第15話 処理屋
本来、捕縛すべきであった生徒たちだが、彼らは第三勢力によって連れ去られた。
最悪の場合、生徒たちが殺されてしまう。これを危惧して、イーライは彼らを助ける判断をした。
その旨を上官のカーライルに報告した時、帰ってきた言葉は「君の任務は彼らの指導だ。死なせることは任務の失敗だろう」だった。
「⋯⋯ありがとうございます、大佐」
その直後、謎の第三勢力に関する情報がイーライに支給された端末に送られた。
工場地帯にある監視カメラによると、第三勢力は学園都市外部ではなく、ファインド・スクールの学区方面へと向かっているらしい。黒のワゴン車に乗っている様子を確認した。ナンバーも分かった。
車のルートは複数あるが、しかしここから向かう最短ルートは絞られる。
イーライはそのルートを先回りすることにした。建物の屋根を飛び回って、ファインド・スクールの学区内へと向かった。
待ち伏せしていると、すぐに例のワゴン車が走って来た。
「⋯⋯またテレパシー」
近づいたことで、シャルロットのテレパシーが聞こえる。助けを求めている声がずっと聞こえる。それに対して、イーライは「必ず助ける」、「安心しろ」と返した。
それが少しでも、彼女の心を助けになればと思った。
「しかしどうしたものか」
赤信号で止まっているが、すぐに走り出すだろう。流石に愚直に追うだけだと、イーライでは追いつけない。そして此処からは先回りすることはできない。
つまり、ここで仕掛けなければいけないのだが、市街地であり、一般人の巻き添えが予想される。何より、イーライ一人で、銃を持った複数人を相手にできるのか、ということ。
「⋯⋯いや、やれるやれないじゃない。やるしかないんだ」
イーライはスナイパーライフルを構えた。狙いは運転席。運転手を殺害し、次に車のタイヤをパンクさせる。そうすれば、仮に逃げられたとしてもカーチェイスに持ち込めばすぐに追い付けるだろう。
そうと決まればイーライはすぐに行動に移した。照準を合わせ、すぐさま引き金を引こうとした、その時だった。
「──ふん!」
いきなり、黒のワゴン車を真正面からぶん殴る人が現れた。
彼は私服であるが、顔には見覚えがある。なんせ昨日、ミナと一緒に能力を封印し、叱ったエヴォ総合学園の生徒であったからだ。
茶髪で、緑色の目をした優しそうな男子生徒。彼の名は、ビリー・マクスウェルだ。
「おいビリー! 無策に突っ込むな! 相手のこと何も分かってねェンだぞ!」
「でも助けを求められているんだよ! なら少しでも早く助けないと」
ビリーによってぶん殴られたワゴン車は、それによってフロントがひしゃげてしまった。しかし走行は無論可能。
ワゴン車は急加速し、ビリーを轢き殺してでも走ろうとした。だが、彼は何と車を押し、彼を轢くどころか逆に押し返されてしまっていた。
「行かせない!」
そうなってしまえば、相手も車から降りざるを得なかった。ワゴン車から出てきたのは四人の男女だ。
「邪魔するなテメェ!」
そして容赦なく、全員がビリーに銃を向けて発砲した。だが、銃弾がビリーを撃ち抜くことはなかった。
「んなチャカで刃向かえるとでも思ってンのかよ。笑わせんなよォ三下ァ!」
ルークは能力を使い、銃弾とビリーとの距離を一定に保ち、離し続けた。それは傍から見れば銃弾を止められたようなものだった。
ビリーはすぐさま射線上から逃れ、四人組に接近し、一番近くの男に右ストレートをぶちかます。
体育祭とは違って、最初から本気だ。殺さない程度にはしているものの、痛いでは済まない威力のパンチを繰り出した。
「っ!?」
だが、ビリーが殴った金髪の長身の男は、そのパンチを受け止めていた。
「やるじゃないか」
拳を握り潰されそうになったため、ビリーは男の顔面に蹴りを叩き込んだ。男は衝撃で大きくよろめくが、倒れるまではいかなかった。その隙にビリーは距離を取る。
「くくくく⋯⋯今のは入ったなァ⋯⋯」
「なんだ⋯⋯コイツ⋯⋯」
銃では相性が悪いと判断したのか、敵は全員それを投げ捨てるなり、ホルダーに仕舞うなりして素手となる。
どうやら彼らは能力者であるようだ。
「こんな豆鉄砲は頼りになんねぇ。やっぱこの拳が一番だよなァ!」
男の一人、ビリーが殴った相手は能力の出力を高めたようだ。結果、尋常ではない筋肉を手に入れた。体躯もそれに応じて大きくなり、ただでさえ百八十センチメートル後半はあった巨体が二メートル後半までに膨れあがった。
