこけようとしたときだった。

 そこにあったはずのロシェルの死体がなかった。


「──あり得ない。なんだ。なんなんだ。一体、何が起こっていたんだ!?」


 ロシェルの黄金化した死体はいつの間にか、遠く離れた位置に転がっていた。酷く脆くなっているらしく、倒れた衝撃で体が複数ヶ所割れていた。

 そこは丁度──あの男が立ち去る際に通っていた道筋だ。

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