「オレの名はセドリック・サンダ! 能力名は『
セドリックは高笑いしつつ、自らの名前と能力をベラベラ喋った。しかし晒しても問題ないような情報。見れば分かるようなこと。そして彼の気質から、自分の能力、強さを見せびらかさずにはいられなかった。
「はあ⋯⋯ったく、これだから脳筋男は」
敵の唯一の女子。銀髪の彼女の名はロシェル・オデール。
「コイツらに銃が意味なさそうなのは、そうだな。ファンタジア、ここは俺たちに任せてくれ」
片目が隠れた赤髪の男子、フェオドール・ファブル。
「ファブル、それはできそうにないぞ」
そしてこの手段のリーダー、黒髪長身の男子、エルネスト・ファンタジア。
「どういうことだ?」
「さっきの奴、そこに居るだろ」
エルネストは背後のワゴン車の方を一瞥した瞬間、銃声が鳴った。拳銃の弾丸はエルネストの頭に向かって発射されたが、脳髄をぶちまける前に弾丸が空中で潰された。
「助かった」
「あんまり油断しないでよね、リーダー」
エルネストを弾丸を潰して守ったのはロシェルだった。そして射撃したのは、ワゴン車から不意打ちを狙ったのは、
「チっ⋯⋯」
イーライだった。
既に彼はヘレナたちを助けて、逃している。後はこの襲撃者たちを捕まえるだけだ。もう増援は呼んでいる。直に来るだろう。
「奴は元S.S.R.F.の隊員。今はミース学園の教師。イーライ・コリン。能力は、あらゆる異能を封じる力、だったか」
「⋯⋯物知りだな」
「そりゃどうも。それじゃあ死んでくれ」
「させるかよ」
エルネストたちに対して、イーライは能力を使おうとした。
だが、時すでに遅し。それより先にエルネストの能力が発動していた。彼は、イーライがヘレナたちを助けている間に、能力発動の準備を整えていたのだ。
しかし、関係ない。イーライの『
「何かしたか? 私の能力は消えていないぞ」
「⋯⋯何」
イーライは能力を発動させたはずだ。例え相手が自分より格上の能力者だったとしても、能力の封殺効果は必ず発揮される。
あり得ないのだ。
(なんだ、この、違和感)
能力が効果を発揮しない。そして、今までにない違和感。それはまるで⋯⋯違う。これを彼は知っているはずだ。
「先生! 僕たち能力が使えないです! いや、正確には⋯⋯弱まっている!」
「⋯⋯⋯⋯!」
ビリーは肉体能力の低下を感じた。ルークも、距離を離すことにいつも以上の疲労を。
それだけではない。原因であるだろうエルネストの仲間まで、能力の出力低下が見られる。セドリックの体は次第に萎んでいき、やがて元の状態に戻るだろう。
(俺と同じ力⋯⋯か? だが俺のとは違って、能力の発動を止めているわけではない。能力出力の低下⋯⋯まさか!)
学園都市に存在する超能力者の頂点。八人のレベル6。イーライは彼ら全員の名前と能力を把握している。
序列第八位。その名はエルネスト・ファンタジア。
そして彼の能力名は『
「俺の能力を先に封じるために、味方ごと能力の影響下に入れたか」
「ご明察。元からこの能力は無差別発動だからな。が、お前の能力は他の何より厄介だ」
エルネストの能力は効果対象を選別できない。そのため、こう言った集団戦では領域を設定せずに直接触れることにより発動させるのみとしていた。
しかし、今回は例外だ。何せイーライが居る。
エルネストとイーライの能力は互いに天敵となる能力。どちらも能力の発動を妨げるという意味では同じであるため、先に発動したほうが有利となる。
そして集団戦ではイーライの能力の方が優れている。彼の能力は対象を選別できるからだ。
エルネストが恐れたのは、自分たちの全員が能力を使えなくなり、しかし相手は能力が使える状態。いくら人数で勝っていようとも、銃火器でどうにかできるような相手でもない。それだけ、銃火器とビリー、ルークの能力とは相性が悪い。
(こうなるとまず狙われるのは俺だな。俺さえ仕留めれば、奴は能力を解除し、二対四の能力戦を仕掛けるつもりだろう)
戦力の配分も、エルネストは一切声掛けをしていないというのに各自が適切な判断をした。
ビリーとルークにはロシェル、セドリック。イーライにはフェオドール、そしてエルネストが対峙する。
(慣れてやがる。見たところ子供っぽいが、実戦経験は豊富そうだな)
イーライは左手にナイフ、右手に拳銃を取り出す。対してフェオドールはリボルバー式拳銃、エルネストは素手のままだ。
そして即座、戦闘が始まる。
リボルバーの照準が向けられる前からイーライは遮蔽のワゴン車に隠れる。そうなれば当然、射線を通すためにフェオドールは距離を保ったまま移動するだろう。
だからイーライは不意をつくために反対方向から飛び出し、フェオドールに対して発砲。ブレたが、彼の右肩を撃ち抜いた。
「っ!」
フェオドールは痛みでリボルバーを握っていられずに離してしまう。だがその隙にをエルネストがイーライに接近し、広げた手の平を彼の顔面に押し付けようとした。
イーライは身を捻ることでこれを回避し、ナイフをエルネストの脇腹めがけて突き刺す。が、エルネストはこれを既のところでナイフを無理やりに掴んだ。
反撃に裏拳を叩き込むも、イーライは右手で防御しつつ、銃口をエルネストに向けて引き金を引く。
「反応したか」
が、銃弾にエルネストは触れて、それは直ちに崩壊した。しかし手の平が無事というわけではなかったようで、多少なりとも抉れている。エルネストは痛みに顔を顰めた。
「っ!」
背後から組み付こうとフェオドールが迫って来ていた。イーライは事前にそれを察知しており、身を躱すことでフェオドールをエルネストにぶつける。
そしてイーライはフェオドールごとエルネストを撃ち抜こうとしたが、反応と判断が早いエルネストはそれより先にイーライを側面から叩こうと移動していた。
不意打ちが決まったと確信していたのだろう。彼はおそらく持っているであろう拳銃ではなく、やはり手の平でイーライに触れようとしていた。
イーライは容赦なくフェオドールに銃弾をお見舞いしつつ、流れ作業のようにエルネストに回し蹴りをお見舞いすると、彼は勢い良く後ろに飛んだ。
「跳躍して蹴りをいなしたか」
脅威の反射神経だ。しかし、いなしきれなかった。顔面を蹴られたことで鼻血を出している。
「流石は元S.S.R.F.⋯⋯白兵戦もお手の物か」
エルネストはその能力の特性上、近接戦闘能力が求められる。下手なS.S.R.F.隊員や軍人よりも白兵戦、銃撃戦の技術は高い。
だが、イーライはエルネストのそれを遥かに上回る身体能力だ。
「だが、そろそろしんどくなってきたんじゃないか? 能力に限らず、例え非能力者でも現実強度の低下というものは悪影響だ。なぜなら⋯⋯」
イーライは立つことが厳しくなってきている。体もどんどんと重くなっていっている。彼はエルネストたちから直接の攻撃は食らっていないが、領域内にはずっと居た。
「⋯⋯現実強度と関係するのは何も超能力だけじゃない。身体能力、果ては存在そのものにも関係してくるもの」
あらゆる存在は、現実強度があるからこそ形として成り立っている。
現実強度が周りよりも高いから超能力者は能力を使える。
現実強度が周りと同じだから生命、物体は存在する。
普遍的な人間やその空間の現実強度は1と定義されるが、もし、その1の値を下回ればどうなるか。果てはマイナスになればどうなるか。そうなっていけば、どうなってしまうのか。
そうだ。だから、この能力を受けると、最終的には消滅するのである。そして、その過程で、存在しようとする力は低下する──つまり体をまともに動かせなくなっていくのである。
「能力が使えない状態で私を殺すか、範囲内から逃げることしか助かる手段はない。確かにお前は私よりも強いが⋯⋯今はどうだろうな?」
遂に膝から崩れ落ちたイーライに、エルネストはゆっくりと歩き、近寄る。
「お前がアイツらを助けようとせず、真っ先に私たちの能力を封殺していれば。お前が私たちを生かして捕らえるために、敢えて急所を狙わないようにしていなければ。⋯⋯最初から私たちを本気で殺そうとしていれば、勝っていたのはお前だったのに」
エルネストはイーライのことを嘲る。不殺の精神など、ここには相応しくない。これは薄汚れた奴らの殺し合いでしかなかったのだ。そんな崇高な思想は、利用され、足手まといになるだけ。
「先生っていうのは、本当に窮屈なものだな。殺されても可笑しくない相手でも、それが子供なら、殺さないようにしないといけないんだから」
エルネストが手の平でイーライの頭に触れる。あとは能力を発動さえすれば、イーライは直ちに消滅するであろう。それだけ、直接触れることによる現実強度の低下は強力だ。
「じゃあな」
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